劇中劇とエンドロール

nishina

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二十一話

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 これはいけるかもしれない。
 葵は拙い暁の感想に、多分本気で喜んでいる。煽てて持ち上げ、言いくるめて誘導するようだが、葵自身他者に作品を読んで貰う事に達成感や喜びを感じたなら、決して悪い話にならない筈だ。
 勢いに任せて暁は葵の手をがっと掴んだ。芝居以外で男子と手を繋ぐなんてまあないなあと頭の隅で思考したが、暁自身興奮していたので深く考えてはいなかった。
「聞くだけ聞いてくれない?うちの部の話。嫌なら途中で断ってくれて良いから!」
「うおっ」
「駄目?出来るだけお礼もする」
 葵が何だかすっとんきょうな声をあげて、そして固まってしまった。不安になって暁は尚も言い募る。
「でさ、借りた小説、副部長にも見せたいんだ。絶対に大事に扱うし、他の人にまわしたりしない。約束する。加百の大事なものを無碍にしたりしない」
「いや、でも、俺、そんなんだって」
 もごもごと口ごもりながら、葵は握られている方の指をにぎにぎと動かした。ぎこちないというか、落ち着かないその様子に馴れ馴れしかったかと、慌てて彼の手を解放した。
「ごめん、勝手に仲良くなったような気がしてた」
「ん」
 暁の謝罪に対する反応なのかもよくわからない。葵は俯いて、相槌なのかよくわからない声を発して黙ってしまった。
 反応に困っているのか。嫌なのか。俯いてしまえば、暁より背の高い葵の瞳には前髪がかかってしまい、表情が見えなくなってしまう。
「あの、本当無理にとは言わないから……」
「そうじゃない」
 そうじゃない、とは何の事だろうか。やはり暁の馴れ馴れしい態度が不愉快だったろうか。煮え切らない様子の葵は未だに暁に握られていた手をにぎにぎと握ったり開いたりを繰り返していたが、やがて意を決したように口を開いた。

「前も言ったけど、俺人が死ぬ話しか書けないぞ。そんなんでも良いのか?」
「あー」
 よく考えてみれば、柚葉もニノ池にも脚本を葵に書いて貰えたらきっと面白くなるという前提で話を進められてしまっていて、葵に書けるジャンルや方向性に難がある事については全く伝えていなかった。
 でも、まあ。
 ニノ池が読んだ話がそもそも暗いし既に人は死んでいる。脚本を書いた経験のある彼女が、葵の話を読んで感銘を受けたのなら別に、まあ。

「大丈夫じゃない?うちの部、新旧問わず色んな劇やるしロミオとジュリエットみたいな悲劇も勿論やるもの」
 我ながら無責任だなあとは思ったが、葵が少なくとも嫌がっていないと分かってどうしてもここで彼に協力を仰ぎたい気持ちが暁自身にも生まれ始めていた。

 葵にも知って欲しい。結果を、自分の作り出したものを他者に見て貰うその達成感を。確かに暁のように自分の将来の夢に見据えてしまった時、力不足に泣く事もある。しかし葵には情熱がある。本人は趣味でしかないと言うが、たかだか趣味でも誰かに見て貰って、楽しんでくれたという達成感は一人では得られない。
「ちょっと興味、出た?」
「……ちょっと、は」
「じゃあさ、いきなりで悪いんだけど今日の放課後うちの副部長と話してみてくれない?あと、この話も読んで貰って良い?」
「良い、けど」

 ぶっきらぼうでぎこちない態度は相変わらずだ。それでも暁は嬉しかったし、一仕事を終えた安心感もあった。葵にとってそれはどんな大冒険であり、外の世界へ踏み出す為の未知の一歩かなんて考えてもいなかった。


 夢など叶わない。
 無駄な事に時間を使うな。
 こんなものの為に、金を出したんじゃない。
 力ずくで夢を踏みにじられた絶望を、暁は知らなかった。
 目の前で大事な夢を引き裂かれた、心を粉々に丹念に砕くような目に遇った。夢の持つ意味に心を殺す事が出来るなんて知らなかった。
「破られない?」
「え?加百、なんか言った?」
「何も、ない」

 そして待ち伏せたところで同じタイミングで登校し、クラスに入って行けば結局クラスメイトの注目と歓喜の的になる事も、まるで考えちゃいなかった。
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