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夢
二十話
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同じクラスになってまだ半月程度だが暁の記憶にある限り、葵はあまり登校時間は早くなかった筈だ。暁も似たようなものだが、だからこそ思えばこのあたりの道路で葵らしきリュックを背負った男子生徒が記憶にふんわりと残っている。
だからこそ暁は葵を待ち伏せする事にした。教室内で下手に接触して、変な注目を何度も浴びたくはない。
「尾根、おはよー学校行かんの?」
「おはようーうん。ちょっとねー」
この水路が沿った通りから学校までは直線距離で十分程である。当然、クラスメイトや友人と遭遇もする。不自然に道端に立ち止まっている暁を不思議そうに眺めながら声をかけてくる彼らに、適当に返事をかえしながら暁は目的の人物を待った。
然程暁が待つ事もなく、目的の人物は現れた。一見大した特徴が無いように見えるがよくよく見たら高価なリュックを背負った、スマートフォンの代わりに手にしたメモ帳に真剣に視線を送る猫背の少年。
葵だ。暁は出来るだけ穏やかに、且つ目立たないように葵の傍に駆け寄る。
「おはよう、加百」
昨日借りたファイルに納められていた話には全て目を通してある。書いた本人が言う通り全て登場人物の何人かが死ぬ話で、尚且つ後味が良いものではなかった。
……正直に言えば暁の好む話ではない。勿論それをそのまま馬鹿正直に作者に伝えるつもりはない。
「あ、尾根……?」
虚を突かれた、といった表現はこのような時に使うのだろうか。
葵は暁の姿を目に留めると何故だか一度、リュックを背負っている両肩を跳ねあげた。と思えば、暁が訝しむ暇もなくあちらから速足で駆け寄ってきた。
「おはよ、か……」
「読んだか?」
改めて挨拶する隙間すら与えてはくれない。暁の言葉を遮るように葵は口を開く。面食らいながらも暁は頷く。頷く意外の選択肢なんかない。
「う、うん。読んだよ……凄いね、加百って」
感想とも呼べない、ありきたりな褒め言葉だったがそれは暁の本心だった。
物語の感想そのものを求められたら、返答は難しい。暁はどちらかといえば正統派なストーリーを好む。主人公の恋は実って欲しいし、殺人を犯した人間は捕まらなければ気分が悪い。冒険の最後には絵に描いたようなハッピーエンドが広がっているとやはり嬉しい。
お姫様は目覚めて、王子様の手をとってくれなくちゃ、嫌だ。
暁には葵の書く話は合わない。後味が悪い。主人公があまりにも不憫だ。
そんな個人的な趣向を無視しても葵の書くものへの熱量は凄かった。物語、世界への執着があった。登場人物が不幸になるのも、この世界を表現するに一番必要なのは彼らの薄暗い幕引きによって、完成されるからだと葵の手は信じているような。
多少ふわっとした表現で誤魔化した部分はあれど、暁にとって嘘偽りのない感想だった。
そう、嘘も偽りも、煽てるつもりもなければおべっかを使うつもりもなかった。
「本当っ?」
少年のような葵がそこにいた。
つり上がった瞳が見開かれ、きらきらと、つやつや光るような黒目が覗いている。口を最大限開いて発した為か、ほ、ん、と、う。がやたらと区切って聞こえた。頬がほんの少し、赤らんでいるようにも見える。大喜びしているのは一目瞭然だった。
暁は動揺した。こんな反応が返ってくるとは思ってなかった……というか、どのタイミングで小説を他人に貸す許可を得るかで頭がいっぱいで、自分の感想など会話の切っ掛け程度にしか捉えてなかった。
そんな、喜ぶ?
と、頭で疑問符を浮かべて見ても物凄く近距離で目を輝かせている葵の姿は、正真正銘現実である。
少し……いや大分狼狽しながらも暁は、ダメ押しして欲しいのか、ぐっと顔を近付けてくる葵にもう一度、言ってやる。
「本当だって。読みやすかったし、よくこんな話思い付くなって思ったもん」
「まじで!」
いちいち反応が派手且つ、素直だ。少年どころか幼児の如き大声をあげて驚き、喜びを表現する葵を見ていると、同じ歳だというのに微笑ましく感じてしまう。
「加百って、まじでとか言うんだ、意外だわ」
「いや、だって、まじかだろ、まじか」
「そんなに驚かなくても……最初の話とか、覗き込んできた奴が感激してたよ。次の演劇部の脚本書いて欲しい位だって」
迂闊だった。葵の反応が可愛かったのでつい、口が滑った。喜んでくれるかなと思ってしまったのだ。
「……え?」
「あ、いや……ごめ、ごめん!読ませる気はなかったの!本当だよ!?気が付いたら横から覗き込んできてて!」
気に触っただろうか。暁が彼の立場なら、自分の大事な趣味の作品を他人に勝手に回し読みされていたら決して良い思いはしないと思う。
後ろめたさから葵の顔から目を逸らした。言い訳がましい言葉も小さくなっていく。
「そんなに?本当か?」
弾んだ声が、そんな暁の気まずさを軽く吹っ飛ばしていった。
「……へ?」
「劇の脚本にしたいとか、初めて言われた……」
そりゃそうでしょうね。読ませた事ないんだから。
そんな普通の突っ込みすら出来ない。葵はどこまでも純粋
だからこそ暁は葵を待ち伏せする事にした。教室内で下手に接触して、変な注目を何度も浴びたくはない。
「尾根、おはよー学校行かんの?」
「おはようーうん。ちょっとねー」
この水路が沿った通りから学校までは直線距離で十分程である。当然、クラスメイトや友人と遭遇もする。不自然に道端に立ち止まっている暁を不思議そうに眺めながら声をかけてくる彼らに、適当に返事をかえしながら暁は目的の人物を待った。
然程暁が待つ事もなく、目的の人物は現れた。一見大した特徴が無いように見えるがよくよく見たら高価なリュックを背負った、スマートフォンの代わりに手にしたメモ帳に真剣に視線を送る猫背の少年。
葵だ。暁は出来るだけ穏やかに、且つ目立たないように葵の傍に駆け寄る。
「おはよう、加百」
昨日借りたファイルに納められていた話には全て目を通してある。書いた本人が言う通り全て登場人物の何人かが死ぬ話で、尚且つ後味が良いものではなかった。
……正直に言えば暁の好む話ではない。勿論それをそのまま馬鹿正直に作者に伝えるつもりはない。
「あ、尾根……?」
虚を突かれた、といった表現はこのような時に使うのだろうか。
葵は暁の姿を目に留めると何故だか一度、リュックを背負っている両肩を跳ねあげた。と思えば、暁が訝しむ暇もなくあちらから速足で駆け寄ってきた。
「おはよ、か……」
「読んだか?」
改めて挨拶する隙間すら与えてはくれない。暁の言葉を遮るように葵は口を開く。面食らいながらも暁は頷く。頷く意外の選択肢なんかない。
「う、うん。読んだよ……凄いね、加百って」
感想とも呼べない、ありきたりな褒め言葉だったがそれは暁の本心だった。
物語の感想そのものを求められたら、返答は難しい。暁はどちらかといえば正統派なストーリーを好む。主人公の恋は実って欲しいし、殺人を犯した人間は捕まらなければ気分が悪い。冒険の最後には絵に描いたようなハッピーエンドが広がっているとやはり嬉しい。
お姫様は目覚めて、王子様の手をとってくれなくちゃ、嫌だ。
暁には葵の書く話は合わない。後味が悪い。主人公があまりにも不憫だ。
そんな個人的な趣向を無視しても葵の書くものへの熱量は凄かった。物語、世界への執着があった。登場人物が不幸になるのも、この世界を表現するに一番必要なのは彼らの薄暗い幕引きによって、完成されるからだと葵の手は信じているような。
多少ふわっとした表現で誤魔化した部分はあれど、暁にとって嘘偽りのない感想だった。
そう、嘘も偽りも、煽てるつもりもなければおべっかを使うつもりもなかった。
「本当っ?」
少年のような葵がそこにいた。
つり上がった瞳が見開かれ、きらきらと、つやつや光るような黒目が覗いている。口を最大限開いて発した為か、ほ、ん、と、う。がやたらと区切って聞こえた。頬がほんの少し、赤らんでいるようにも見える。大喜びしているのは一目瞭然だった。
暁は動揺した。こんな反応が返ってくるとは思ってなかった……というか、どのタイミングで小説を他人に貸す許可を得るかで頭がいっぱいで、自分の感想など会話の切っ掛け程度にしか捉えてなかった。
そんな、喜ぶ?
と、頭で疑問符を浮かべて見ても物凄く近距離で目を輝かせている葵の姿は、正真正銘現実である。
少し……いや大分狼狽しながらも暁は、ダメ押しして欲しいのか、ぐっと顔を近付けてくる葵にもう一度、言ってやる。
「本当だって。読みやすかったし、よくこんな話思い付くなって思ったもん」
「まじで!」
いちいち反応が派手且つ、素直だ。少年どころか幼児の如き大声をあげて驚き、喜びを表現する葵を見ていると、同じ歳だというのに微笑ましく感じてしまう。
「加百って、まじでとか言うんだ、意外だわ」
「いや、だって、まじかだろ、まじか」
「そんなに驚かなくても……最初の話とか、覗き込んできた奴が感激してたよ。次の演劇部の脚本書いて欲しい位だって」
迂闊だった。葵の反応が可愛かったのでつい、口が滑った。喜んでくれるかなと思ってしまったのだ。
「……え?」
「あ、いや……ごめ、ごめん!読ませる気はなかったの!本当だよ!?気が付いたら横から覗き込んできてて!」
気に触っただろうか。暁が彼の立場なら、自分の大事な趣味の作品を他人に勝手に回し読みされていたら決して良い思いはしないと思う。
後ろめたさから葵の顔から目を逸らした。言い訳がましい言葉も小さくなっていく。
「そんなに?本当か?」
弾んだ声が、そんな暁の気まずさを軽く吹っ飛ばしていった。
「……へ?」
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