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夢
十七話
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「まあ……ま、読ませてってなったのはこっちの責任もあるし……」
「適当に読んだよ!面白かったっ~!って言って返しちゃえば?」
「それはちょっと失礼じゃないかと」
梓は文字の羅列を見ただけで興味がさざ波のようにひいてしまったらしい。暁を残して立ち上がると、台本を開いてその辺の椅子に座ってしまった。
友人のあっさりした興味の失せっぷりをなんとなく観察した後に、暁は改めて小説に視線を落とした。脳内で誤字を修正しながら、変わり者のクラスメイトが楽しく書き上げたのだろう文章に集中する。
ファイルには、実際の原稿用紙に換算すれば十枚から三十枚程になる短い小説が三編程書き記されている。深く考えず暁は、最初から順番に読む事にした。
結果酷く後悔した。最初の話はとても嫌な話だったのだ。
例えばこれがドラマやアニメの原作だったら、とても嫌な気分になったと思う。
粗筋として纏めてみると、とある北陸地方の寂れた冬の温泉街が舞台である。どうしてこんなところをわざわざ話の舞台に選んだのだろうと暁は思った。父親の持っている推理小説にありがちな舞台設定。同年代の少年が思い付くのがなんだか意外だった。
ただし主人公は叩き上げの敏腕刑事などではなく、色々と不便ながらも出ていく財力も知恵もない、地元でなんとなく日々を過ごす同年代の男子高校生だった。
「何これ。推理小説なの?ホラーなの?」
率直な感想が口から漏れたのにも気が付かなかった。それ程、暁には怪奇な内容であった。
少年はある晴れた日曜日の夜に除雪され、コンビニの駐車場の片隅にうず高く積みあがった雪の山を必死になって掘り起こそうとする、奇妙な少女に出会う。
少女は何をしているのかという少年の質問に、冗談みたいな言葉を大真面目に放って答えた。「殺した兄を埋める場所を探してる」
この辺りは雪が積もるとはいうが豪雪地帯という程でもない。しかし除雪車によって車道から除けられた大量の雪は駐車場の隅や、空き地の隅に積まれてその儘雪解けの季節まで放置される。少女はこのちょっとした雪山の中に死体を隠す事が出来れば、春まで自分の犯行もばれないと信じきっていた。
最終的に兄を殺した事、それどころかそもそも兄がいた事自体が少女の妄想だったと判明する。しかしそれ自体は重要ではなく、そこに至る仮定がたかだか高校生に考え付く発想とは思えず暁は吐き気すら感じて、一度ファイルを閉じた。
水を飲み、深呼吸をして再びファイルを開いたが内容は変わってなかった。
暁が話をした印象では、淡々としていてマイペースという印象だった加百 葵の心の中では、このような気味が悪く心が痛くなるような話が渦巻いているのかと思うと、彼の印象が変わってしまいそうだ。
確かに彼は暁にこれを渡す前に忠告はしていた。
「俺、人が死ぬ話が好きなんだ」
この物語では主人公も、物語の鍵を握る少女も生きている。死んでいるのは架空の兄と、名前も無い人間だけだ。彼の言った事は間違いないし、恐らく読みやすい話を選んでくれたのも間違いではない。
それでも暁は言わずにはいられなかった。というより、無意識に感想が口からこぼれ落ちていた。
「あいつの頭の中どうなってんだ……気持ち悪い」
本人が目の前にいないからこそ言えた。しかし、それがいけなかった。
「先刻から何してるの?つうか、何読んでんの?」
何時からそこにいたのだろう。
ひょいっと横から……少し前に梓がいた場所から身を屈め、暁の手にしたファイルを覗き込んできた人物がいた。
「うわっ!!?なに、なんでっ?」
「きったない字だな、おい……うあ、嫌な感じ……」
「見ないでよっ!?何いきなり、失礼な!」
抗議しながら暁が見上げたのは、先程まで副部長と脚本の改訂についてああでもないこうでもないと話し合いを続けていた、今回の劇の脚本を書いた人物だった。
彼女は暁の抗議など意に介さず、慌ててファイルを閉じようとする暁の手に自分の腕をのばしながらけらけらと笑う。何笑ってんだと暁は言いたい。
「暁こういう話好きなの?部活じゃあんまりやんない内容だよねえ。書いてたんなら、教えてくれりゃあ良いのに」
「えあ?」
彼女の言葉から、嫌な感じを受けて暁は冷や汗を掻いた。もしや彼女は重大な勘違いをしているのではないか。
ファイルを奪おうとする彼女は、必死で抵抗する暁をへらへらしながら抑え込もうとする。小柄な癖に意外と力が強い。
「物語としてなら、凄い後味悪いし、確かに劇というよりドラマ向けかと思うけど、すっごいのかくねーあんた」
やっぱり。何時の間にか自分がこの悪趣味な物語の作者として扱われているのに暁は気付いて、慌てた。
「適当に読んだよ!面白かったっ~!って言って返しちゃえば?」
「それはちょっと失礼じゃないかと」
梓は文字の羅列を見ただけで興味がさざ波のようにひいてしまったらしい。暁を残して立ち上がると、台本を開いてその辺の椅子に座ってしまった。
友人のあっさりした興味の失せっぷりをなんとなく観察した後に、暁は改めて小説に視線を落とした。脳内で誤字を修正しながら、変わり者のクラスメイトが楽しく書き上げたのだろう文章に集中する。
ファイルには、実際の原稿用紙に換算すれば十枚から三十枚程になる短い小説が三編程書き記されている。深く考えず暁は、最初から順番に読む事にした。
結果酷く後悔した。最初の話はとても嫌な話だったのだ。
例えばこれがドラマやアニメの原作だったら、とても嫌な気分になったと思う。
粗筋として纏めてみると、とある北陸地方の寂れた冬の温泉街が舞台である。どうしてこんなところをわざわざ話の舞台に選んだのだろうと暁は思った。父親の持っている推理小説にありがちな舞台設定。同年代の少年が思い付くのがなんだか意外だった。
ただし主人公は叩き上げの敏腕刑事などではなく、色々と不便ながらも出ていく財力も知恵もない、地元でなんとなく日々を過ごす同年代の男子高校生だった。
「何これ。推理小説なの?ホラーなの?」
率直な感想が口から漏れたのにも気が付かなかった。それ程、暁には怪奇な内容であった。
少年はある晴れた日曜日の夜に除雪され、コンビニの駐車場の片隅にうず高く積みあがった雪の山を必死になって掘り起こそうとする、奇妙な少女に出会う。
少女は何をしているのかという少年の質問に、冗談みたいな言葉を大真面目に放って答えた。「殺した兄を埋める場所を探してる」
この辺りは雪が積もるとはいうが豪雪地帯という程でもない。しかし除雪車によって車道から除けられた大量の雪は駐車場の隅や、空き地の隅に積まれてその儘雪解けの季節まで放置される。少女はこのちょっとした雪山の中に死体を隠す事が出来れば、春まで自分の犯行もばれないと信じきっていた。
最終的に兄を殺した事、それどころかそもそも兄がいた事自体が少女の妄想だったと判明する。しかしそれ自体は重要ではなく、そこに至る仮定がたかだか高校生に考え付く発想とは思えず暁は吐き気すら感じて、一度ファイルを閉じた。
水を飲み、深呼吸をして再びファイルを開いたが内容は変わってなかった。
暁が話をした印象では、淡々としていてマイペースという印象だった加百 葵の心の中では、このような気味が悪く心が痛くなるような話が渦巻いているのかと思うと、彼の印象が変わってしまいそうだ。
確かに彼は暁にこれを渡す前に忠告はしていた。
「俺、人が死ぬ話が好きなんだ」
この物語では主人公も、物語の鍵を握る少女も生きている。死んでいるのは架空の兄と、名前も無い人間だけだ。彼の言った事は間違いないし、恐らく読みやすい話を選んでくれたのも間違いではない。
それでも暁は言わずにはいられなかった。というより、無意識に感想が口からこぼれ落ちていた。
「あいつの頭の中どうなってんだ……気持ち悪い」
本人が目の前にいないからこそ言えた。しかし、それがいけなかった。
「先刻から何してるの?つうか、何読んでんの?」
何時からそこにいたのだろう。
ひょいっと横から……少し前に梓がいた場所から身を屈め、暁の手にしたファイルを覗き込んできた人物がいた。
「うわっ!!?なに、なんでっ?」
「きったない字だな、おい……うあ、嫌な感じ……」
「見ないでよっ!?何いきなり、失礼な!」
抗議しながら暁が見上げたのは、先程まで副部長と脚本の改訂についてああでもないこうでもないと話し合いを続けていた、今回の劇の脚本を書いた人物だった。
彼女は暁の抗議など意に介さず、慌ててファイルを閉じようとする暁の手に自分の腕をのばしながらけらけらと笑う。何笑ってんだと暁は言いたい。
「暁こういう話好きなの?部活じゃあんまりやんない内容だよねえ。書いてたんなら、教えてくれりゃあ良いのに」
「えあ?」
彼女の言葉から、嫌な感じを受けて暁は冷や汗を掻いた。もしや彼女は重大な勘違いをしているのではないか。
ファイルを奪おうとする彼女は、必死で抵抗する暁をへらへらしながら抑え込もうとする。小柄な癖に意外と力が強い。
「物語としてなら、凄い後味悪いし、確かに劇というよりドラマ向けかと思うけど、すっごいのかくねーあんた」
やっぱり。何時の間にか自分がこの悪趣味な物語の作者として扱われているのに暁は気付いて、慌てた。
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