劇中劇とエンドロール

nishina

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十六話

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 暁も部長といいながら幽霊部員のような彼女について、思うところが無い訳ではない。自分が必要性を感じなければ部活動を自分から引き離して、部長の役目を副部長の柚葉に押し付けるのであれば部長の立場を辞退するか、他の部員からの不満を抑える為にももう少し部活動に熱心に参加してくれても良いのではないか。

 彼女が二年生の時より明らかに部活に参加する頻度が減っているのは、一年生や三年生の反発の感情も影響しているように暁は思う。居づらい、と感じるのであれば、少しでも言葉や態度に出してくれなければ暁達にはどうしようもなかった。
「才能ある人って、変わった人が多いって言うじゃん。部長も、普段休んでるからいざ本番って時にはいいお芝居出来るのかもよ?」
「そういうもん?」
 だがそれをその儘言葉にするには、暁には抵抗があった。
 理由は考えたら幾つか出てくるが、多分単純にそれが大きいだけなのだろう……部長の事が、暁は嫌いではなかったからだ。
 彼女は不満そうだったが、暁はわざとらしく無い程度に言葉を重ねた。部長であるあの少女の儚く弱々しい佇まいと、それらが幻想であったかのような威風堂々とした立ち振舞い。どちらが彼女の真実かはわからないが、生涯の夢を芝居を続ける事だと願いを持つ暁には彼女の舞台での姿が全てであり、憧れだった。

「私がそう思うだけだけど。それに、花色先輩を差し置いて演劇部の部長を任されるのは、肩の荷が重い気がする」
「うん……まあ、そうかも」
 
 部長は、花色 光は暁が欲しいものを全部持っているように見えた。古山の気持ちもわかるし、言いたい事も最もだと思う。だがそれ以上に彼女の価値を批難するような言葉を聞かされたくはない。
 自分の大事にしている役者への憧れ、理想の一つを否定されたような気がした。
 
 
 柚葉達はまだ話し合いが終わらないらしい。
 ただ待っているのも暇なので、暁は自分の鞄を持ってきて部室の隅に座り込んだ。当然教室の中には机も椅子もあるが、あまり目立ったり人に見付かって覗き込まれるのも勘弁して欲しかったので、教室の壁に背中を付けて小さくなっていたかったのだ。
「うん……うむ。読む、か?」
 独り言を漏らしながら取り出したのは、今朝葵に渡されたファイルだった。クラスメイトの注目の的になった上に付き合ってる疑惑まで取り上げられた彼の小説が収まっている。
 試しにばらばらと捲ってみる。量はそんなに無いと思いきや、ルーズリーフにびっしり書き込まれてるので意外と読むのに難儀しそうである。そも、暁は元々読書家ではないので文章を読む速さも大したことはない。
「思った以上に大変かもな……」
 唸りながら天を仰ぎ、大きな溜め息を吐きながら視線をおろす途中で、椅子に座ってぼんやり辺りを眺めていた梓とばっちり目が合ってしまった。一瞬やばい、と思ったが直ぐに約束していた事を思い出し、右手で手招いてみると梓は席を立ち、長い黒髪をなびかせながら暁の傍にやって来ると、同じように壁際に座り込む。
「それって、あれよね。加百くんの……それでそれ、何?」
「話して良いのかわからないから、他の人には言わないでよ」
 梓が素直に頷いたので、暁はファイルの中身の正体とこれを葵に渡される事になった経緯を簡単に説明した。
 ファイルの中身を知った梓は当然といえば当然なのかもしれないが、葵の変質的ともいえる趣味にかける熱意に絶句していた。漸く絞り出した言葉が心底呆れたような一言だった。

「何、あの人ずっと落書きしてたの?」
「落書きっていうか、小説ね」
「小説って言うと、何かカッコいいねぇ」
「……そだねえ」
 頷きながら暁はファイルの一番最初のページを開いた。読んでみなければ何を言っても他人の小言だ。

「うあ」
 梓が唸るのも無理はない。

 葵の書く文字は小さく、角ばっていて一文字一文字を限りなく近付けて書くので読みにくいったらありはしない。女子中学生のように丸文字を駆使し、読み手が微笑ましくなるような愛らしい文を紡げとは言わないが、人に読ませるならもう少し考えて欲しい……と思ってから思い出す。葵は最初から読者を想定してこれを書いた訳じゃないのだ。
「個性的な字……」
 暁も頑張ったが、ポジティブな感想はそれで終了した。ざっと目を通しただけでも誤字が多すぎる。授業中だからって、漢字を確認せずに勢いだけで書き殴ったのだろう。

「本当にこれ読むの?めんどくさくない?」
 梓の言葉が、暁の心情を的確に抉ってくる。
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