3 / 59
夢
一話
しおりを挟む
ずっと、ずっと自分だけが不幸なのだと思っていた。私の言葉を誰もまともに聞いちゃいない。私だけが一人塞ぎこんでいるのに誰も気が付いてくれない。
私は、自由になりたい。
私の声を聞いて、私を宥めて、優しく抱き締めてくれる人が欲しいのだ。
かたん。固く、軽い音が二度、鳴る。うっかり小さな扉に挟んでしまった指がもどかしく引きずる痛みを訴えてくる。
ご縁がありますように。
祈られたって何も嬉しくなどない。郵便受けに入っていた封筒をその場で開けて、さっと軽く目を通しただけで内容全てを悟り、がっくりと尾根 暁はその場に項垂れた。長い茶色の髪がさらりと揺れる。一纏めにしているそれは、あまりに長すぎて尻尾のようだ。そう、尻尾を垂れた元気の無い猫の。
今度こそはという思いはあった。オーディションでも今までにない手応えを感じていたのだ。しかしそれは、結局暁の独りよがりであったようだが。
落選通知をぐしゃぐしゃに折って無理矢理封筒に押し込めると暁はそれを乱暴に鞄の中に突っ込んだ。家族に見られては、堪らない。
いい加減諦めなよと言われると分かりきっていた。悲しいかな、見慣れてしまったあの哀れみと呆れの入り交じった視線とともに。
他の郵便物やチラシが郵便受けに覗く。手を突っ込んで纏めて掴んで引っ張り出す。勢い余って開いた郵便受けの扉が、その儘暁の手に再び跳ね返り、かたんと音を立ててぶつかった。そんな、自らが招いた小さな失態にすら苛立ちが抑えきれない。無意識にエレベーターへと向かう足取りが速く、忙しない。
自覚はしている。八階へ向かうボタンを押してエレベーター内に設置されている縦長の鏡を険呑な眼差しで暁は見つめる。そこに映っているのは一人の、何の華も、目立った特徴すらない地味な女子高生でしかないのだ。身長は同級生達より少し高い程度で、長い地毛の焦げ茶色の髪をヘアゴムで結んでいるだけで容貌は味気ない。化粧したところであまり変わらないだとか、若いうちから肌を痛めてどうするのと言われるだけのある、特徴の無い顔。色が白ければそれが女性として美徳と捉えられる現代日本において地黒の自分は、きっと画面越しに見たら余計に華が欠けて見られるだろう。鼻は低いし目は普通……小さくもなければ、マスカラ要らずとは言えない程度に睫毛は少ない。
胸も薄ければ、身体全体が女性的なくびれやまるみを感じさせないのだ。決して太っている訳ではない。子供の頃に慎重ばかりのびて唐突に成長期が止まった弊害だと、暁は思っている。
エレベーターが止まった。
一歩、通路に足を踏み出す。スニーカーの下にある靴下だって学校指定の地味なものだ。アルバイトも禁止な上に、毎月のお小遣いでオーディション会場への交通費や演劇を観に行くのに使ったらあっという間に無くなってしまう。暁には、着飾るものへ気を配る余裕などない。
「ただいま」
ごくごく平均的な、核家族向けのマンションの一室が、暁の家である。
真っ直ぐに廊下を進み、普通を装いながらリビングへと向かう。ソファの前にあるテーブルに郵便物を置いておくのが、学校より帰宅時間が遅い母への約束事である。
「あれ、あんた、佑果帰ってたの」
「ねーちゃんおかえりー」
リビングのソファに寝そべってテレビを観ていたのは、ふたつ年下の妹。佑果である。
暁は、この妹が自分と大差ない外見だというのに自分より圧倒的に可愛らしい名前なのが羨ましくて仕方ない。
「あ、ねえちゃんねえちゃん」
「何よ」
お調子者の妹がだらだら絡み付いてくるのを突き放そう、佑果がのばした手を暁は振り払おうとした。
しかし、妹の唇がにんまり歪み放たれた言葉に、暁の身体はぎくりと固まった。
「どうだったの!オーディションの結果!!」
私は、自由になりたい。
私の声を聞いて、私を宥めて、優しく抱き締めてくれる人が欲しいのだ。
かたん。固く、軽い音が二度、鳴る。うっかり小さな扉に挟んでしまった指がもどかしく引きずる痛みを訴えてくる。
ご縁がありますように。
祈られたって何も嬉しくなどない。郵便受けに入っていた封筒をその場で開けて、さっと軽く目を通しただけで内容全てを悟り、がっくりと尾根 暁はその場に項垂れた。長い茶色の髪がさらりと揺れる。一纏めにしているそれは、あまりに長すぎて尻尾のようだ。そう、尻尾を垂れた元気の無い猫の。
今度こそはという思いはあった。オーディションでも今までにない手応えを感じていたのだ。しかしそれは、結局暁の独りよがりであったようだが。
落選通知をぐしゃぐしゃに折って無理矢理封筒に押し込めると暁はそれを乱暴に鞄の中に突っ込んだ。家族に見られては、堪らない。
いい加減諦めなよと言われると分かりきっていた。悲しいかな、見慣れてしまったあの哀れみと呆れの入り交じった視線とともに。
他の郵便物やチラシが郵便受けに覗く。手を突っ込んで纏めて掴んで引っ張り出す。勢い余って開いた郵便受けの扉が、その儘暁の手に再び跳ね返り、かたんと音を立ててぶつかった。そんな、自らが招いた小さな失態にすら苛立ちが抑えきれない。無意識にエレベーターへと向かう足取りが速く、忙しない。
自覚はしている。八階へ向かうボタンを押してエレベーター内に設置されている縦長の鏡を険呑な眼差しで暁は見つめる。そこに映っているのは一人の、何の華も、目立った特徴すらない地味な女子高生でしかないのだ。身長は同級生達より少し高い程度で、長い地毛の焦げ茶色の髪をヘアゴムで結んでいるだけで容貌は味気ない。化粧したところであまり変わらないだとか、若いうちから肌を痛めてどうするのと言われるだけのある、特徴の無い顔。色が白ければそれが女性として美徳と捉えられる現代日本において地黒の自分は、きっと画面越しに見たら余計に華が欠けて見られるだろう。鼻は低いし目は普通……小さくもなければ、マスカラ要らずとは言えない程度に睫毛は少ない。
胸も薄ければ、身体全体が女性的なくびれやまるみを感じさせないのだ。決して太っている訳ではない。子供の頃に慎重ばかりのびて唐突に成長期が止まった弊害だと、暁は思っている。
エレベーターが止まった。
一歩、通路に足を踏み出す。スニーカーの下にある靴下だって学校指定の地味なものだ。アルバイトも禁止な上に、毎月のお小遣いでオーディション会場への交通費や演劇を観に行くのに使ったらあっという間に無くなってしまう。暁には、着飾るものへ気を配る余裕などない。
「ただいま」
ごくごく平均的な、核家族向けのマンションの一室が、暁の家である。
真っ直ぐに廊下を進み、普通を装いながらリビングへと向かう。ソファの前にあるテーブルに郵便物を置いておくのが、学校より帰宅時間が遅い母への約束事である。
「あれ、あんた、佑果帰ってたの」
「ねーちゃんおかえりー」
リビングのソファに寝そべってテレビを観ていたのは、ふたつ年下の妹。佑果である。
暁は、この妹が自分と大差ない外見だというのに自分より圧倒的に可愛らしい名前なのが羨ましくて仕方ない。
「あ、ねえちゃんねえちゃん」
「何よ」
お調子者の妹がだらだら絡み付いてくるのを突き放そう、佑果がのばした手を暁は振り払おうとした。
しかし、妹の唇がにんまり歪み放たれた言葉に、暁の身体はぎくりと固まった。
「どうだったの!オーディションの結果!!」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
私たち、博麗学園おしがまクラブ(非公認)です! 〜特大膀胱JKたちのおしがま記録〜
赤髪命
青春
街のはずれ、最寄り駅からも少し離れたところにある私立高校、博麗学園。そのある新入生のクラスのお嬢様・高橋玲菜、清楚で真面目・内海栞、人懐っこいギャル・宮内愛海の3人には、膀胱が同年代の女子に比べて非常に大きいという特徴があった。
これは、そんな学校で普段はトイレにほとんど行かない彼女たちの爆尿おしがまの記録。
友情あり、恋愛あり、おしがまあり、そしておもらしもあり!? そんなおしがまクラブのドタバタ青春小説!
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる