吹き抜けるは真紅の風

もちぷに

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第三章

最後の夜を心に刻んで

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すやすやと寝息をたて始めたミアは月明かりに照らされてあどけない寝顔を見せている。

(女神の寝顔……)
ミアの顔にかかる髪を耳にかけて頭を撫でた。柔らかい髪の感触が心地よくてついいつも頭を撫でてしまう。

「ミア…俺を選べよ………」

ミアがイグニスに来ると知らせを受けた時、アランの手紙を読んでも不安なんてなかった。

ミアは自分の意思をしっかりと持った女性だ。ベルンハルド国王が何と言おうとも、自分の意思を貫き通すはず。

そう思っていたのに………

再会してすぐにミアの異変に気付いた。
以前会った時とは明らかに違った。

『最後までしてくれますか?』

何故焦る必要がある?

わざわざ助言しに来た女医は『女性にとって初めての経験はとても大事なこと。快楽よりも愛されていると感じられる事が大事だ』と。それに加えて『破瓜の痛みは想像を絶するものだから慎重にしろ』と言っていた。
時間なら幾らでもある。たとえウェントゥスに帰ったとしても俺はミアの為なら幾らでも待つ自信がある。

それなのにミアは言った
『早く大人になりたい』と。

女医の言葉が本当ならば、俺に『初めて』を捧げてくれるのはこの上なく嬉しい事なのに続く言葉に引っ掛かった。

『これが最後になるなら』

────最後?

ミアは慌てて取り繕ったような言い訳をした。
国の為にベルンハルドの言いなりになってソルムに嫁ぐのか?ミアに限ってそんな事あり得ない

そう言い切れない事にようやく気付いた。
ミアが一人で旅に出た理由を思えば当然だ。
いつも人の為に生きてきた彼女は愛するウェントゥスの為に自分の未来がどうなろうと構わないはずだ。

いずれメディウム国王になるであろうフレドリックと結婚する事はウェントゥスにとって有益なもの。

そんなの許せない。

だけどミアの人生はミアが決める。

それなら俺がメディウムの王になればベルンハルドの見る目も変わるだろうか。
いや、今更手遅れだ。
メディウムで支持を得ているのはフレドリック。俺じゃない。

フレドリックが努力して培ってきたものは
好き勝手生きて来た俺には無いもの。
そしてタイミング悪くスカーレットが来たせいでミアの真意がますます分からなくなった。

恐らくミアは俺が寝ていると思って洩らした本音。
『少しでも私の事を刻みたい』

まるで離れる事を前提にしたような言葉。
ミアの心は俺にあると感じるのに───

選ばれる自信は消えて無くなった。

責任感の強いミアは間違いなく俺よりもウェントゥスの繁栄を選ぶ。

だからミアに子供が欲しいと言われた時、本当ならば飛び上がって喜びたい気分だった。
本能のまますぐに押し倒して、避妊薬なんて飲ませずに深く深く愛し合えたらと。

だけど できなかった。

矛盾しているのは分かっている。
やるだけやっといて避妊をするなんて性欲の捌け口だと思われても仕方ないかもしれない。
しかしそれは溢れる想いを止められないから。

───ああ、そうか。『刻みたい』って思うのは俺も同じかもしれないな

だけどもしも今子を成せばミアの負担にしかならない。
子供を理由にベルンハルドは俺を認めざるを得なくなるかもしれないが、俺達の大事な子供を結婚の為の『道具』になんてしたくない。
それにもしもベルンハルドが認めなければ、ミアの体も心も傷つける事になる。
最悪の場合は俺の子供をフレドリックの子供として産む可能性だってある。
いや、フレドリックがそれを許すとは思えない。

それ以前に何故ミアは突然『子供が欲しい』と言い出したのか。それが理解できなかった。だから率直に『何故?』と聞いた。
『ずっと側にいたいから』『好きだから』答えはなんでも良かった。ミアの気持ちが分かる言葉なら。

二人の未来の話しをしても、ミアの表情は沈んだまま。答えてくれないだけじゃない。泣きながら『スカーレットには避妊しないのに』と言った。

避妊しなかった時など一度も無い。
心底情けなくなった。
あんな女と関係を持った自分に。

ミアと出会ってから何度も過去をやり直したいと思った。それをこの時ほど強く切望した事はないだろう。

深く 深く 後悔した。

他の女と体を重ねたこと。その愚かな自分を。

せめて口約束だけでいい。
子供が欲しいと言ったのは、生涯を共にする気があると聞きたかった。

ミアの答えは『私は側室でもいい』だった。
────ああ、また俺は順番を間違えたんだな。
まずあの女をミアの中から消さなければいけない。
俺は何も分かっていなかったんだな。
昔はあれだけ固執していたはずなのに。
『手のかからない、それでいて自分に利益のある王妃』
そんな思いを抱いていた事すら忘れていた。
俺が好きになったのは一人の兵士。権力も魔力もないと思っていたこの上なく可愛らしい女性だ。しかしミアは分かってはくれない。

『スカーレットを振った事をいつか後悔する』

しねぇよ。するわけねぇよ。ミアが俺を選ばなければ、俺は生涯独身ってだけだ。ミア以外に他の女を選ぶなんてこの先何があっても有り得ない。

ミアを二度と抱けなくなるのなら、思い出だけで生きていけるように。ミアの唇も触れた柔らかさも温もりも全てを覚えておきたい。
考えたくないが、万が一ミアがフレドリックに抱かれる時が来たら、少しでも俺の事を思い出せばいいのに。
口でされた時に歯が当たってすげぇ痛かったけど、正さなかったのはフレドリックも痛い思いをすればいいと思ったからだ。

(噛み千切れって言えば良かったかもな。
いや、いっそ巧すぎる位に教え込んで俺に教わったって言わせれば………何考えてんだ俺は)

もうミアがフレドリックの元へ行くという懸念が拭いきれない。
それがもし、ウェントゥスの繁栄の為じゃなく他に理由があるとしたら……

(考えても無駄だ…寝よう…)

ミアを強引に縛り付けるなんてできない。ただ、俺を選んで欲しいと願いを込めて気持ちを伝えるだけ。それしかできない。

カーテンを閉めようとして視界に入ったのは少し満ち足りない月。

まるで自分の心のようだと感じた。

繋がっている時はこれ以上無い程幸せだと思ったはずなのに


満月を迎えたら少しずつ欠けていく月は


正に今の自分なのかもしれない───




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