吹き抜けるは真紅の風

もちぷに

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第二章

抱えているもの

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「ミア、起きろ。吹雪が止んだ」

「…ん…ん?」(あ、あれ?私寝ちゃったんだ)
目が覚めると相変わらずカイルの腕の中にいた。
「ごめんなさい!!」
(やば、涎垂らしてなかったかな?)

「もう十分暖まっただろ?」
心なしかカイルは疲れた表情をしている。

(寄りかかって寝ちゃったから重かったかな?)
「はい。ありがとうございます」

砂に魔力を込めてもらい、再び山道を歩き出した。曲がりくねった山道は所々獣道になってはいるものの舗装された道を辿ると、まるで空へ昇る龍のようで、それが『龍の棲み処』と呼ばれている由縁だとカイルが教えてくれた。
暫く歩いて行くと、ようやく目指していた小屋に辿り着いた。

「ここですか?」
「ああ」
「いらっしゃいますかね」
「いるだろ。吹雪も止んだしな」
「え?それ関係あります?」
「吹雪いている間、爺さんは山を駆け回ってるそうだ」
「それは…何の為にですか?」
「さあな。テンションが上がるんじゃないのか?」
「そんなまさか」
(お爺さんなのに元気すぎるでしょ!)

ノックをすると噂のお爺さんが出迎えてくれた。深い皺に曲がった背中、真っ白な髪、同じ色の立派な髭。
(駆け回るタイプには見えないけど)

「炎の坊っちゃんかい。どうりで暑いと思ったわい!吹雪かせちゃったけど大丈夫だったかの?」

「やっぱり爺さんの仕業だったのかよ」

「ふふっ!久し振りじゃのぉー。そちらさんは?」

「はじめまして。ミルディリア・ラクストレームと申します」
ミルディリアはぺこりと頭を下げた。
「………」
(どこかで会った事が…?いや。無い…よね)
お爺さんに何か違和感を感じるのだが、それが何か分からない。

「んん?なんじゃ?男前すぎて驚いたかの?」

気付けば失礼な程じろじろと見ていた。
「い、いえっ!いや、あのっ、そうですね!」

お爺さんは楽しそうに笑った。
「素直なお嬢さんじゃのぉ。外は寒いじゃろ。さあ中にお入り」

寒いなんてもんじゃない。室内は幾分温かいが、お爺さんは薄手のシャツ一枚に膝丈のズボン。大分薄着だ。
(違和感はこれかな?)

「さてさて、今日はどうしたのかね?」

テーブルにお爺さんと向かい合う様に掛けると温かい飲み物を出された。ミルディリアは隣に座るカイルの方をちらっと見た。

「話したい事を話せばいい」

「はい…突然なのですが実は…」
ミルディリアは治癒や防御の魔法について今までにあった事をふまえて話した。

「ふむふむ、お嬢さんは随分と特殊な魔力を持っておる」

「特殊ですか」
『特殊』と言うだけでお爺さんが驚かない事に驚いていた。本当に噂通り魔法の全てを知る人なんだと思うと緊張も伴って胸が些かドキドキとしてくる。

「じゃが、属性は『風』で間違いない」

「…でも竜巻を自在に出せないんです」

「竜巻だけが風の魔法の真価じゃない」
ふふっとお爺さんは笑う。
「愛を知ること。お嬢さんの課題はそれじゃな」

「愛?私…国民を愛してます!」

「ふむ。じゃが、自分は?」

「自分?」
言われてみれば誰かの為には発動する魔法は自分の為にはなかなか上手くできない。
「自分を愛せたら竜巻も出せますか?」

お爺さんは豪快に笑った。
「竜巻に拘るのぉ~!お嬢さんの魔力は特殊じゃと言ったろう?風の魔法の中で他の人間には出来ないものがあるじゃろ」

「風の魔法を力に変えるとか?」

「ふふっ!そうじゃ。分かっとるじゃないか。治癒も防御も然り。他にも気付いて無いことがあるはずじゃ」

「そう言えば…」
カイルがふと思い出したように口を開いた
「風に乗ってミアの声が聞こえた事があるな」

「ええええええええええ!!!!!」

「それもひとつじゃな。上手く使いこなせるかはお嬢さん次第じゃ」

「私の心の声がだだ漏れなのはそのせい?!カ、カイル様、因みに私何て言ってました?!」

「ミアがウェントゥスに帰ってすぐに謝罪と…赤い目の襲撃に遭ってる時に『助けて』って聞こえたな」

「そうですか」
(良かったぁ、変な事言ってなくて)

「それは恐らく強い願いが風に乗って炎の坊っちゃんに届いたんじゃな」

「強い願いが風に乗る…?」

「そうじゃ。まだお嬢さんは上手く使いこなせておらんのじゃな。何もかも」

「愛を知るって具体的に何をすればいいんですか?」

「それを考える事が第一歩じゃ」

「なるほど…」
(何もかも教えてくれるってわけじゃないのね。そう言えば…)
「お爺さん、お名前は?」

お爺さんはその質問を予想していたかのように笑った。
「ふふふふっ!何だと思う?」

(また?!)「…それ、流行ってるんですか?」

カイルは隣で不思議そうな顔をしている。ミルディリアは構わず考えた。

「う~ん、何にしようかな…」

「おい」

カイルが堪らず口を挟んできたが、お爺さんは楽しそうに笑った。

「何でもいい。ふふふっ」

「ジャ…ジャンニ」

「いまいちじゃのぉ~」

「何でもいいって言ったのにっ!じゃあ…ジョッシュ」

「ふぅん。まぁいいじゃろ」

「今のやり取りは何だ」

カイルは呆れているようだ。しかしジョッシュは楽しそうに笑った。

「儂らに名前は無い。ふふふっ」

「名前が…無い…?あの!おかしな事かもしれないんですが、聞いてもらえますか?」

「なんじゃ?」

シファに話したようにヘレンの話しをするとジョッシュの穏やかな表情が少しだけ鋭くなった。

「…それは大層おかしな話しじゃのう。お嬢さんがその家に行った経緯を詳しく聞かせてもらえんか?」

「はい」
ガオルを探していた事を話すとジョッシュにいくつか質問をされてそれに答えた。それを聞いたジョッシュの表情は鋭さを増す。

「信じてもらえませんよね…」

「炎の坊っちゃんはどう思う?」

カイル様は腕組みをして首を傾げた。
「ミアが実際に会ったのなら実在するだろ。その女性に選ばれたんじゃないのか?ガオルも」

「選んだとは思えんのぉ」

「そうですよ。ガオルと私に共通点なんて無いのに」

「でもその女性は爺さんと似てるだろ。人を選ぶところとか」

(似てる?お歳を召している事だけじゃない?)

「ふむ…確かに儂は好き嫌いが世界一激しい」

「えーーー!!??」(私大丈夫かしらっ!)

ジョッシュは険しい顔をして髭を指先で撫でる。
「じゃが、儂らとその婆さんは別物じゃ」

「…へ?」(儂ら?)

「儂に分かる事はそれだけじゃ」

「あの、私には何が何だか分からないんですけど」

「儂の勘だと、お嬢さんには時期尚早じゃ」

「え?」

「その婆さんに近付くには早すぎると言うとるんじゃ」

「早すぎる?」

「先ずは目先の問題をひとつずつ解決していくことじゃ。いいかな?愛を知る事じゃ」

「は…はあ」
(何を仰りたいのかがさっぱり分からないんですけど!その勘とやらは教えてくれないんかいっ!…いいや。一応約束は果たしたから帰ったらシファに話そう)
「ああ!!」

ミルディリアが突然大きな声をあげたので二人は驚いて視線を向けた。

「どうした?」

「あ、いえ…ジョッシュさんの持っている雰囲気が私の知り合いと似ているな、と思いまして」

ジョッシュと話していると、掴み所のないシファと話しているような感覚だった。色んな事を知っているのに、全てを明かしてくれない所も。
ジョッシュはにっこりと笑って何度も頷く。

「お嬢さんはウェントゥスの子じゃな?ということはシルヴァーの小僧はまだそこにおるのか」

「シルヴァー…それってまさかシファ────」


─────『ミルディリアは覚えていないんですね』
ふと思い出す幼い頃の記憶。
それは夢で見た出来事かもしれない程に曖昧で朧気な記憶。
『おなまえは?』
幼いミルディリアの質問に答えるのは今と変わらない姿のあの人。シファだ。
『何だと思います?』
『そんなのわかんないよ』
『ふふっ…私に名前は無いんですよ』
『じゃあ、あたしがつけてあげる!う~んと…シルバーの髪だからシルバーね!』
『安易ですね…』
『あんい?』
『もう少し…違う名前にして下さい』

(そんな事があったかもしれない)
「シファの名前は…私がつけたのかも…ジョッシュさん!名前が無いってどういう事ですか?」

「エメラルドグリーンの小僧は何て名付けたんじゃ?」

(え?私の質問は無視ですか?)
「エメラルドグリーン?レオナルドの事ですか?」

「レオナルド!また似合わん名前をつけたのう!」
ジョッシュは楽しそうに笑った。

「え?…そうですかね?」
(さすがにそれは私じゃない。お父様かお母様のはず)
「二人の事をご存知なんですね」

「まあ、知っとると言えば知っとるし、知らんといえば知らん」

(どっちなんじゃーい!!)

「レオナルドも もうすぐじゃろうな」

「もうすぐってどういう意味ですか?」

「時が来るんじゃよ。眠りにつく時が」

ぞわっと全身に鳥肌が立った。
不快と恐怖を伴う鳥肌が。

「眠りにつくって…それは、どうして?病気ですか?ウェントゥスにいるから?エンリルのようにレオも?!」

呼吸が上手くできない。それ程に昂っていた。

「なんじゃもう眠っとるのか!」
ジョッシュは嬉しそうに目を見開き、うんうんと大きく頷いた。
「そうか。そうか。ふふっ!エンリルとは!これまた大層な名前を貰ったようじゃのぅ。お嬢さん、儂が話しとったエメラルドグリーンの小僧は『エンリル』の方じゃ」

「そんな…!うそ…ジョッシュさんは知っているんですね…その…」

聞きたいのに言い淀む。気付いたカイルが席を立とうとした。

「外そうか?」

「…い、いえっ!」
(いや、外してもらった方がいいのかっ!?)

「炎の坊っちゃんがおらんのじゃ、儂も聞かんよ」
ジョッシュは拗ねたように顔を背ける。

(本当は話しちゃ駄目なんだけど…カイル様なら大丈夫)
「…カイル様、他言はしないで下さい。絶対に」

「ああ」

カイルが深く頷くのを見てミルディリアは深呼吸した。

「ジョッシュさん。
………龍が眠りにつくのはどんな時ですか?」

ジョッシュの顔がふっと綻びる。そしてカイルの剣にちらっと一瞬視線を移した。
「だから言うとるじゃろう『時が来たら』じゃ」

(やっぱり…!
ジョッシュさんは『知っている』んだ。
エンリルの事を。そして龍が眠りにつく理由を)

…ようやく会えた
探し続けていた答えを知る人。

「エンリルもそう言っていたのですが、それはどういう意味なんですか?」

「ほほお!お嬢さんは『エンリル』の言葉が聞けるのか!」

「はい。何故か私だけなんです」

ジョッシュはにっこりと微笑む。
「恐らくそれはさっき話した『思いを風に乗せる』仕組みと同じじゃ。本来エンリルは聞けるが、喋りはせんのじゃ。全て風に乗せてお嬢さんに届けておるんじゃ」

「え?じゃあ何故他の人は聞けないんですか?」

「受け取る気持ちがなければならんのじゃ。故に誰に向けて発するかも大事じゃがな。相手を想っておれば簡単な事じゃが『龍が喋る』とは普通思わんじゃろう?お嬢さんは柔軟な考えを持っておるという事じゃ」

「柔軟と言うか…子供だったので…」

「お嬢さんが心の声が漏れてた云々言うとったのも、聞けた相手とそうでない相手がおるはずじゃ」

「あ~…確かに」
思い当たるのはスタンレーやクロード様。今まで心の中でどれだけ暴言を吐いたか分からない。
(それよりも先ずは…)
「ジョッシュさん。その眠りに害は無いんですか?」

願うような、縋るような気持ちだった。
どうか、どうか、望む答えが返ってきてほしい。

ジョッシュは目を細めたかと思うとお腹を抱えて笑いだした。
「ふぉっふぉっふぉっ!!そうか!そうか!」

その様子にミルディリアは泣きたくなった。

害は無いんだ。

シファも言っていた。心配するなと。
眠りについたのは操られるのを拒んだからじゃない。エンリルがモンスターになる可能性は無いんだ。

「折角話せるのに眠りにつく理由を教えてもらわんかったのか?」

ミルディリアは勢い良く首を縦に振った。

「泣く必要は無い。ふふふっ!心配ない。大丈夫じゃよ」

いつの間にか泣いていた。

(ずっとずっと心配してたんだよ。エンリル。本当に大丈夫なのね?本当に本当に大丈夫なんだ)
「ーーーっっっ良かったぁぁっっ…っっ」

エンリルの寝顔を思い出す。
それが今までは辛かったはずなのに、その寝顔が穏やかに思えて安心感からまた涙が溢れた。
カイルが頭を優しく撫でてくれた。
何も聞かない優しさにまた涙が溢れる。

「エンリルはどうして突然眠りに…待って!エンリルは眠りにつく前に泣いたんです!涙を流したのに本当に心配ないんですか?!」

「ふむ。非常に言いにくいのじゃが…」
ジョッシュは気まずそうに視線をカイルの剣に向けるとコホンと咳払いをした。
「炎の坊っちゃんが持っておるそれは…恐らく欠伸した時の涙じゃろう」

「……………は?
あ、あ、あ、あくびーーーー!!??あんにゃろー!心配させやがって欠伸だと?!ふざけんなっっ!!私の心労を返しやがれーーー!!!」

二人は盛大に笑いだした。

「っミアっっっ…落ち着け」

「カイル様!私、欠伸で出た涙を大切に持ってたなんて恥ずかしいんですけども!それをカイル様にあげるなんて申し訳なさすぎて凍死したい気分なんですけども!!」

「まあ、まあ」
カイルはまだ込み上げる笑いが抑えられずに続けた。
「欠伸なんて平和の象徴が武器についてるってなかなか面白いじゃねぇか。それに…」
カイル様は優しい瞳を細める
「ミアから貰った物なら何でも嬉しいよ」

ミルディリアの目が驚きに満ちて顔が真っ赤に染まる。
(こ、殺し文句!!凍死じゃなくてきゅん死にするわっ!この女ったらしが!!そうやって何人の女を口説いてきたんじゃーい!!)
「ま、まぁ、カイル様が気に入ってるならいいんですけど!」

涙がすっかり引っ込むとふと先程の会話に違和感を感じた。

「ジョッシュさん。先程『も』って仰いましたよね…他に誰が眠りにつくんですか?」

「ふふっ…眠りから目覚めたんじゃ。儂もシファも」

「目覚めた?…それって───」

ジョッシュは深く頷いた。
「そういう事じゃ」

「……………どゆこと?」

「ふあっ!ふぁっ!お嬢さんは面白いのぉ!」

「カイル様!どういう事ですか!?」

カイルはこめかみに手を当て悩むような仕草をしている。
「俺に聞くな。俺はまだその前の話しについて行けてない」

「あ、そっか…」(そりゃそうだ)
「エンリルって龍がいて私だけ話せるんです。で、どう思います?」

「待て!待て!さらっとすげぇ事言うな!!」

「ふぉ~っ!ふぉっ!ふぉっ!!お主ら面白いのぉ~!!」
ジョッシュは飲み物の入ったカップに手を触れた。
「すっかり冷めてしまったようじゃな。どれ…」
ジョッシュがカップから手を離すと飲み物から湯気が立ち上った。

(すごーい!何でもできちゃうんだ)
「ありがとうございます」
カップを受け取り、口をつけた
「ーーー!!!な!なんですか!これっ!ぐっぐふっ、けほっ!」

ジョッシュは盛大に笑った。
「ふぉっ!ふぉっ!ふぉっ!炎の坊っちゃんも飲んでみなさい」

「…ただのお湯じゃねえのかよ」

見た目は無色透明。ただのお湯だ。
ジョッシュは意地悪そうにニヤリと笑う。

「どうかな?」

カイルはカップにひと口つけて思い切り顔をしかめた。
「~~~っあぁまっ!!!!」

ほうほう、とジョッシュは興味深そうに目を見開いて頷く。

「え?!ずるい!私のは苦くて、酸っぱくて、辛くて…なんか痛いんですけど!」
堪らずカイルのカップを奪って口をつけた。
「ーーー!!!うそつきーーー!!!にがっ!酸っぱっっ!辛くて痛いー!!」

「それは魔力で作ったんじゃよ。抱えている悩みが味覚になるんじゃ」

ジョッシュは笑っているがカイルは顔をしかめたまま若干呆れた眼差しを向ける。

「何の役に立つんだよ」

ジョッシュは楽しそうに答えた。
「何の役にもたたん。じゃが… 」
その優しい瞳はミルディリアに向けられた。
「お嬢さんは何もかも抱えすぎじゃ」

カイルが同意したように頷く。
「そうだな。でもひとつ解決しただろ?」

「…エンリルの事は…まあ、そうですね。半分位は」
(起きたら覚えてろよ!!)

カイルはジョッシュに視線を向ける。
「で?エンリルはいつ人間になるんだ?」

「え?」(エンリルが人間に?)

「どうじゃろうか。儂の時は突然眠くなって、目が覚めた時には人間の姿をしておったからのう。またいつ龍の姿に戻るかも分からんのじゃ」

「え?」(ジョッシュさんも元は龍なの?そんな事あるの?あっていいの?え?え?え?じゃあシファも龍だったってこと?)

ミルディリアが必死に理解しようとする間、カイルは「何故分からないんだ」と詰め寄り、ジョッシュは子供みたいに拗ねた仕草で「人間になった龍はまだ少ないから分からない」と話している。

(本当に龍だったんだ。すごい。すごすぎる。シファが龍だったなんて…あれ?そう言えば…)
「質問です!」
ミルディリアは右手をぴしっと挙げた。

「なんじゃ?」

「龍が眠りにつく理由は教えていただけないんですか?」

「そうじゃったのう!簡単に説明すると、百年間神龍としての力を使わなければ眠りにつくんじゃ」

「百年?!」

「儂らの寿命は長い。百年なんぞあっという間じゃ。人間になりたくない龍は百年以内に力を使って眠りの時を避けるんじゃ」

今まで年齢も性別も謎だったシファの事を思うと不思議と納得できた。

「へぇ…龍の力って…モンスターとは違うんですよね?」

「姿は似ておるがモンスターと違って意思を持っておる。人を攻撃する事はまずない。人間は儂らの事を『神龍』と呼んでおるな。神龍はそれぞれの魔力を司る役目をもっておるのは知っとるか?」

「いいえ!知りません!!」

ジョッシュは微笑む。
「お嬢さんにとってエンリルは友達のようなもんなんじゃな。
エンリルは風。シファは雷。儂は氷の神龍じゃ。
大昔の話しじゃが、神龍と人間は当たり前のように共に暮らしておった。枯れた大地を潤わせたり、未開の地に人を運ぶ為に海を凍らせ道を作ったり。神龍の魔力は人間のそれより遥かに高い。人間の魔力じゃ及ばん事を神龍はしておったんじゃ。しかし人間は欲深き生き物じゃ。神龍の力を巡って争うようになったんじゃ」

カイルが眉をひそめる。
「作り話しじゃなかったのか」

ジョッシュがゆっくり頷く。
「じゃが逆に神龍を護る能力を持つ『護り手』と呼ばれる人間もおる。エンリルにはベルンハルド・ラクストレームがおるように」

「お父様が?!」

「そうじゃ。特殊な結界を張って神龍を護るんじゃ。子供達の誰かがその能力を引き継いでおるんじゃが…お嬢さんでは無いな」

「特殊な結界とは何ですか?」

「空間を歪めて他の者を寄せ付けない結界じゃ。例えばエンリルに会えるのはラクストレームの血を持つ者だけじゃろ?そうやって神龍を護るんじゃ。結界に護られておる間は結界から出る事も出来んがの」

「なるほど」

「今も神龍を護っておるのは世界に一人。ラクストレームだけじゃ」

「え?!」

「儂を護っておった人間は大昔に殺されてしまったんじゃ。他にもその役目を放棄した者や、子孫を残さず寿命を迎えた者もおる」

「じゃあ…護り手はお父様だけで、龍の姿をしている神龍はエンリルしかいないんですか?」

「いいや、両方ともおるよ。護り手は役目を果たして無いだけじゃ。その能力に気づいておらん可能性もある。神龍は人間に護られず、人目を避けてひっそり暮らしておる」

「龍のまま隠れて…?」

「眠りの時を経て、儂のように人間の姿をしている者もおる。半々くらいかの。人間の姿をしとっても各々の魔力を司る神龍は一人だけじゃ」

「じゃあ火を司る神龍はヘレンさんって事ですよね?」

「問題はそこじゃ。ヘレンと名付けた婆さんは儂の知る神龍じゃないんじゃ。火を司る神龍は別におる」

「でも何もかも当てはまるじゃないですか!」

「じゃが恐らくヘレンは只の人間じゃ。名乗らなんだ理由は分からんが特殊な結界が張られておるのは確かじゃな。本人が張っているのか、誰かがヘレンの事を護っておるのか、若しくは逆に閉じ込めておる可能性も考えられる」

「何故でしょうか?」

「それが問題なんじゃ。よからぬ事が起きとるならお嬢さんは関わるべきじゃない」

「でも!閉じ込められているなら───」

「自分なら助けられると言いたいんじゃな?」

ミルディリアはこくこくと何度も頷いた。しかしジョッシュは首を横に振る。

「その結界は本来、神龍のみに使う事が許されておる。護り手の誰かが禁忌を犯しておるんじゃ」

「でももしその結界の中に閉じ込められているなら助けてあげないと!」

身を乗り出すミルディリアからジョッシュは視線を外した。
「炎の坊っちゃん」

「なんだ?」

「お嬢さんはいつか人の為に死ぬじゃろう」

その言葉にミルディリアだけが驚いた。
「えぇぇ?!そうなんですか?!」
(ジョッシュさんは未来を予知できるの?!)

「俺もそう思う」
カイルはミルディリアの手を握った。
「何もかも背負いすぎで、誰も彼も助けようとしすぎている。そんな婆さんの事忘れろ」

ミルディリアはまた驚いた。優しくて優しすぎるカイルの言葉とは思えなかったからだ。
「カイル様、冷たい!!」

ミルディリアはカイルを睨んだ。カイルもミルディリアを真剣な眼差しで見つめている。

「止めるのは優しさじゃよ」
ジョッシュもミルディリアを見つめている。その瞳は諭すように厳しさと優しさが込められている。

「でも…ヘレンさんを助ければ赤い目に繋がるのに…」

カイルが深く溜め息をついた。
「そういう勘だけはいいんだな」

「お嬢さんには時期尚早じゃと言っとるじゃろ」

「でも…」

空間を歪める結界に捕らわれていて、悪魔退治のモンスターを追ったガオルもそこに囚われたと考えると…
特殊な結界を張っている護り手があの悪魔退治に関わっている。

「でも何故シファはヘレンさんの元へ辿り着けなかったんですか?神龍なのに…」

「神龍は護られる側じゃ。その結界を張る事も壊す事もできん。お嬢さんが入れたのは特殊な魔力を使ったからじゃ」

「魔力?使った覚えは無いです…」

「無意識じゃろうな。結界に入る時の虫に集られる様な感覚。そして出る時の酷い目眩。防御魔法で自分を護って出入りしたんじゃ」

「それなら!やっぱり私にしか出来ないって事ですよね?」

意気込むミルディリアを見てジョッシュが眉を寄せる。
「運が良かったとは思わんのか?」

「運?たまたま入れたって事ですか?」

カイルが項垂れる。
「いや…そうじゃないだろ。ミアは向いてないんだよ」

「あ!そっか!あの時ヘレンさんの家にもし護り手がいたら…」

「そうじゃ。お嬢さんが結界に入れると知れば護り手は間違いなく口封じをするじゃろう。敵はベルンハルドと同等の魔力を持っておる。お嬢さん、勝てる自信は?」

ミルディリアは自信満々に答えた。
「全っ然!全く!これっぽっちも無いです!」

「そうじゃろうな。お嬢さんの魔力は攻撃に向いておらん」

「ぐぬぬ…どうしたらいいんですか!『自分大好き人間』になったら竜巻出せますかっ?!」

「お嬢さん。炎の坊っちゃんも。よく聞きなされ」
ジョッシュが手を組んで真剣な眼差しになる。
「これは言うべきか迷ったんじゃがな…」

(竜巻出す方法を教えてくれるんですね?!)
ミルディリアは姿勢を正した。

「お嬢さんの究極魔法は竜巻じゃないんじゃ」

思わずずっこけそうになった。いや、ずっこけた。
「期待させないで下さいよ!!」

「治癒に特化した者の究極魔法は『蘇生』じゃ」

「ーーー!!蘇生っ!!すごい!すごーい!!」
(私!本当にゾンビ製造工場長だったんだ!)

「しかしその為には魔力を使い尽くす必要があるんじゃ」

「そうなんですか」
(私、今まで何度も尽きてますけども)

「そんな簡単にできるのか?」
カイルが怪訝そうな顔をする。

「ああ。自らの死を持って他者を蘇生できる」

「「自らの死?!」」

「そうじゃ。治癒や防御の魔法は本来人間に与えられる物ではない……大量の魔力が必要なんじゃ。あまり使いすぎると気を失う事もあるじゃろう」

「今まで何度もありました!」

「炎の坊っちゃんは?魔力を使い過ぎて倒れた事はあるかの?」
「無い」
カイル様は被せる勢いで答えた。

(そりゃそうだろうよっ!)
「それはカイル様の魔力が強いから…」

ジョッシュは首を横に振る。
「お嬢さんの魔力も立派なもんじゃ。炎の坊っちゃんとさほど変わらん。もう分かるな?」

「蘇生させる程の魔力は命を失う?」

「そうじゃ」

「一回しか使えないんですね」

「ミア!何考えてんだよ!そんな魔法使うな!」
カイル様が手を強く握りしめジョッシュを睨み付ける。
「じじい!めてぇ余計な事を言うな!ふざけんなよ!」

ジョッシュは気にも留めずミルディリアに視線を向けた。
「お嬢さん。分かったじゃろ?お嬢さんが死んで喜ぶ者はおらんよ。治癒の魔法も、防御の魔法も使う時をよく考えるんじゃ」

「…はい。分かりました」
(結局私はヘレンさんを助ける術を持っていないということね)

良心が痛むがどうにもできない。ジョッシュが『時期尚早』と言う意味が理解できた。敵が誰なのか、その強さも分かっていないのに乗り込んだところで犬死にするだけだ。

(いつか救える時が来るはず。ごめんなさいヘレンさん。もう少し待っていて下さい)
気持ちを切り替えてミルディリアは呼吸を整えた。
「もうひとつ質問をしてもいいですか?」

ジョッシュが微笑んで頷くのを見て、ひとつの願いを込めた。
(疑わないで…)
強く握った掌にはカイルの温かい手。

ヴィエラの名前は出さずに、願いが叶う魔法陣の事を聞いた。その古書の在処を。

カイルの表情が険しくなる。
「何だそれは…そんな物…あっていいのかよ」

ジョッシュは悩んでいるような、難しい顔をした。
「そればかりは…儂も見た事が無いんじゃよ」

「そうですか。でも実在するんですね?」

「そうじゃな」

「そんな簡単に願いが叶うなら人を殺す事もできるんだよな?」

「カイル様?!」

「不可能では無いじゃろうが…」
言い淀むジョッシュ。

カイル様は怒っているかのような口調で続けた。
「モンスターも操れるって事だよな?」

「それは可能じゃろうな」

「ーーー!!やっぱり!!ジョッシュさん!その本はどこにあるんですか?」

「言い伝えでは『強い願い』と『強い魔力』に導かれると言われておる。願いが叶ったら、次の者の元へ行くと」

「その『願い』を消すことはできないんですか?」

「うむ。更に新しく願えば可能かもしれんが…基本的には無理じゃろうな。抗う事はできると思うが」

「抗う?」

「儂の考えでは何かが突然変わるわけでは無いと思うとる。魔法陣は『きっかけ』をくれるだけかもしれんとな」

「きっかけ…」

「聞いた話しじゃが、ある人物が『痩せたい』と魔法陣を使ったそうじゃ。その日から食欲が全く無くなった。みるみる内に痩せていったが、病的な痩せ方に周りの人間が心配して無理矢理食い物を口にねじ込んで元の体型に戻ったそうじゃ」

(ヴィエラもそうだ。私と突然友達になったわけじゃない。全て私と出会うきっかけになっただけ)

「なるほどな。モンスターを操りたいって願いが結果として国を滅ぼす。それに抗うのが俺達か」

「代償は目に見えるものだけじゃないのですか?」

ジョッシュは眉をひそめた。そして一段と低い声でゆっくりと話した。
「お嬢さん、知りすぎておる」

「…………」
ミルディリアは答える事ができなかった。
どうしてもヴィエラの名前を出したくない。
「私は使っていません」

ジョッシュは目を閉じて小さく何度も頷いた。
「お嬢さんは正々堂々立ち向かう人間じゃろうからの。…代償は願いと相応のものと聞いておる。見た目が変わる事が本人にとってどれだけ大事かにもよるんじゃなかろうか」

「…なるほど」

「炎の坊っちゃんが言った『人を殺す』という代償は自分の命も危険に晒す事になるんじゃなかろうか」

「だろうな。だから実質可能だけど、それで自分も死んだら望みを叶える意味が無くなるな」

「そうじゃな。術者に言い伝えられておる『憎しみ、怒り、悲しみにのまれるな』と言われておるのはその魔法陣のせいじゃと思っとる。呼び起こすのに手っ取り早いだろうと思ってな。昔は『悪魔に魂を売る』と言われておった」

「…そうだったんですね。てっきり魔力が増大するのかと」

「するんじゃ。大幅にの。その増大した魔力を維持して願えば古書を呼び寄せられるんじゃないかと儂は思うとる」

「……私にもできますかね?」

握られていた手が強くなった。
「ミア!」

ジョッシュも怒りを露にした。
「何を聞いておったんじゃ!その魔法陣で悩みを解決しようと?ならんぞ!負の連鎖じゃ!何の解決にもならん!!」

「でも!だったらどうやって止めたらいいんですか!」

「お嬢さんは炎の坊っちゃんに護ってもらったらいいんじゃ」

「護られるばかりじゃ嫌なんです!私も護りたい!」

「護ったらいい。今の魔力で十分じゃ。魔法陣は一度使えば戻って来れないと言われておる」

「…戻ってこれない?」

「願いの強さによっては代償は命かもしれんのじゃぞ。それは自分の命とは限らん」

「─────!」
(そうか…私が私の命を大事に思ってなければ代償には値しない)

「大丈夫じゃよ。お嬢さんの秘めたる力は並みの物じゃない。良く知り、きちんと見極めれば魔法陣なんて必要ないはずじゃ」

「はい」
(魔法陣は一度使えば戻って来れない…?)
胸がざわざわと騒いで締め付けられる。苦しくて堪らない。
(ヴィエラ………)

深く考え込むミルディリアをカイルは心配そうに見ていた。それを見たジョッシュは溜め息をつく。

「炎の坊っちゃんも安定しとらんなぁ」

「俺も?」

ジョッシュは深く頷く
「綱渡りじゃ。いいか。怒りや、憎しみ、悲しみに我を忘れてはならん」

「カイル様は大丈夫です!」

「ミアが答えるなよ」

「この件に関してはお嬢さんよりも坊っちゃんの方が心配じゃな。いいか、炎の坊っちゃんは特に気を付けなされ」

「…分かった」

「人間はとても弱い生き物じゃ。じゃが力を合わせればどんな困難でも乗り越えられるはずじゃ。お嬢さんは一人で戦おうと思わん事」

ミルディリアはしっかりと頷いた。
「はい」

「炎の坊っちゃんは負の感情に捕らわれない事」

「ああ。気を付ける」

ジョッシュさんと沢山話しができて、沢山の事を知った。
一言一句逃さず覚えておこうと思った。
己の弱さも十分理解して、これから先にどんな事があってもカイル様に頼ればいい。


そう思っていたのに。




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