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第一章 後編
第56話 私の出した答え
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声のなる方へ顔を向けると、そこには一筋の光が輝いており、お母さんの顔を見ることはまだ叶わなかった。
「アサよくここまで頑張りました。今のあなたには2つの道を選び取る権利があります。あの時の答えここで聞かせてくれるかしら?」
「それは私に人として生きるか竜として生きるかを選べということですか?」
「そうです。今の貴方ならもうわかってるはずです。自分が何者で、自分の本当にあるべき姿が何なのか」
私は黙ったまま、不安げな面持ちでお母さんを見つめ、答えに迷っていると、お母さんがそっと私に助け舟を出した。
「アサ私たちと共に行きましょう、何も不安に思うことはありません。選ばなかった片方の記憶は完全に消失してしまうのですから、あなたが気に病むことは一つもないのです。さぁアサ、私に手を伸ばして」
その光景をみていたカイトが、見えない壁を何度も叩き、私に向かって声を張り上げ叫んだ。
「アサやつの言葉に惑わされるな、お前は人間なんだ。俺達の世界で生きるべきなんだ。アサ戻ってこい」
そんなカイトの悲痛の叫びも虚しく、私の耳元へ届かなかった。
私は……
目の前にある温かな母親の温もりに惹かれ、自然とお母さんに吸い寄せられるように手を前に差し出そうとした。
そのときだった。
ガタガタガタガタ。
私の耳元に荒れた路面を走る車輪の音が聞こえ、その一瞬お母さんから注意が逸れた。音の先を見やると、見えるはずのない下界を走る一台の馬車が見えた。
「アサ!!」
育ての母親であるお母さんが、馬車から身を乗り出し私の名前を叫んだのだ。その瞬間確かに私とお母さんの目が合った。
私は焦る気持ちを抑え、大きく一呼吸し上げかけた腕をゆっくりと下ろした。
「私は今のままが一番幸せです。竜であった記憶も人間として生きた記憶も忘れたくありません。ですから……お母さんここでお別れです。最後に顔を見せてもらってもいいですか?」
蘇った記憶の中で、これだけが唯一思い出せなかった。
「あなたならそういうんじゃないかって薄々気付いていましたよ」
お母さんの周りから光が消えていき、そこには竜であるはずの母親が人の姿で私の前に現れた。
「お母さん!!」
私はそんなお母さんを力いっぱい抱きしめた。
お母さんは私の頭に腕をまわし優しく撫でると、したたかな声で私の耳元に語りかけた。
「貴方を誇りに思います。人も竜も元々同じ生き物なのです。私はこんにちまで人の姿を捨てられずにいました。貴方との繋がりを失いたくなかったのです。
でも今あなたを抱き締めるために捨てる覚悟ができました」
竜の世界では竜として生きていかなければならないということだろう。だったら私の存在ってなんなんだろう?
「あなたを谷底におとした時、私は絶望しましたが、全てはこの時の運命のためにあったのだと思います。私の娘があなたで本当に良かった」
「お母さん…私もお母さんに会えて本当に良かった嬉しかった。私このこと絶対に忘れないから」
「私も忘れません。アサ最後にもう一度、お母さんにたくましく育ったあなたの顔をみせて」
お母さんが私の肩に手をやり私の顔を見つめた。私の顔は涙でぐちゃぐちゃだ。
お母さんは何を言うわけでもなく、肩においていた片方の手を私の前に広げた。お母さんの目をみやると小さく頷き、私に何かを促している。
私はそっとお母さんの広げる手に、自身の手を重ねた。重ねた手はお母さんの方が僅かに大きかったが、そのサイズはほとんど変わらなかった。
「大きくなりましたね」
そういうと重ねた手からお母さん体は徐々に消えていった。
「お母さん?待ってまだ私」
伝えたいことがまだ沢山ある。焦る私をよそにお母さんの体はどんどんその範囲を広げ見えなくなってゆく。
そして顔に差し掛かった所でお母さんが最後の言葉を口にした。
「アサ……強く生きなさい」
そう言い残しお母さんは完全に私の前から消えてしまった。
お母さんが消えるのと同時にそこはもう竜の聖域ではなくなり、ただ白い霧が立ちこめる空間でしかなくなっていた。
霧の向こう側に下界のバルセルラの状況もみえ、バルセルラを襲った竜たちも次々と姿を消していった。
「アサよくここまで頑張りました。今のあなたには2つの道を選び取る権利があります。あの時の答えここで聞かせてくれるかしら?」
「それは私に人として生きるか竜として生きるかを選べということですか?」
「そうです。今の貴方ならもうわかってるはずです。自分が何者で、自分の本当にあるべき姿が何なのか」
私は黙ったまま、不安げな面持ちでお母さんを見つめ、答えに迷っていると、お母さんがそっと私に助け舟を出した。
「アサ私たちと共に行きましょう、何も不安に思うことはありません。選ばなかった片方の記憶は完全に消失してしまうのですから、あなたが気に病むことは一つもないのです。さぁアサ、私に手を伸ばして」
その光景をみていたカイトが、見えない壁を何度も叩き、私に向かって声を張り上げ叫んだ。
「アサやつの言葉に惑わされるな、お前は人間なんだ。俺達の世界で生きるべきなんだ。アサ戻ってこい」
そんなカイトの悲痛の叫びも虚しく、私の耳元へ届かなかった。
私は……
目の前にある温かな母親の温もりに惹かれ、自然とお母さんに吸い寄せられるように手を前に差し出そうとした。
そのときだった。
ガタガタガタガタ。
私の耳元に荒れた路面を走る車輪の音が聞こえ、その一瞬お母さんから注意が逸れた。音の先を見やると、見えるはずのない下界を走る一台の馬車が見えた。
「アサ!!」
育ての母親であるお母さんが、馬車から身を乗り出し私の名前を叫んだのだ。その瞬間確かに私とお母さんの目が合った。
私は焦る気持ちを抑え、大きく一呼吸し上げかけた腕をゆっくりと下ろした。
「私は今のままが一番幸せです。竜であった記憶も人間として生きた記憶も忘れたくありません。ですから……お母さんここでお別れです。最後に顔を見せてもらってもいいですか?」
蘇った記憶の中で、これだけが唯一思い出せなかった。
「あなたならそういうんじゃないかって薄々気付いていましたよ」
お母さんの周りから光が消えていき、そこには竜であるはずの母親が人の姿で私の前に現れた。
「お母さん!!」
私はそんなお母さんを力いっぱい抱きしめた。
お母さんは私の頭に腕をまわし優しく撫でると、したたかな声で私の耳元に語りかけた。
「貴方を誇りに思います。人も竜も元々同じ生き物なのです。私はこんにちまで人の姿を捨てられずにいました。貴方との繋がりを失いたくなかったのです。
でも今あなたを抱き締めるために捨てる覚悟ができました」
竜の世界では竜として生きていかなければならないということだろう。だったら私の存在ってなんなんだろう?
「あなたを谷底におとした時、私は絶望しましたが、全てはこの時の運命のためにあったのだと思います。私の娘があなたで本当に良かった」
「お母さん…私もお母さんに会えて本当に良かった嬉しかった。私このこと絶対に忘れないから」
「私も忘れません。アサ最後にもう一度、お母さんにたくましく育ったあなたの顔をみせて」
お母さんが私の肩に手をやり私の顔を見つめた。私の顔は涙でぐちゃぐちゃだ。
お母さんは何を言うわけでもなく、肩においていた片方の手を私の前に広げた。お母さんの目をみやると小さく頷き、私に何かを促している。
私はそっとお母さんの広げる手に、自身の手を重ねた。重ねた手はお母さんの方が僅かに大きかったが、そのサイズはほとんど変わらなかった。
「大きくなりましたね」
そういうと重ねた手からお母さん体は徐々に消えていった。
「お母さん?待ってまだ私」
伝えたいことがまだ沢山ある。焦る私をよそにお母さんの体はどんどんその範囲を広げ見えなくなってゆく。
そして顔に差し掛かった所でお母さんが最後の言葉を口にした。
「アサ……強く生きなさい」
そう言い残しお母さんは完全に私の前から消えてしまった。
お母さんが消えるのと同時にそこはもう竜の聖域ではなくなり、ただ白い霧が立ちこめる空間でしかなくなっていた。
霧の向こう側に下界のバルセルラの状況もみえ、バルセルラを襲った竜たちも次々と姿を消していった。
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