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第5章 学園騒乱

第40話 戦慄の死神メイド

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わたくし、名をミネスと言います。あなたの主人となる者です。よろしくね・・・お人形ちゃん」
「“人形”って何?大体、兄さんの命を一度は奪った人達とよろしくするわけないでしょ!」

 ミネスと名乗った青い髪の少女の発言に耐えかね、左右の短剣を交互に振い首筋に刃を一閃させる。避ける様子もなく、そのまま首と胴を分断し、ゴトリと音を立て地面に転がる。呆気ない幕切れにヒカリは返って不安を煽られるが、その悪い予感は的中することとなる。

「氷・・・の像?」
「正解よ・・・お人形ちゃん」

 背後から発せられた声に気付くころ、ヒンヤリとした冷気が頬と腹部に当てられる。まさぐるように撫で回され不快感を覚えるも、凍てつく冷気と凶悪な魔力に当てられ身動き一つ取ることができない。

「本当に可愛らしいのね。ずっとこのまま飾って置きたい位・・・、バラバラにして・・・」
「くっ、わあぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 不意に感じた殺意を振り払うべく、ありったけの声を吐きだし恐怖に震える体に無理矢理にでも鞭を打つ。必死になった甲斐もあり、何とか後ろを振り払うとまたしても氷像が崩れ落ちるだけであった。肩で息をするヒカリの姿に余力は感じられない。

「実力差を感じながら瞳はまだ死んではいない。ますます欲しくなりました」

 そう、まだ闘志は失われてはいない。頭を振り、貯め込んだ息を思いっきり吐き出すと、心と体はわずかばかり落ち着き思考がクリアになっていく。『兄さんが笑うようになった。家族がみんな笑っていられるようになった。その幸せを失いたくない』・・・少女の願いが内に眠りし力を奮い立たせる。

『まだ、私は手の内の札を全て使い切ってはいない!』

「お母さん!兄さん!力を貸して!」

 少女の叫びと共に魔力が溢れ、体全体に広がると学園の制服姿からは遠くかけ離れた容姿へと変貌を遂げる。より輝きを増した少女の瞳と新たな姿にミネスは恍惚とした笑みを浮かべる。

「その姿・・・、私に奉仕してくれる気になったのかしら!?」

 今のヒカリの姿は誰もが知る“メイド服”姿、最盛時の母親の姿を模しカズヤに特別に作ってもらった逸品で身を包んでいる。その性能は動きを損ねるどころか更に強化し、高ランクの重鎧を遥かに凌ぐ防御力を物理・魔法ともに発揮する。外見だけでは一部の者にしか需要はないかもしれないが、性能だけであれば誰もが喉から手が出る程欲しくなる装備だろう。

「お母さん・・・、『沈黙の暗殺人形』、そして『死神メイド』の二つ名・・・、私!継ぐから!」

 決意を口にした直後、表情は能面のような無表情を浮かべる。周囲の空気は静まり返り、対峙したミネスは不吉な予感を感じ始めていた。後手に回らぬよう一挙一動に目が離せない。先程までは自身が狩りとる立場だったはずなのに徐々に逆転しつつある印象が拭えない。

 カッ!、カッ!

 二回、金属か何かが叩く音が聞こえた。よく見ると、無言のメイドが左右の短剣の柄と柄を軽くぶつけ合っている。何の真似か、と思考したとしても既に遅い。その音が途切れる頃には、扇を開いたように無数の短剣がその手に現れた。

「一体、何を・・・?」

 理解出来ぬ状況に、駆り立てられる不安は更に拍車がかかる。何が起きても、何処から責められても対処できるように警戒のレベルを高め、魔力を集中させる。スピード、魔力、どれを取っても自身が劣る要素はないにも関わらず、目の前のメイドはそれを全てひっくり返す“何か”があるような気がしてならない。

 不意に、一瞬人形が無言のまま微笑んだ。

 扇のように広がった短剣は左右に一本ずつ残すと、他は四方八方に飛び散り姿見へと変わる。鏡の一つ一つがミネスを映しだすように周囲を取り囲みクルクルと回り出す。

「何?・・・何なの!?」

  鏡に俯き加減に腕をダラリと垂らすメイドの姿が浮かぶ。ハッと気付き先程まで立っていた場所に視線を注ぐと既にそこにはいない。

「鏡に移った?なら・・・!」

 氷の槍を作り出し、鏡から実体化される刃を防ぐとともに、不気味な鏡を一枚、一枚、壊していく。あらゆる攻撃を必死に防ぎ全ての鏡を砕いた頃、正面に力なく虚ろな目で立ち尽くす少女の姿があった。

「この!こんなので私に勝てるとでも・・・!」

 余裕を失くした言葉を吐き捨てると、左手でヒカリの首を締めて持ち上げ右手の氷の槍で心臓を貫いた。ゴフッ、と口から赤い血が吐き出され頬にいくつか飛び散った。
 勝利を確信したミネスは口元を釣り上げ、頬を伝わる少女の血を舐めとると、愉悦の笑みが自然と零れる。

 ・・・。

「何?」

 絶命したはずの少女の左腕がゼンマイ仕掛けの玩具のようにギギギと持ちあがり槍を持つ手を指し示した。

「え?・・・・・、きゃっ、ああ、いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 槍を持っていたはずの右腕が気が付くと、いつの間にか切断され血飛沫を上げている。殺したはずなのに、まだ生きていたとでもいうのだろうか?
 不安に駆られ、少女の顔を覗き込むと・・・
 笑っていた。いや、笑っている、とするのは正しくはないのかもしれない。目は冷淡な闇に染まり、無表情なはずなのに口元がつり上がっている。恐怖に支配され頭がおかしくなりそうになるが、状況はそれを許さなかった。
 今度は右腕が持ち上がり首を絞める左腕を指していたからだ。

「まさか?・・・そんな・・・、いっ、いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 二度目の絶叫とともに両腕が切断され戒めを解かれたヒカリの体はドサリと地に崩れ落ちた。いや・・・、糸の繋がれた操り人形のように四肢が持ち上げられてミネスの前に口から血を滴らせた顔を向ける。

「「ねぇ?痛い?」」
「ひぃっ!、いっ、痛い!痛い!もうやめて・・・やっ、止めてください!」

 命乞いを嘲笑うかのようにメイドはクスクスと笑いだす。

「「あなたは私の家族を大事な息子兄さんを一度、奪った。そして、再び奪おうとした。の命さえも・・・」」


「“息子”・・・“娘”?お前は・・・誰?」

 その問いの答えとでもいうかのように音の無い不気味な笑みを浮かべる。

「「絶対に・・・許さない。私はアリス程、甘くはない・・・」」

 殺気と言う名の凍てついた冷気が氷の悪魔さえも知らぬ極寒の恐怖をもたらした。

「いっ、いやっ、やめて!いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!・・・あ、れ?」

 恐怖で叫び終わる頃に違和感に気付いた。腕が元に戻っている。血飛沫もない。先程まで自身に恐怖をもたらした存在も無傷で正面に立っている。無数の鏡も壊れた形跡などはなく、未だ周囲を取り囲んだままだ。

「「夢幻鏡むげんきょうの死を告げる舞・・・どうだったかしら?」」
「ま・・・幻だった、というのかあれが・・・しかし、そうとわかれば!」

 メイドの右腕がすっと持ち上がる。死神が微笑んだ・・・。

「「死を告げる、って言ったでしょ?」」

「えっ?いっ、いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 幻は再現され、両腕が切断されると鏡は輝き出し、恐怖に染まる姿を映して光で覆い尽くしていく。眩い光が一瞬瞬くと氷の魔神を塵一つ残ることなく滅ぼした。

・・・。

「ひっ、ひいぃぃぃぃぃ!」
「いっいやだっぁぁぁぁぁ!」
「どっ、どこまで行けばいいんだぁぁぁぁ!」

 カズヤとシンの手により黒い物体から分断された三人組は、ひたすら出口を求めさ迷っていた。自分だけが助かることを願いただただ、みっともなくとも必死で走り、這いずり回っていた。

「「ねぇ?どこに逃げるの?」」

 三人の他には誰もいないはずなのに急に呼び掛けられる声がした。辺りを見回すと、いつの間にかメイド服に身を包んだ少女が佇んでいる。

「うわっ、なっなんだてめぇ!」
「こいつ、トキノの妹じゃねぇ?」
「おっ、俺をたっ、助けろ!」

「「何を言っているの?私があなた達を許すはずがないじゃない」」

 死を告げるメイドが囁きと共に無数の鏡が三人を映し出す。

「やっ、ヤメロッーーー!俺の指が、腕がっ!」
「いっ、いやだ!足が無くなっていくぅぅぅっ!」
「けっ、削るな!やめろ!痛い、痛い、タスケテクレェェェェェェッ!」

 三人の絶叫を聞き取るとメイドの姿はフラリと消えていた。数日後、この三人は元いた闘技場の中央で発見される。恐怖からか髪は白髪となり目は虚ろ、全裸で粗相をした状態だった。意識はあるが人としての生活を全うできるようになるまで随分時間がかかるであろう。そのような日は永久に来ないかもしれないが・・・

☆★☆

「サヤカ!やっと戻ってきた。それより、その目!いい加減にやめなさい。ナナクサさん、怖がっているでしょ!」

 サヤカの意識がヒカリと同調していた間、サヤカの体は冷たい表情と殺気を携えたまま固まったように座り込んでいた。ユキハは発せられる気に耐えられずアリスにしがみつき、背中をさすってもらっている。

「怖がらせてゴメンね。アリスもありがとう。もう済んだから・・・。もうじきヒカリがこっちに来るわ」
「そう・・・でも、程々にしておきなさいよ」
「分かってる。ありがとう、アリス」

 微笑むサヤカの表情は死神と化していた先程とは打って変わって母親のそれに戻っていた。

「それにしても、あのミネス、といった者、あれは・・・」

 それでも、先程まで戦っていた相手を思い出すと、その不安が表情へと浮きあがる。

「気をつけなさい。カズヤ・・・、敵はあなたの想像以上かもしれないわ」

 誰に聞かせるためでもなく、今は奥地で戦っているだろう息子に向けてそっと口にした。




































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