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第3章 心と心

第21話 目覚める翼と装備の新調

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小鳥の囀る声、日差しが差し込み、ヒンヤリとする夜の冷たさの残りがまた心地良い誰もが健やかな気分となる早朝に俺は今――、

絶対絶命の危機に瀕していた。

俺をここまで追い込んだのは目の前の美少女、リアだ。
断っておくが何か怒らせるようなことはしていない。
昨日、『B・W・H』について十分過ぎるほどのお仕置きを受け、一応の形でお許しが出ている。あの後、母さんも交え、何故か俺の隣で父さんも正座させられてだ。
内容については女性への配慮が足りないということがほとんどだ。まあ、それはいい。それよりも、この場を何とか凌がなくてはな!

「くっ、うっ、ぐぐ・・・。」

彼女の頭部を狙った渾身の一撃を剣を楯にし受け止める。バチバチと閃光が散りこう着状態となる。数分前までは互いの得物は竹刀であったはずなのに、いつしか光の魔法剣を駆使し一進一退の攻防を繰り広げている。

「引き出すつもりが、逆に引き出されるとはな。」

俺の言葉に彼女の反応は一切ない。
なぜ、このようになったのか。
少し時間を遡ることになる。


☆★☆

いつものように早朝に目が覚め、軽く体を動かしたくなった俺は地下に特別に作られている錬武場へと向かった。外出して、昨日のように母さんに取り乱されても大変困る。無断外出は控えるべきだろうと判断した。
それにしても改めて見ると地下とは思えないほど明るく、場所そのものも広々としている。圧迫感や息苦しさも感じられない。魔法でその辺りを解決した上、結界を張っているらしく、多少の無茶も問題ないようだ。

背伸びをし深呼吸をして構えると、頬にヒンヤリとした冷たいものが押しあてられる。
「差し入れだよ。わたしもいいかな?」
「その格好、確か退魔士の衣装だよな?」
「変かな?」
「いや、似合っている。可愛いよ。」
「アリガト・・・です。」

彼女の服装は俗に言う巫女服姿、赤いリボンで長い黒髪をポニーテールに結っている。恥じらう姿がまた可愛らしく、素直に俺は見惚れてしまっていた。
それにしてもこのやり取り何回目だろうか?
いや、突っ込むのはそこではない!

「どうして、朝からその格好?」
「駄目?」
「似合ってるって言っただろう?俺が言いたいのはわざわざ、何故その格好に着替えたのか、なんだが。」
「わたしも、体を動かそうかなって思って・・・。」
「答えになっていないような気もするけど・・・、まあいいか。それじゃ始めようか。」
「ええ。」

二人とも一礼をし、構えをとる。誰が合図したわけでもないが目が合うと互いに踏み出し打ち合った。竹刀のぶつかり合う音が響き合い、いくつかの攻防を繰り広げると、最初に面を取ったのは俺の方だ。もちろん寸止めだ。

「やっぱり、敵わないな~。」
「でも、結構ヒヤリとするところもあったぞ。」
「本当!」

といったやり取りを数回繰り返したところで、少しずつ気付かされた。
リアの体の運び、剣速、それらが徐々に速さを増し俺に追いつこうとしていた。
恐らく昨日、分析した時に確認した彼女の技能、「ラーニング」が発揮されたのだろう。
急激な成長を見せる彼女の姿に俺の中で熱いものがこみあげ、さらに激しく徐々に速さを釣りあげながら打ち合った。それが墓穴を掘ることになると知らずに、だ。

『嘘だろ、まだ速くなるのか?』

ようやく異変に気がついた。口数が少なくなっているのにもう少し早く気付くべきだった。

『瞳が薄い青色に染まっている?』

彼女の元の瞳の色は黒だ。色が変化している。どこか虚ろなのだがその瞳は俺を捉えている。

来る!

横薙ぎの鋭い一閃がくると俺の竹刀はパックリと切り裂かれていた。

「はは、嘘だろ・・・。シャイニング・ブレイド、かよ!」

“セレナ”は使えなかったはずだ。それならば、前に一度見ただけの俺の技を会得してみせたということだ。
それだけではない。いつしか彼女の髪は桜色に染まり、背には光の翼が生えていた。
これはマズイ!
今の俺は“月”の精霊、月風つきかぜを筆頭に戦力となる精霊が軒並み休眠中となっている。必然的に光の剣と翼を纏うことができない。武器に力を通わせるだけでよいのであれば“土”の精霊、クレスでも可能だがシャイニング・ブレイドには対抗できない。

こうなったら「できない」ではない。やるしかない。
無心で己が手に柄だけの愛剣、月輪を取り出し覚悟を決める。
今までは、俺自身が持つ力を理解していなかった。そのため、精霊を間に介し武器に力を付与していた。だが、昨日の分析で俺の力の正体を知った。俺の中の勇者の力を信じる。ただ、それだけだ。

決死の覚悟で振った剣は見事、彼女の一撃を受け止めることができた。
閃光と閃光がぶつかり合い光の粒子を散らす。

『シャイニング・ブレイド、出せた。』

この土壇場で俺も成長をすることができたのだが――

「次の手が・・・ない。」

相手が彼女でなければ乗り越える方法はいくつかあるが、それでは傷つけてしまうことになる。いっそ、ベタだが抱きしめて正気を取り戻すとか・・・。駄目だ、駄目、この非常時に何を考えている、俺!
思考をさらに加速し最善の策を模索するが・・・。

「カズヤ、リアちゃん、朝ご飯にしましょう!」

「「えっ」」

場違いなセリフが響くと互いに緊張がとけてへたり込む。まあ、お互い空腹なのは確かだ。二人揃って食べ物を求める胃の鳴き声が響いた。互いにキョトンとした表情を浮かべ見つめ合う。彼女の髪も瞳も元に戻り、翼も消えている。

「リア、それ・・・。」

俺はあるものが気になって、指でそのあるものを指した。お腹の音に触れるのを忘れるくらい重要なことだ。向かう先は彼女の頭の上。

「えっ、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

驚くのも無理はない。頭の上に月風つきかぜとよく似た精霊がちょこんと居座っていたのだから・・・。



☆★☆

「なんか、リアの頭の上、気に入っているのかな?」

朝食が終わった今でもまだ、精霊は彼女の頭の上に座っている。それにしてもこの精霊、俺の想像通りなら・・・。

「えぇー!わたし、カズヤ君みたいに頭、軽くないよ!」

『失礼な!』と言いたいが魔物の名前の勉強不足を先日指摘されたばかりだ。返す言葉はない。苦笑を抑え本題を切り出す。

「リアの契約精霊だよな。何か話したのか。」
「それが話しかけても何も答えてくれないの。」

確かにそっぽ向いている。この気位の高さは間違いない。リアがセレナだった頃の契約精霊、名前は“緋凰ヒオウだったはずだ。仕方ない助け船をだすか。

「緋凰!何が気に入らないのか知らないが、話さないと何もわからないだろう?」

「この子のこと知っているの?」と聞かれアナライズ・アイを取り出し、トントンと叩く仕草で「そういうこと。」と理解してくれた。本当は違うがまあいいだろう。

『無理矢理、呼び起されて怒っているんですよ。あなたに!』
「えっ、俺!?」
ビシッ、とその翼をこちらに向け更に続ける。
『あなた、何か他人の力を引き出す能力を持っているでしょう?本来ならこの未熟者に私はまだ早いのですよ。』
ペチペチとその翼でリアのことを叩く。確か俺の技能に『導き手』というものがあったが、そんな効果があったのか。
『それなのに、潜在能力を引き出した揚句、この子もこの子でその力を使いこなすことに全神経を集中させて殺し合い寸前にまでなるなんて、全く・・・。』
「そんなこと言われても・・・。」
『だから、まだ早いのです。未熟者!』

なんかリアが可哀そうだ。過保護かな?

「そう文句は言うけど、顕現しているということは少しは認めて契約するつもりになったということだろ?」
『ええまあ、認めたくないですけど・・・、また勝手に制御不能になられても困りますから、何かあれば私が制御します。まあ、契約するからには徹底的に鍛えますので覚悟して下さい。』

緋凰が頭から降りると彼女の正面で制止し淡く輝き始め、リアの足元に魔法陣が浮かび上がる。光の筋が二人を繋ぐと両者とも光が包み込みやがて霧散した。無事契約が終了したようだ。
『それでは、しばらく休みますので有事の際は・・・。』
「ちょっと、待った!」

契約が済み、待機状態へ移行しようしたところを制止させる俺の声が響く。折角だから一つ手伝ってもらおう。『何?』と睨む視線が少し怖い。

「リアの装備が全損したようだから、作るのを手伝って欲しいんだ。クレスだけだと“土”属性の素材でしか作れないからな。その点、緋凰ならメインの“聖”属性以外にも対応できるだろう?なんといっても精霊の中でもトップクラスの優秀さだからな!」
『ふ、ふん、まあ、いいでしょう。私の力がそこまで必要と言うのなら貸してあげましょう。』
「ありがとう。」
ふっ、チョロイぜ。リアとこういう所がよく似ている。精霊は契約主に似るものだ。
「『失礼なこと、考えていない(いませんか)?』」
「いや・・・、別に。」
こういう所はさらにそっくりだ。

「それで、カズヤ君。装備を作るなんてこと出来るの?」
「まあ、見ててくれ。」
「何?面白いことするの?」
「何か始まるのか?」

二人で話していると、他のみんなも気になって集まり出した。精霊契約なんて派手なことを行えば流石に目立つ。もっともなことだ。これからすることについて、ナオヒトさんには隠すように助言を受けたが、この面子ならば大丈夫だ。

収納空間スペースを呼び出すと、驚かれたが構わず続ける。折角だ取り出す素材もとっておきにしよう。かつての仲間から大切にするように言われていた品々だ。
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【俺の認識】         【正式名】
いかついおっさんの鱗    → 竜王の鱗
いかついおっさんの牙    → 竜王の牙
迷子のお姉さんの羽根    → 天使の羽根
家出娘に貰った布切れ    → 天女の羽衣
月風の仲間?に貰った光る玉 → 不死鳥の宝珠
太い樹の朝露        → 世界樹の朝露
山で見つけた変な石     → オリハルコン
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取り出した素材の数々に固まる一同。名前を告げると「それは絶対に違う!」と怒られ、正式名については父さんが調べてくれた。「学園、無事に卒業できるだろうか。」と心配されてしまった。

気を取り直して作成に入ろう。
「作るのは武器と鎧でいいかな?」
コクリと肯定の意を確認し“土”のクレスを召喚する。

「クレスは素材を集めたらあとはサポートに徹してくれ。メインは緋凰に担当してもらう。リアはこっちに来てくれ。」
俺が前に伸ばした手に彼女の手を重ねてもらう。

「頼む。クレス!」

虚空にいくつもの歯車が浮かび噛み合い回り出す。立方体が出現すると、それら素材を包み込み蓋が閉じる。俺は何度も見ているが周りは初めてなので、その光景に面喰っている。

「クレス!そこまでだ。後はサポート!緋凰バトンタッチだ!リア・・・、行くよ。」

俺の力とリアの力を重ね緋凰へと注ぐ。立方体の上を数回、旋回しながら飛行すると制止し翼を羽ばたかせる。光の粒子が緋凰から立方体へ注がれ淡く輝きだす。やがて立方体が光の球体に変化すると回転を始めた。その間クレスはじっとし、一筋の光を球体に送っている。大事な一仕事を頼んだのだ。

固唾を飲んで見守る中、チーーンッ!と鳴り響き球体が消え、中から出てきたのは・・・。

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女神の鎧(リア専用装備)
作り手のリアに対する想いを具現化した鎧。彼女との共同作業により生まれたため、完成度が高い。
使い手の能力に従い姿を変え、HP・MP自動回復、各種耐状態異常、属性耐性に補正。
自己修復(小)、サイズ自動補正

日輪・烈光剣(リア専用装備)
作り手の想いと使い手の願いを受けて誕生した剣。作り手の愛剣が“月“であるのに対してこちらは“太陽”の輪を象徴している。いわば姉妹剣。
実体剣・非実体剣への切替可。
使い手の意思に応じて複数の銃形態への変形が可能。銃形態時、使い手の魔力を詠唱せずに弾丸として込め撃つことが可能。

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最終・最強装備が出来上がってしまった。その神々しさに全員、固まっている。もちろん俺もだ。
武器については狙っていたので、ある程度思惑通りだ。クレスの能力“変形“も上手く付与でき満足のいく結果だ。嬉しい誤算なのが鎧の方だ。これ程のモノが完成するとは思わなかった。今まで二人で協力して作ることはなかったからな。彼女のことを想いながら力を注いだのが著しく出ている。何だか気恥かしい。

「これ、兄さんの“愛”かな。」
「二人の、じゃない?」

妹のヒカリと母さんが、止まった時間を進め始める。俺も彼女も何だか真っ赤だ。

「武器はともかく、鎧は学園では無理じゃないか?」
「そっ、そうだね・・・。」
『それならば、こちらは“精霊闘衣”の際の装備に加えましょう。私の加護がかかりますので整備も問題ありません。未熟な我がマスターでは、媒介なしに“精霊闘衣”を発動した際、半裸がほぼ確定でしたので丁度良いところでした。』

父さんの意見に俺が同意したところで、緋凰から提案が持ち出された。その案を正式採用にするのが無難だろう。
それにしても“半裸”か・・・。

「カズヤ君・・・、Hなこと考えたでしょ!」
「兄さん、不潔!」
「あらあら、若いわね~。」

女性陣から三者三様の意見をいただいた。
そのあと、学園用の装備として“銅“を材料にして軽鎧を作成した。制服の上から装備する青色の肩・胸・腰・脛当てといった基本的な軽鎧にした。

「本当に、タダでもらってもいいの?」
「まあ、昨日のお詫びも込めて受け取ってほしい。他の人には装備できないしな。」
「割に合わない気がするけど・・・。」
「朝の巫女服姿を見せてくれたからな、それも含めてということで受け取ってほしい。」
「わかった。そこまで言うなら素直に貰っちゃうね。朝、密かに、その・・・、わたしの胸元覗いたでしょ。下着、見たよね?」

受け取って欲しくて苦し紛れに朝の一件を持ち出したが藪蛇だったようだ。気付かれていたとは思っていなかった。それにしても痛いところを突かれてしまった。
断っておくが、覗いたわけではない。見えただけ、視界に入っただけだ。そんなことは断じてしない。決してだ。

「兄さん、私にも何か作ってくれるよね!」
「今年の誕生日が楽しみね。」
「全くだ。」

俺の家族は好き放題言っている。苦笑していると父さんと母さんが相談し始めた。一体どうしたのだろう。

「カズヤ、アリスに・・・いや、リアちゃんのお母さんには気づかれないようにな。リアちゃんもいいね。」
「ママに話したら駄目なの?」
「知られると、きっと拉致され発明や実験に付き合わされる。きっと、この家にはいられなくなるだろう。だから内緒にしてくれるね。」
「いくらママでもそこまでは・・・。」
「いいえ、アリスならやりかねないわ。」
「確か、“黄金の腹黒魔女”に、そうだ“工房のマッドサイエンティスト・フェアリー”ってナオヒトさんが言ってたな。」
「おっ、カズヤも知ってたのか。」
「健在なのよ。もう、会長職は退いたのだから髪と瞳の色も元に戻して落ち着けばいいのに・・・。」
「母さん、あれ地じゃなかったの?」
「そうよ。『なめられないように!』って魔法で色を変えているの。」
「わたし、知らなかった。あれが地だとばかり思ってた。」
「ともかく内緒にしてね。アリスなら実験に付き合わせるだけでなく、夫がいる身で面白半分にカズヤを誘惑するはずだから。」
「ママ、そんなに酷いんだ・・・。分かりました。内緒にします。」
「そうしてほしい。」

少々脱線してしまったが、無事ひと段落がついた。装備を作成したことで、リアの買い物の用事が必須ではなくなったが、予定通り出かけることにした。
特に用事がなくても別に構わないだろう。単純に俺がそうしたい、というのもある。正直、楽しみだ。

この後、待ち受ける障害に気付くこともなく俺は期待に胸を膨らませていた。


































































































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