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第3章 心と心

第19話 家族の団らん

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カタカタッ、カタカタッ
キーボードを小気味よく叩く主。
何もない白だけの空間でどこかの世界の映像を見ながら独り言を重ね作業に勤しんでいる。金色の髪をかき上げ溜息を一息つく。どうやら、一区切りつけられるようだ。
彼女はそう、カズヤに『あなたが死ぬ回数は9999回目~』と告げた別の世界の“リア”だ。

「自分で撒いた種とはいえ、時間移動や運命改変の時に生じる矛盾の辻褄合わせって、ホント面倒よね~。」

なんともメタな発言をした後、ポチッと確定キーを押す。
作業が終わり、キーボードはシュッと消える。

「どうやら最初の危機は乗り切ったようね。頑張って、あなた達次第で全ての世界のカズヤとリアの運命が変わる。だから・・・。」

ただ一人、祈るのだった。

☆★☆

家族やリアと再会し翌日の朝を迎えた。
どうやら今日、明日は一般にいう休日にあたるらしく学園も休みのようだ。リアを襲った三人組を探したいところだったが、この二日間はその他の情報収集・準備にあてるとしよう。
本当はこの世界のことを知る意味でも外出したいところだったが、今日は無理そうだ。
原因となる主は物陰から今も俺のことをチラチラと伺っている。
発端はいまから三時間ほど前のことだ。朝早くに目が覚めた俺は運動と近所の確認も兼ねて、皆が寝ているところを抜け出し軽いジョギングに出かけた。
しばらくして家に戻ると壮絶だった。泥棒が入ったかのように家中がひっくり返され、その中心で母さんが泣き崩れていた。
事情を聞くと俺が出かけた後、母さんも目が覚め俺がいることを確認するために部屋をのぞいたらしい。当然、部屋に俺の姿はなく、俺が生きていたことは全部夢だったのか、と荒れに荒れてこの有様だったりする。
「今日くらいは家にいて、サヤカを――母さんを安心させてやれ。」の父さんの一声で今に至る。
父さんとしても、今の母さんの反応はこれまで経験したことがなく対処に困惑しているようだった。結婚前は無表情で標的をせん滅する使い手として敵に恐れられ、結婚後は柔らかな笑顔をベースに何が起きても動じない姿勢を貫いていたという。
ここまで感情を出すことは滅多にないようだった。プロポーズした時よりも動揺しているのではないか、と少し悔しそうに父さんがぼやくのを耳にした。



「朝ごはんできたよー。」

トキノ家に朝食の完成を知らせる声の主はリアによるものだ。母さんはさっきから俺のことを伺っているので彼女が準備したらしい。昨夜知らされ驚いたのだが、彼女は今、この家で暮らしている。(何だこのご都合主義は!)
両親の仕事の都合(封鎖大陸絡み)で姉妹ともどもこの街から引っ越す予定だったのだが、彼女だけ残ることを強く希望し親同士の仲がよいこともあって、この家で生活を共にすることになったとか。そのあたりの説明を受けた時、リア以外全員が顔をニヤニヤさせて俺と彼女を交互に見ていた。
恥ずかしかったが、本当にそういう理由なら俺も嬉しい。

「えっ!リアが作ったのか?」
「どういう意味?」
「いや、楽しみだなって。」
「うん、期待していいよ!」

かつての世界で暮らしていた時、“セレナ”の料理は、壊滅的・・・いや、お世辞にも上手とはいえないものだった。ジトーと睨む視線に耐えかね覚悟を決めて返事をした。俺の体は瘴気にも耐えられたのだ。料理も大丈夫なはずだ、きっと・・・。
気になるのは妹のヒカリの表情、何かを企んでいるのでは?と疑ってしまうが考えていても仕方がない。

献立は、白米、味噌汁、卵焼き、サラダとバランスが取れていた。
全員、着席し「いただきます。」の合図で食事につく。
俺は覚悟を決めて口に運ぶが・・・。

「美味しい。」
「でしょ。」

俺の素直な感想に対して、彼女は満足気な表情を浮かべる。
絶妙な水加減で炊かれた白米はつやを出し味噌汁の香りが食欲をそそられる。卵焼きのふわふわでとろとろな食感はクセになりそうだ。
サラダについても特に手を加えず切っただけと話していたが、新鮮な野菜そのままの味が損ねることなく味わえる。などと考えていたらいつの間にやら全員の視線が俺に集まっている。何でだ?

「ごめんね!何か変だった?」
「?」
「カズヤ、どうしたの?」
「?」
「おい、大丈夫か?」
「?」

リアに母さん、父さんが続ける。一体どうしたというのだろう。理由は妹の口から明かされた。

「兄さん・・・、泣いているの?」

「えっ?あれ?本当だ。どうして俺・・・、泣いているんだ。」
言われて目元を拭うと確かにぬれている。自覚した今もまだ溢れる流れがとまらない。俺は一体・・・。

「カズヤ君、本当にごめんね。わたしの料理、何か不味いのあった?」
「いや、そんなことない。凄く美味しいよ。」

『美味しい』それに間違いはない。俺はきっとそれで泣いているんだ。リアの作ってくれた料理は間違いなく凄く美味しい。美味しいのだが・・・。

「だったらどうして?」

それはきっと、もう一つの美味しい理由――

嬉しいから・・・。

「いや、その・・・、父さんがいて母さんがいて妹がいてリアがいる。みんなでこうして一緒に食事をすることが出来るのが、夢みたいで・・・そう嬉しいんだ。何だかこう胸のあたりが熱くなってたまらないんだ。」

嬉しい、そうだ。こういう風に家族そろって食事をとった記憶などほとんどない。
仲間で集まっての食事とも想い人と二人きりでとる食事とも違う。これが家族でとる食事の味なのだろう。おれはこのひとときに幸せを感じたのだ。

「カズヤがそういう風に言ってくれるなんて・・・。最近はどこか思い詰めて一緒に食事することも会話もほとんどなかったから・・・ううっグス。」
「兄さん、お母さん泣かしたー!」
「そういうヒカリも泣いているけどな。」
「お父さんだって我慢してるじゃない。」

「カズヤ君。食事だけじゃないよ。みんなで色々なところに行って、色々なことして、いーっぱい、話そう、ね?」
「ああ・・・ああ!ありがとう、リア。みんな、ありがとう。」

振り返ってみると恥ずかしいが、ここに来て初めての食事は大げさなものになってしまった。俺はどうも泣き虫のようだ。かつて旅をした時、涙を流した記憶はないはずなのに、自分の知らぬ一面を新たに知ることになった。
それを気付かせてくれたのは、ここにある人の温もりであることは間違いない。

俺は守りたい。その決意がさらに強くなったのだった。











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