君が消える前に

ぴかち

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おまけ

お揃いのマグカップ

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 ある日、俺はずっと気になっていたことを幽太君に聞いた。

 葵「ねえ、幽太君も怪奇現象とか起こせるの?」

 幽太「物を少し動かす位のことならできるけど、ママからやっちゃだめって言われてるんだ。それに凄く疲れちゃうし。」

 (そういえば幽太君は存在を保つことで精一杯って、霊子さんが言ってたな。)

 幽太「でもね、最近『幽霊meetsユーレーミーツ』って言うサービスができたんだよ。幽霊の配達員さんが怪奇現象を届けてくれるんだって。」

 (どこかで聞いたことあるような名前だなぁ。っていうか、怪奇現象って配送できるものなのか?)

 幽太「人間さんを脅かす時にも使えるから、僕みたいな怪奇現象を起こせない幽霊さんたちに大人気らしいよ!」

 葵「…その怪奇現象は幽太君も買えるの?」

 幽太「ママがくれた幽霊の世界のお金を使えば買えると思うけど。やってみる?」

 (どうしよう、怖いけどすごく気になる…!)

 葵「…お願いしてもいいかな?」

 俺の言葉に頷くと、幽太君はポケットからコインを取り出した。

 幽太「怪奇現象を届けてください。」

 ???「ご注文の品をお持ちしましたー。」

 パリーン!

 葵「うおぉ!?」

 ???「またのご利用をお待ちしてますー。」

 幽太「…あっという間に届いたね。」

 葵「う、うん…。食器が割れるような音がしたけど。」

 俺達がキッチンに向かうと、マグカップが二つ割れていた。

 (これ…引っ越しの時に俺と翼が初めてお揃いで買ったマグカップだ。)

 幽太「僕のお小遣いじゃ小さな怪奇現象しか買えなかったみたい。」

 幽太君の残念そうな呟きは、もはや俺の耳に届いていなかった。

 幽太「…もしかしてこれ、葵にいちゃんの大切なものだった?」

 俺の様子がおかしいことに気づいた幽太君にそう尋ねられて、俺ははっとした。

 (確かに大切なものだけど、怪奇現象を見せてと頼んだのは俺だ。何が起こるかも分からなかったし、幽太君は悪くない。)

 葵「…ううん、大丈夫。それより尖った破片が散らばってて危ないから、幽太君は少し離れていて。片付けちゃうから。」

 なるべく平静を装ってそう言ったが、何かを感じたらしい幽太君は「ごめんなさい…。」と謝ってくれた。

 その日の夜、俺はアルバイトから帰って来た翼に謝った。

 葵「お揃いで買ったマグカップ、両方割っちゃったんだ。ごめん。」

 翼「…ああ、じゃあ丁度いい機会だし買い替えるか。」

 多少怒られることさえ覚悟していた俺にとって、まったく気にしていないような翼の態度は予想外のものだった。きっと、あのマグカップを大切なものだと思っていたのは俺だけだったのだろう。そう思うと急に虚しくなってしまった。

 翼「葵、明日空いてるか?幽太と新しいマグカップを買いに行こう。」

 葵「…明日は用事があるから。俺のは適当に選んでくれていいよ。」

 翼「ずっと使うものなんだから適当ってわけにはいかないだろ。葵はいつなら空いてるんだ?」

 葵「…ずっと使うって言っても大切なものじゃないんだから、適当でいいだろ。」

 翼「…葵?」

 葵「…ごめん、今日は疲れてるからもう寝るね。俺のマグカップは本当に何でもいいから。」

 翼「…わかった、おやすみ。」

 幽太「おやすみなさい…。」

 いつもなら温かく感じる布団が今日は妙に冷たく感じた。そのお陰で頭が冷えたらしい俺は、後悔の念に駆られていた。

 (きっと翼は優しいから怒らなかっただけなのに、なんで俺はあんな態度を取っちゃったんだろう。それに、きっと幽太君も傷つけてしまった。)

 俺はどうやって二人に謝ろうか考えたが、いい案は思いつかなかった。結局、あまり眠れないまま次の日の朝を迎えた。

 二人と顔を合わせていることがなんとなく気まずくて、俺は朝食を食べた後すぐに出掛けることにした。

 葵「…翼、幽太君のことをよろしくね。」

 翼「ああ、何かあったらいつでも連絡してくれていいからな。」

 幽太「…葵にいちゃん。僕、いい子にして待ってるから。できるだけでいいから、早く帰ってきてね。」

 俺は「行ってきます。」とだけ言い残して玄関を出た。

 特に出掛ける用事のなかった俺は、近くのデパートをふらふら歩くことにした。そしていろいろなお店を見て回っているうちに、自分が翼と幽太君のことばかり考えていることに気づいた。アパレルショップでは翼に似合いそうな服を探してしまい、雑貨屋では幽太君が喜びそうな小物ばかり探してしまうのだ。

 (…俺にとってあの二人はこれほど大切な存在になっていたんだな。俺自身も知らないうちに。)

 そんな自分の想いに気づいた瞬間、二人の顔が見たくてたまらなくなった。

 俺は大急ぎで翼に似合いそうな服と幽太君が喜びそうなぬいぐるみを購入し、足早にアパートへと向かった。

 葵「ただいま!」

 翼「おかえり、元気になったみたいだな…って、それは?」

 葵「二人にお土産を買ってきたんだ。」

 俺はきれいにラッピングされた小包を二人に渡し、謝った。

 幽太「やっぱり大切なものだったんだ…。葵にいちゃん、ごめんなさい。あと、このぬいぐるみも大切にするね。ありがとう。」

 翼「誤解させるような言い方をして悪かったな。もちろんあのマグカップは大切に思っていたけど、買い替えたい理由があったんだよ。」

 そう言うと、翼は三つのお揃いのマグカップを見せてくれた。

 翼「幽太が俺達の家族になってくれたからな。三人でお揃いにしたかったんだ。」

 葵「…そうだったんだ。ごめんね、早とちりしちゃって。」

 俺が改めて謝ると、翼は俺を抱き締めてくれた。

 翼「葵と一緒に過ごした時間も、お揃いで買ったものもみんな大切だ。大切じゃないものなんて一つもない。だから心配するな。」

 その言葉が嬉しくて、俺は泣いてしまった。

 翼「…いつもみたいに笑ってくれるまで離さないからな。」

 幽太「…泣かないで、葵にいちゃん。」

 泣いている俺を心配してくれたのか、幽太君も俺に抱きついてきてくれた。この二つの優しい温もりから、俺は幸せという言葉の意味を教えられた気がした。


 (おまけのおまけ)

 それから数日後の朝、食器を洗っていると俺のマグカップにだけハートマークが入っていることに気づいた。

 葵「翼、これって…。」

 翼「普段は俺も葵も幽太のことを優先しちゃうだろ?だから、せめてマグカップだけは葵を特別扱いしてあげたかったんだ。…幽太には内緒だぞ。」

 翼のさりげない優しさが嬉しくて、俺は翼に抱きついた。

 翼「はは、急に甘えん坊さんになったな。」

 俺をからかうように笑っていたけれど、背中にまわされた翼の腕は俺を離そうとしなかった。

 葵「…今は甘えたい気分なんだ。」

 俺がねだるように瞳を閉じると…。

 幽太「葵にいちゃん、遊ぼー!」

 他の部屋から俺を呼ぶ幽太君の声がした。

 葵「…すぐ行くから少し待っててー!」

 翼「…いいとこだったのになぁ。ま、今日の夜は俺が葵を独り占めしちゃうから、今は幽太に譲るか。」

 (それって…。)

 一日中顔を真っ赤にしていた俺を、幽太君は不思議そうな顔で見ていた。
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