狂い咲き

狂い咲き48

「もし堪えならない。そう思ったときは」


「玲子の好きにするといい。もう追いかけたりはしない」


「隼人を殺してしまったとしても」


「玲子の好きにするといい」


　彼の眼差しが寂しげに語りかけてきている気がしてならない。


　まるで「殺して欲しい」そんな思いを抱かずにはいられないほどに彼の眼差しが私を見つめてくる。


　彼の中の苦しい葛藤が、どこか垣間見れるとても寂しげな笑みに私が彼の首に手を伸ばす。彼はしっかりと絡みとっていた手を離した。


　私が両手で彼の首を絞める仕草を見せても彼は静かに目を閉じている。ぐっと力を入れても彼は動かない。


　まるで、こうするんだよ。


　そう教えるように彼の首を絞めていた手を女の私でも彼を窒息死させられそうなほどに手を添えてくる。


　私は大きく息を吸い込む。ぐっと彼の首を絞めた。彼の手もまた、私にあわせるように自らの首を絞める。


　もし、彼を殺してしまったら。そう思いながらも私は彼の首をただ絞める。


　自らの首を絞める彼の手が弱まっていく。私は彼の首を絞め続けた。


　彼のくちびるの血色が悪くなっていく。このまま続けたら本当に死んでしまう。私の中に強い迷いと彼の演出がどこまでなのか。追い詰めるものと追い詰められるものの攻防戦にも似た死線がそこにはある。


　彼の手がだらりと垂れ下がるように落ちた。私はさらに自らの重心をかけ彼の首を絞め続ける。


　ただの演出なら、そろそろ私を振り払っていいはず。


　でも、彼は動かない。


　なぜ？


　彼の表情に安らいだ静かな微笑みにも似た笑みだけがある。


　私には殺せないと思っているのだろうか。それとも、


　錯綜していく意識の中で私は気がつくと自らの過ちに気づいた。


「隼人？」


　私は思わず彼の鼓動を聞いた。今にも止まりそうなほどに鼓動が弱まっている。呼吸が浅く、このまま続けたら本当に彼は死んでしまう。いや、もしかしたら、このままでも死んでしまうかも知れない。


　罪を償うよりも、


　私はもっと重い罪を背負うことになる。


　彼のいない世界。


　それは、どんな孤独よりも堪え難い戒めを受けることになる。