狂い咲き

狂い咲き25

　あの男なら、大笑いをして私の話しを聞くことだろう。


　なにが彼をそうさせてしまったのか、それは彼にしかわからない。


　きっと鉄格子を出たら、彼は出会った頃とまったく変わらない優しさで、私を包んでくれるだろう。




　なにをしても逃げ出さない。






　彼のくちびるが、私のくちびるに触れる。そっと舌先を探るようなステップ。


　応じるべきなのか、ここは押し返すべきなのか悩む。


　私はされるがまま、大人しくしていると、彼がくちびるから離れた。


「さよなら、なんだね…………」


　当たり前のことを言うなら、応じるべきではないと思っている。


　でも、なにかが、私を強く繋ぎ止める。


　けっして母性でもなければ、哀れみでもない。


　ただ今は優しいが、私が頷いてしまえば、すべてを後悔してしまうかも知れない。


　でもやはり、自分に嘘はつきたくない。


　彼は平然と私の身体に傷をつける。


　薄っすらとケロイドのような鞭の痕が腕に残っている。


　もし頷けば、私の身体に残る傷跡は増えていくだろう。


　私を見つめる彼に、思い切って名前を尋ねた。


　時々、暴力団関係者の記事を見ると、よく、本名が書かれ、その横に、通称と表記されていることがある。


　後ろめたいことをするんだから、地位が上がれば上がるほどに、自分の名前を直隠ししてしまうのではないか。


　彼は少し躊躇したが、「隼人」とだけ告げた。


　彼に聞きたいことはたくさんある。しかし、根掘り葉掘り追求されるのは嫌だろう。


　こうなったら、思い切って彼に答えてみようか。


　彼の異常な性愛を除けば、これと言った不満がないのも本音だ。


　ただ彼を選べば、私は平凡な生活から遠ざかることになるかも知れない。




　あるがまま。


　男の言葉が脳裏を過る。


　なるようでいいじゃない。


　思い切って彼にぶつかってみよう。別れるのはいつだってできる。




　いつもの単細胞でノー天気をここで発揮しなければどこで発揮するのか。


　すべてを捧げると言ったら大袈裟だけど、彼もまた、違った形で、自身を捧げてくれることだろう。


　いつか、また、あの男と会いたい。