儚く堕ちる白椿かな

椿木ガラシャ

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白椿のワルツ

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 ――二刻ほどかけて、継直と雪人の乗った車は憲兵の宿舎へとやってきた。先に連絡がなされていたのだろう。
 その宿舎の所長である男が継直と雪人を出迎え、恭しく応接室に通され、そこでコウキが憲兵に囚われた詳しい経緯を知る。継貴が教えてくれたこととほぼ同じ内容であったが、雪人は納得がいかなかった。

「そんなこと、コウキがするとは思えません」

 見目麗しい若い青年に面と向かい言い放たれ、所長はたじろぐ。見た目通りの淑やかさを纏っているのに、眦はきついものになっている。
 今にも立ち上がらんとする雪人にため息をついたのは継直だった。

「雪人、口を慎みなさい。
 ――すまないが、クライムJr.との面会は叶うだろうか?我々としても、家族ぐるみの付き合いがあるクライム家の人間を知らんぷりはできないのでね」

「七種殿がそうおっしゃるのなら…」

 本来ならば、捉えられた人間との面会は叶わない。だがそこは、大財閥である七種家の権力が功を奏した。
 ふたりは面会所に案内され、暫くして網越しにコウキが連れてこられた。

「コウキ…!」

「ユキト…」

 雪人とコウキは互いの姿を見た途端、網に近寄り指先を合わせる。コウキは憔悴しており、美しい金髪が輝きを失っていた。

「いったいどうして、こんなことに…」

「解らない。通訳を頼まれていた人と離れて、休憩したところで突然憲兵がやってきたんだ。いったい、何がどうなったのか…」

 突然の成り行きに、コウキも戸惑っている様子だった。
 雪人が指先で金髪に手を伸ばそうとするが、その手首を後ろから捕まれる。雪人の手を網から離したのは、継直だった。

「父さん…」

 雪人の手首を掴んだまま、継直は言った。

「コウキ、君の父・アルバートにはわたしからとりなしておこう。君は何も心配せず、母国に帰ればよい」
「Mr.サエグサ、まってください。わたしは盗んだ覚えが無いのです、これは冤罪です。どうか、弁護士の選出と裁判の準備をしてください」

 コウキの必死の訴えにも、継直は耳を貸さなかった。

「いや、例え弁護士を選出したとしても、君は有罪になるだろうコウキ。無駄な争いだ。幸い君に対して、政府も寛大だ。諦めて、本国に帰ったほうが良い」

「何を言っておられるのですか?わたしは何もしていないのです。悪いことは何も…その事実は神がご存知です。わたしは正義のために、戦います」

 コウキの言葉に、雪人も頷いた。コウキが戦うのなら、己も戦う。雪人はそんな覚悟で父親を見つめた。
 雪人の視線を受け、再びコウキに向き合った継直は、ゆっくりと語り始めた。

「君は本当に何もしていないと思っているのか?我が家の至宝を盗んでおいて」

「?何の話ですか?わたしがサエグサの皆さんから、何かを盗みましたか?」

 コウキが訳が解らないといった表情で継直に問いかけるなかで、雪人は一人体を震えさせた。『我が家の至宝』と喩えられる人間を、雪人は一人しか知らない。それは…。

「君は盗人だ、コウキ。君は我が家の至宝である雪人の心を奪ったのだ」

 そう、他の誰でもない雪人のことを指していう。一人顔を青ざめさせる雪人の腰を継直はゆっくりと腕に抱き寄せた。
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