儚く堕ちる白椿かな

椿木ガラシャ

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白椿のワルツ

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 ――朝食を食べ終えた七種家の男たちが支度を始める頃、雪人は地下室へ戻るように命じられた。
 継直と継晴が会社へ、継貴と継保が大学へ出掛け、女たちが支配するようになった屋敷は時より笑い声が聞こえ賑やかだ。

 七種家の女主人である百合子と、次期当主の妻である早苗は世間では珍しいほどの嫁姑で、そして同時に雪人へのあたりもきつかった。
 己の立場をよくわかっている雪人は、地下室で過ごすのが一番安らかだ。針の筵となった状態では、ますます心を痛めるだけだった。
 雪人は薄暗い地下室で、コウキに貰った聖書の歌を読み解いていた。本当に物語を読むような面白さがあり、久しぶりに辞書を開いてしまったほどだった。
 しかしそれでもわからない表現がある。首をかしげていると、ふいに地下室に続く階段から足音が聞こえた。
 雪人はあわてて本を隠すと同時に、その人物は現れた。

「雪人さん」

「お、お母さん」

 戸籍上は母である百合子だった。突然の訪問に、雪人は驚く。百合子が自ら地下室にやってくることが今までなかったからだ。
 赤い格子戸の外に立っている百合子に姿に、雪人は知らず顔を強張らせる。そんな雪人を汚らわしそうに見やりながらも、百合子は告げる。

「あなたにお客さまですよ。クライムさんの息子さんが来られています」

「コウキが?」

「ええ、お待ちですから、早く用意なさい」

「でも、お母さん、俺は…」

 口篭りながら雪人が告げると、百合子は重厚な鍵を見せ、そのまま鍵穴に差し込んだのだった。ガチャリと音を立てて、格子戸が開いた。

「早くしないと、大学から息子たちが帰ってきてしまうでしょう。いいですか、昼過ぎには必ず、帰ってくるのですよ」

「は、はい」

 言い募る百合子に雪人は何度も頷く。
 雪人は今まで読んでいた本を取り出すと、箪笥から羽織を取り出して、急いで百合子の後を追った。
 玄関では、本当にコウキが待っていた。コウキは雪人の顔を見た途端、晴れやかに笑い、雪人の手を片手でとった。

「突然の訪問を許してください。どうしても、あなたを連れて行きたいところがあって」

「コウキさん、雪人さんをお願いいたします。雪人さん、遅くなってはいけませんよ」

 百合子が母らしいふるまいで慎ましく頭を下げる。コウキも頷き、雪人の手をとったまま玄関を出たのだった。様子を見守っていた使用人たちは、事情もわからず驚いているだけだ。雪人は、七種家 当主の許しがなければ、外出してはいけないと、戒められているからだ。

「良いですか、このことは誰にも言ってはなりません。勿論、ご当主さまにも、息子たちにもです」

 幸いなことに、七種家に忠実な執事は継貴の結納の準備のために出掛け、継晴の妻・早苗も朝食から暫くすると、実家に帰っていった。七種家にいるのは、百合子だけだった。

「話せば、この家にはいられないと思いなさい。この家のことは私に任されています。わたしの機嫌を損ねると、首が飛びますよ」

 その一言に、使用人たちは竦みあがった。七種家の給金は、一般のものよりずいぶんと良い。この仕事を失ってしまえば、明日からどうやって生きていけばよいのだ。
 使用人たちは息を潜め、百合子が玄関を離れるのをまっていた。
 
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