儚く堕ちる白椿かな

椿木ガラシャ

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 ――継晴に肩を捕まれ、雪人は屋敷を潜った。

 屋敷の門を潜る頃には、既に雪人は、着物を纏っていた。



 いつでも雪人が見つかるようにと用意してあったのか、後部座席でそれを見つけた途端、雪人はもう、どこにも逃げられないのだと知った。





「そんな、穢いものは脱ぎなさい。お前には似合わない」





 片子と清一が、意外と似合うと感嘆してくれた白いシャツを、雪人は自ら脱ぐしかなかった。

 1時間ほどして、見慣れた風景にたどり着く。





 その間、雪人の細い肩は、継晴の手に掴まれ、手さえも柔らかく包まれ、愛撫を受けていた。

 しかし、それだけでは、雪人のいなくなった一ヶ月は埋められないと、啄ばむように何度も継晴に口付けられ、全身へ手が這った。



 屋敷に帰るまでは、本格的に雪人を攻め立てる気はないのだろうが、広い後部座席で、己に向かった脚を開かせ、内股に緩い愛撫を施していた。





「兄さん、やっめ!」





 雪人はしっとりと瞳を濡らしたのだった。





「雪人、愛している」





 脚の付け根を吸われ、声を漏らすまいと雪人は自分の手で口を塞ぐ。

 車中が広いとはいえ、運転手もいるのだ。

 継晴と雪人が何をしているかなど、雪人が屋敷の中でどんな立場にいるかなど、既に知られている。





 塞いでいる手を取り、継晴は口付けた。

 雪人の手に己の手を重ね合わせ、その手さえも丁寧に吸われ、雪人は泣きたくなった。





「継晴さま、まもなく、屋敷に着きます」





 運転手から告げられ、ようやく継晴の愛撫は終わった。

 その頃に雪人は、熱く喘いでいた。

 執着心が並ではない七種家の中にあって、継晴もやはりその一人なのだ。



 決定的には追い上げず、だからといって我慢するほどにはあっさりとした愛撫ではなく、雪人は最後には、自ら腰を浮かせるほどだった。





「兄さん…」





 雪人は解放して欲しいと強請るが、継晴は、笑うだけだった。





「我慢しなさい、雪人」





 執拗な愛撫とは程遠い穏やかな声に、雪人は唇を噛み締めた。







 車を降り、玄関に足を踏み入れたとき、父や叔父と共にいる人物を見、雪人は驚いた。

 父の継直と叔父の直倫は、怖い顔をしている。

 雪人の顔を見ると表情も少し緩んだように見えたが、今までにないほど、強い視線を雪人に送っている。



 その緊張感を切り裂くように、柔らかい声が雪人に掛かる。





「雪人、帰ってきたのかい?」



「おじいさま?」





 柔らかい声は、伊豆で隠居生活をしている前当主・継一郎だった。

 60を過ぎても、未だ威厳漂う顔に、雪人は涙を滲ませる。





「なぜ、東京に?」



「お前がいなくなったと連絡を受けてな。雪人、老い先短いわしの命を、無闇に縮める事はやめておくれ」



「おじいさまぁ」





 雪人は思わず、継一郎の厚い胸板に縋りついた。

 継一郎は、七種家の男たちの中で、唯一、雪人に家族としての愛をくれた人だった。

 祖父として、母さえもいない身である雪人が可愛かったのだろう、継一郎の傍に入れば、誰も雪人に手が出せないのを理由に、よく雪人は、祖父の傍にいた。



 祖父が伊豆に隠居すると聞いたときは、自分も連れて行ってくれと縋ったほどだったのだ。





「ほら歩け!」





 雪人が継一郎にすがり付いている間に、継貴、継保兄弟が、清一を乱暴に扱いながら、玄関に足を踏み入れたのだ。





「よくと雪人を誑かしてくれたなっ」





 怒号を発しながら、直倫が清一に殴りかかる。

 既に、満身創痍で歩くのさえやっとな清一に対する暴力に、ビクッと振るえる。

 継一郎は、震えた雪人の小さな頭を撫でると、視線を上げた。





「直倫よ、雪人の前で暴力的な行為は慎みなさい。お前たち、その子倅を連れて行きなさい」





 祖父に命じられ、継貴と継保は、清一を連れて行く。

 恐らく向かっているのは、地下にある座敷牢であろう。

 広大な権力と莫大な金を持つ、七種家には、昔から賊が忍び込んでくる。

 その者を捕らえておくためのものなのだ。





「さて、あの若者をどうするか」



「いっそ殺しちまえよ、兄貴。七種家に仕えたがっている庭師なんて、此の世にはいくらでもいるだろ?」





「叔父さんやめて下さい!清一は悪くないっ」





 直倫は怪訝な顔をしながらも、冷たい視線のままだ。





「おじいさま。悪いのは俺なんです。俺が自由になりたいって言ったから…」





 ふたりに叶う者がいたとしたら、それは、継一郎ひとりだ。

 前当主でふたりの父、そして雪人を溺愛している継一郎が、清一を救うことのできる唯一の人間であった。





「雪人や。先ほどの子倅は、お前の友達なのかい?」



「そうです!俺のただ一人の友達です!屋敷で孤独だった俺を、いつも真摯に想ってくれていたのは彼だけです。清一のお陰で、俺は少しだけですが、自由を手に入れることができました」





 清一がいなければ、片子に出会うことも、夜の街を歩く事もなかった。





「おじいさまお願いです。清一を、助けて下さい。悪いのは俺なんです」





 雪人は祖父に縋りついて、泣いた。

 そんな雪人が可愛くて仕方ないのだろう、幼児にするように雪人の腰と膝の裏に手をかけて、継一郎は雪人を抱き上げた。





「そうか、では救ってやらねばならんな。こんなに可愛い雪人が、いかんのだから」





 周りの男たちは、継一郎が本気かと疑っている様子だった。

 明治と大正という激動の時代を駆け抜けながら、今日に至る莫大な権力と金を更に増やしたのは、継一郎という怪物がいたからだ。



 その継一郎が可愛い雪人のためとはいえ、清一を許すとは思えなかったのだ。

 継一郎は雪人を抱き上げたまま、地下へと続く階段を降りていく。

 継直たちは、その後に続いて、地下をおりて行った。





 薄暗い地下の中で、清一は更に暴力を受けたようだった。口から血が流れ、鼻血も垂れ流している。





「清一…」



「雪人?」



「お前ごときが気安く、雪人の名を呼ぶなっ」





 継保が、清一を蹴り上げる。

 腹を蹴られた清一は、大きく肩を揺らし吐血した。

 継一郎は、雪人を下ろすと、躊躇いもなく座敷牢の中に入る雪人の後を追った。





「清一っ、清一!」





 駆け寄ろうとする雪人を、継貴は留める。

 継貴が雪人を留めている脇をすり抜けて、継一郎が前に出た。





「そなた、雪人が大事か?」





 継一郎は清一に問い掛ける。

 咳き込んでいた清一は、突如問い掛けられ、一瞬眼を見張ったが、深く頷いた。





「それは、友人としてか?そうではないであろう。そなたは、雪人を愛していたのだろう」





 相変わらずの鷹揚のない声が清一に、降り掛かるが、言葉の異様さに雪人が眼を開く。





「おじいさま、何を仰られているのですか?」



「雪人、お前は勘違いをしているのだよ。お前の友人は、お前を友人とは見ていないのだ」





 そういって、継一郎は、雪人を招き腕に抱いた。





「救ってやろう。若者よ。そなたを、友人という檻から」





 声色が変わる。

 継一郎は、薄く冷たく笑うと、いきなり、腕に抱いた雪人の着物の裾を捲り上げた。



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