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四
しおりを挟む――戸籍上は兄であり、同い年の継貴は、大学から帰ってくると、雪人を呼んでその日の出来事を話すのが、日課と成っていた。
今日も、西洋で流行っているというマルクス主義の本や江戸川乱歩といった本を、西洋椅子に座った雪人の前の丸く小さい机の上に置き、見せていた。
雪人は本を読むのが好きだった。
学生である継貴の部屋には、他にも様々な本が書斎のように積み上げられており、雪人はこの部屋に入るのが好きなのだ。
嬉しそうに乱歩の小説を捲る雪人を、机越しに、ゆっくりと眺めながら、継貴は喋りだした。
「今日は大変だったよ」
突然、深い溜め息をついた、継貴に顔を上げる。
雪人の濡れた瞳が己を見詰めていることに満足した、継貴は言葉を続けた。
「以前、付き合っていた女がいるんだが、そいつが大学に来たんだ」
この継貴には、既に婚約者がいる。しかし、社交界でも評判の色男なのだ。
「お互い後腐れのない関係のつもりだったんだけど、やっぱり駄目だな。世間知らずのお嬢様の扱いには、ほとほと困り果てる」
まあ、こっちのお姫様は、素直で従順だけどと、にこりと笑う。
「一度その女、家に連れてこようか。俺の好みは、雪人みたいに、可愛いお姫様だって、知らせてやろう」
それがいいと、ひとりで納得している継貴を前に、雪人は呟いた。
「羨ましい…」
「羨ましい?」
継貴は、思わず顔を上げた。
継貴が見た雪人の顔は、どこか悔しそうなのだ。
何が悔しいのかと継貴が視線で問えば、雪人は眉根を寄せて、喋りだした。
「だって、継貴はそうやって、他の人たちと喋ったり、喧嘩する事ができる。その女性にとって、継貴は、なりふり構わないほどの価値があるっていうことだろう?でも、俺に赦されているのは、この屋敷だけで。他には何もない。
…俺なんて、それだけの価値なんだから」
雪人は、継貴が同い年ということもあり、他の兄弟たちよりも身近に感じている部分が合った。
父や叔父たちには吐露しない感情の一部を、こうして、漏らしてしまうことがある。
「そうか?俺は、雪人が、俺たちに愛されているだけで、充分存在価値があると思うけど」
しかし、本当に告げたい事は告げられない。
『逃げたい』とはいえない。『逃げたい』といえば、一族の男たちに問い詰められると解かっていた。
俯いたまま涙を流す雪人に、継貴は近づき、跪く。
「雪人、疲れているんだろう」
継貴は雪人の頬に伝う涙を指先で拭いながら、問い掛ける。
「継保の馬鹿が、無茶させたか?それとも、直倫叔父貴が何か言ったか?」
雪人は首を振るが、筋張った指が頬を掴み、正面を向かせる。
「なら、そんな事いうなよ?俺たちがお前の事、どれだけ想ってるか、知っているだろ?」
継貴は雪人を優しく抱きしめながら、頬に口付けを落とした。
雪人は、止まらない涙を継貴に見られたくなくて、首筋に顔を埋めると、そっと囁かれる。
「今宵は、俺の番だったな。雪人、優しく抱いてやるから。お前がどれだけ大事が、俺が教えてやるよ」
本来持っている荒々しさとは、程遠い優しさで囁かれ、雪人は無意識に強く首筋に縋りついた。
継貴は雪人を横抱きにすると、奥へ続く襖を開け、入っていった。
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