儚く堕ちる白椿かな

椿木ガラシャ

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 ――誰も、間違っているよとは云ってくれない。
 誰もが、ここにいろ、と囁いてくる。


 雪人の置かれている状況は、それだった。
 逃げる事はできず、逃げる力もなく、追いかけてくる男たちの力は強く、強い視線は絡んで離れない。


 春も近いある日の夜、雪人は弟の継保の部屋に呼ばれた。
 新しく男を受け容れる時、雪人は必ず、白い椿の描かれた着物を纏う事を要求された。
 一族の男たちにとって、雪人と閨を共にする事は、一族の男として認められたということだった。

 無論、雪人自身を抱きたいと願う、分家の男たちがいないわけではない。しかし、分家の男たちに、雪人は赦されていなかった。
 一族全てが寵愛する、雪人は、高嶺の花なのだ。

 長い縁側をひとりで歩き、ある部屋の前まで行くと、雪人は正座をし、静かに呼びかけた。


「継保」


 すると間も無く、襖が開かれる。そこには、ズボンとシャツを着た、継保がいた。


「そんな所に座らないで、さあ、入って」


 正座をしている雪人の手を取ると、継保は招き入れた。
 いつもは雪人に対し、無邪気な弟であった男は、今宵は自棄に男を感じさせた。


 見慣れた弟の部屋は、既に、灯りが落とされ、ランプのみであった。
 ぞくりと背筋を奔る悪寒に継保を振り返ろうとしたが、背中から抱きしめられる。


「継…」

「やっと、今宵、ひとつになれるんだ」


 雪人の髪に顔を埋め、匂いを思う存分嗅ぐ。


「辛かったよ、雪人。父さんや、兄さんたちのように触れられなくて、辛くて、辛くて、何時だって、襲いたかった」


 継保は、随分と前から雪人を『兄』とは見れなくなっていた。
 父や兄、叔父たちの寵愛を受け、一族の誰よりも神聖な地位にあった雪人をいつか自分も抱く事になるのかと思うと、自然と早く一人前になりたいと願った。
 それも今朝までの辛抱だった。今朝、皆で朝食を摂っていた時、継直が告げたのだ。


『今宵は継保の元にいきなさい。継保は、男を抱いたことがないだろうから、お前が、教えてやってくれ、雪人。
 ――継保も、雪人の言うことを聞くんだぞ』


 事実上、一族の男として認められたのだ。
 継保は、溢れんばかりの喜びを滲ませ、拳を握ったが、雪人の表情は冴えない。
 雪人の正面に座る百合子は、またひとり、己の腹を痛めて産んだ息子が、雪人の虜になるのかと想像し、強い非難を雪人に向けた。

 雪人は、義理の母を、当主の妻として、母として敬って生きてきたつもりだった。

 幼い頃は冷たい視線ばかりを投げつけられ、何故かと思っていたが、継晴や継貴と関係を持つ頃になると、母は夫の愛情を奪う人間として、敵対視されているのだと気付いたのだ。

 想い人を得た、継保は、雪人を振り向かせると、肩ごしに唇を奪った。苦しい体制に、雪人はくぐもった声を上げる。

 しかし、継保の掌が、肌に触れた途端、そこに鼻にかかった甘い声が漏れる。右手で上肢を弄られ、左手で着物を捲られ、内股をゆっくりと撫で上げられる。
 ランプのみが照らされた部屋では、雪人の白い肌は、ぼんやりと淡い光となり、継保は強く抱きしめずにはいられなかった。
 耐え切れなくなった継保は、使用人に命じて敷かせた真新しい布団へ、雪人を押し倒す。


「雪人、雪人」


 熱に浮かされたように首筋に顔を埋める継保の愛撫に、雪人は吐息を漏らす。
 継保は、雪人の朱い帯を解き、着物の前を広げると、一旦、体を引き見下ろした。


「綺麗だ…」


 継保は己のシャツを脱ぐ。継保の身体は、確かに七種家の男たちと同じものだった。
 人よりもある上背と、張りのある筋肉、そして、熱い。

 直に肌を重ね合わせると、雪人よりも、ずっと体温が高いことが解かる。


「雪人は手だけじゃなくて躰も、冷たいんだな」


 己が冷たいのではなく、継保の体温が高いのだと告げようとしたが、継保の手が雪人の芯をやんわりと掴んだので、慌てて口を噤む。


「ここも、冷たいな」


 そう云いながら芯を擦り上げ、雪人のそれは生理現象を起こす。


「あれ、でもどんどん、硬くなってきた」


 そこが男の性感帯であると同じ男として、承知しているのに、あくまで玩具を玩ぶように触れてくる継保に、雪人は頭を振った。


「雪人、どうして欲しい?」


 少しの刺激に腰を浮かせる雪人の腰を、片腕で押さえつけ、継保は耳元で囁く。
 鈴口を指の腹で弄りながら、手に治まる睾丸も掌で揉んだ。


「吸って…助けて、継保」


 雪人が欲望を口にした途端、継保はにこりと笑い、雪人の顔に口付けを降らした。


「なら、俺のも吸ってよ、雪人」


 そういって継保は、身体を反転させ、雪人を上に乗せる。
 雪人は、継保の身体の上で、自ら動き、白い尻を継保の顔に向けた。
 無論、躰の方向を変えたことで、雪人の目の前には、ズボンをはいたままの継保の下肢があった。

 震える手で、ベルトを外し、下着の中から怒張を取り出す。
 雪人の手に触れた途端、ぴんと跳ね返った怒張を目の前にして、雪人は微かな怯えを見せた。


 兄弟として共に育ってきた男が、己の情欲している証だった。だが、雪人に躊躇いはない。
 継保の太い怒張を、小さい口に含むと、途端に脹らんだ。
 全てを口に含む事ができず、鞘の部分を下でなぞると、雪人の芯にも、継保の舌が絡んだ。

 継保の手は、その後ろの蕾をそろりと撫で上げ、窄まったそこを指先で押さえた。


「ここだよね、雪人の華は」


 腰に響くような低い声に、雪人の蕾は、きゅっと締まった。


「雪人、もっと腰を落として」


 雪人は素直に応じる。継保の顔を跨いで布団についていた膝を崩し、より、継保が蕾を弄りやすいように、腰を落とした。


「綺麗だな。女のあそこより」


 素直な感想だった。
 雪人は、父や兄たちの欲望の対象として愛されてきたはずなのに、受け容れているそこは、処女よりも美しいのだ。

 継保は味わうように、蕾を吸った。
 舌を締まる蕾を抉じ開けるように、唾液を含ませて弄ると、雪人の口からは嬌声が漏れる。


「ぁあ、…ああぁ!」


 嬌声に煽られ、継保は更に蕾を探った。
 指も使い、次第に解していくと、雪人の芯からは少しずつ液が漏れ出した。


「雪人、厭らしいよ」


 そう云いながらも、継保自身の怒張もこれ以上な直程、天を向き、雪人の口では含めなくなっていた。
 継保は、雪人に方向を変えさせると、小さい顔を両手で掴み、舌を絡めあった。
 粘着同士が激しく絡み合い、唾液が溢れる。

 継保は雪人を布団に縫い付けると、その細い脚を肩に担ぎ、蕾に怒張を突き刺した。


「ぁあぁあ!」


 細い躰が、激しく揺さ振られ、雪人の髪は空中に散らばる。
 それさえも、愛しいと、継保は内股に舌を這わせた。
 腰を振り、雪人の奥へ奥へと進んでいく継保は、既に、雪人の新しい虜となっていた。


 こんな快楽があったのかと、継保は情事に耽り、今まで赦される事のなかった雪人の恐ろしさを改めて感じた。
 もし、幼い頃にこんな快楽を知っていたら、狂って仕舞うだろう。

 だからある一定の年齢が過ぎなければ、赦されなかったのだ。
 雪人を壊さないため、己が壊れないため、自制を持った男になるまで…。

 雪人は、一度果てると、次は後ろから継保に挑まれていた。
 先程より、深く繋がりあい、背筋に口付けを落とされ、雪人の芯は再び張り詰める。
 張り詰めた芯を継保に握られ、無意識の内に蕾を締め付けた。


「――くそっ」


 継保は強い締め付けに、低い言葉を漏らし、雪人の中に果てた。
 雪人は深い位置まで突き上げられ、継保が果てたのと同時に、果てた。

 荒い息が漏れる継保の部屋で、背中に崩れてきた継保の腕に抱かれながら、ふいに視線を感じる。
 視線があるほうへ顔を向けると、縁側の襖が開いているのが、見えた。
 誰が見ているのかは凝視しても、解らない。
 暗い縁側から、襖越しに、ふたりの情事を見詰めているその眼差しは、確かにそこに存在しているのに。

 継保という、新しい男を受け容れて、肉棒を締め付けている、後蕾を舐めるように見詰めていた。
 嫉妬と憎悪が入り混じった、視線だった。

 継保は、その視線には気付かなかった。雪人の背筋を舐め上げ、溢れた雪人の汗を舐め摂っていた。
 雪人は、甘い吐息を漏らしながらも、その視線に悪寒を感じ、恐ろしさに継保の腕に縋りつく。


「どうした、雪人」


 すがり付いてきた雪人に、嬉しそうな顔をして、腕の中の雪人を見下ろす。


「…そこに、誰かが」


 雪人が告げ、継保が振り返ると同時に、視線はいなくなる。
 継保は立ち上がると、襖へ近寄り、躊躇いもなく開けた。


「誰もいないぜ」


 あるのは、硝子窓だけた。上肢を起こした雪人は、眉を寄せるが、継保が襖を閉めて帰ってきた。


「どうせ、兄さんたちだよ。俺が雪人に無茶しないか、心配になったんじゃない?」


 それこそ、ありえない。
 もし、兄弟たちなら、あんな視線を投げ掛けたりしない。
 考え込む雪人の腕を継保は取った。


「それより、もう一回」


 耳元で囁くと、継保は再び、圧し掛かってきた。雪人に拒む術は無い。
 拒む事など、赦されないのだ。

 若い継保の熱に浮かされながら、雪人は、あの視線が誰のものかと、気になって仕方なかった。
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