ルーシェ・M・Kの旅立ち

椿木ガラシャ

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討伐編

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 ――本日の宿に辿り着いたのは夕刻だった。定期的に休憩をとっていたが、馬車に押し込まれたルーシェにはほぼ休みが与えられなかった。なんせ馬車から出てくるのはガルシアだけなのだ。
 馬車をでるとガルシアに横抱きにされる。
 ルーシェは下半身に力が入らず、ガルシアのマントに包まれて首に腕を回すしかない。その恰好のままだったので、シュリアーノが心配そうに駆け寄ってきた。
「かあちゃん、だいじょぶ?」
「…シュリ…」
 声を出す元気もない。
「シュリ、母上は父上と仕事のお話をして、少し疲れてしまったんだ。それより、馬に乗ったのは楽しかったか?」
「うん!おうまさん、とってもはやかったよ、とうちゃん!」
 ニコニコと笑顔を向ける息子に自分が何をしていたかなど当然言えない。シュリアーノはガルシアの外套の裾を持ち、ぴょこぴょこと付いてくる。
 ヴァンディアが宿屋の扉を開けると、そこにはずらりと並ぶ人々がいた。
「キングスレー様、お待ちしておりました」
「ああ、今宵は世話になる」
「次期皇帝陛下一家にお泊りいただくなど、恐悦至極です。どうぞ、心づくしのおもてなしをさせていただきますので、ゆっくり過ごされてください」
 宿の主と思われる壮年の男が、慇懃な仕草で案内をする。この宿は貴族や王族たちが泊まることもある。案内をされたのは、明らかに高貴な身分の者たちのための扉の前だったのだ。
「ガル、俺こんなに豪華な部屋頼んでないぞ!」
 シュリアーノを特別扱いしたくない。その思いで、宿なども一般庶民が使うところを用意していたのに、用意されたのは最高級の部屋だったのだ。
 他のものたちに聞こえないように耳元で文句を言うが、周りの人間たちには仲睦まじい夫夫の姿に見るようだ。
『きゃあ』と歓喜を上げて、若い女性たちが顔を赤らめている。なぜかキロエとクロエも、興奮気味に声を上げているが、ルーシェには訳が分からなかった。
「まあ、まあ。そんなこと言わずに。結局、新婚旅行も行けなかったのだから、これぐらいはさせてくれ」
 ガルシアが顔を寄せたまま囁き返すので、更に黄色い声が飛ぶ。
「皆の者、すまない。我が伴侶が疲れてしまっているので部屋で食事を運んでほしい。あと、自分たちのことは自分たちで行うゆえ、お付きの者は必要ない」
「では、御用があれば。お呼びください。護衛としてお部屋の前に待機しております故」
「ああ。頼んだぞ、ヴァンディア。何人たりとも、家族の憩いの場には邪魔させぬように」
「はっ。お任せください」
 シュリアーノはヴァンディアにすっかり懐いたようで、バイバイと手を振りながら、部屋の中に駆けていく。
 ガルシアはルーシェをソファに座らせた。
「ルーシェは休憩していてくれ」
「もちろんそうする」
 ルーシェがこんな状態なのはガルシアのせいだ。揺れる馬車の中で何度も苛まれては、腰が立たなくなるのも当然だ。
「とうちゃん、あそぼう!」
「ああ、いいぞシュリアーノ。何をして遊ぶ?」
「だんごむしとり!」
 そういってシュリアーノが差し出したのは、小さな箱であった。宝石はついていないが、明らかに上質な箱を開けると、そこにいたのは5匹ほどのダンゴ虫だったのだ。
「シュリアーノ…さすがに生きものは、逃がしてあげような」
 笑顔を見せながらも口元は引きつっている。
「え~このままかう。いっしょにおしろにもかえる」
「…」
 父親の矜持と我が子への愛おしさで葛藤しているガルシアにルーシェも笑いがもれる。
 ルーシェから見ても、ガルシアは本当に良い父親だ。大雑把なルーシェをうまくフォローしてくれる。
「いやでも、流石に城には…」
「いや!シュリがかう!」
 未だに父子はダンゴ虫を王都である城に連れて帰るか帰らないかでもめている。その姿にますます笑いがこみ上げ、ベッドに横たわりながらルーシェはくすくすと笑うのだった。



∞∞

ストックが無くなってきたので、休日の更新話ではなしです。
その間に書きだめができればいいなあ…。

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