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討伐編
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しおりを挟む「おうまさんすごおおい!」
――先頭で馬車を先導しているヴァンディアはシュリアーノの小さな体を支えながら、ちらりと部下たちをみやった。
御者の役目を仰せつかっているハンナ姉妹は、車内の気配に耳を澄ませていた。
「ねえ、キロエ」
「なあに、クロエ姉さん」
互いに視線を合わせないが、同じことを想っているだろう。
「王都で次出す新刊って、当然、このネタ入れてもいいわよね」
「もちろん。『北の妖精』と謳われる美しい伴侶を追いかけて北の大地へわき目も振らずやってくる次期皇帝…公式が最大手」
「街の劇場でもお二人を題材にしたお芝居は常に完売だというし」
「ただおふたりともとんでもない美男同士だから、役者も大変よねえ」
うふふと含み笑いをするハンナ姉妹は王城の皇妃付の護衛として働いていたが、この度の北の同行もあり、ルーシェとシュリアーノが住む東棟に移動になることが決まっていた。
「俺は何も見てない!俺は何も見ていない!!」
馬車の警備のため、ぴったりと張り付いているケーシーは真っ赤な顔をしていた。
若いケーシーには刺激が強すぎるようだ。カーテンの隙間から見え隠れする二人の姿に、首を振っている。
次期皇帝とその伴侶は、男同士で夫夫となった。長い間、お互いに想っていたのに、気持ちが通じるまで時間がかかったとのことだが、『え?あのお二人は恋人同士ではないのですか?』とみな疑問に思うほど、ガルシアのルーシェに対する寵愛ぶりは度が過ぎていた。
自分の部屋にほぼ毎夜連れ込み相手をさせていたのは周知の事実であるし、ルーシェの容姿に惹かれ声をかけてきた者たちを牽制していた。
ルーシェは自分が孤立していたと思っていたようだが、実は違うのである。ガルシアがそうなるようにしてきたのだ。
行き違いがあり、ルーシェが北に戻った時、それはそれはガルシアの激高はすさまじいものだった。なぜ引き留めなかったのかと、城の者たちを怒鳴りつけるほどだった。
普段は次期皇帝として、常に堂々としていたガルシアがルーシェという存在がいないことに狼狽していたのだ。あまりにも変貌した姿にヴァンディア始め、王城で働いていたものは驚いたが、そこからは涙ぐましい日々だ。
まず父である皇帝陛下に、ルーシェを伴侶にすると宣言し、勅命を書かせた。『今まで皇帝という存在には同性の伴侶がいなかった』と反対した冷徹な宰相とは口汚く罵り合っていた。
『いまだにルーシェに未練があるのか、貴様は!』
『あたりまえでしょう。誰が、『北の妖精』と呼ばれるルーシェに閨教育をしたと思ってるのですか。まだあの頃は硬い蕾だったのに、あんなに美しく花を開かせてくれたことに感謝しますよ、ガルシア様』
『この陰険宰相め!いつまでもルーシェに近づきよって!だが残念だな、ルーシェの腹には俺の子がいる。もう他の男の胤は受けさせない!』
『何をおっしゃってますか。あなたがもし不慮の事故で亡くなられたら、ルーシェを慰めるのは私の役目ですよ。未亡人となったルーシェもそれはそれはそそるでしょうね。今から楽しみです』
宰相の台詞は次期皇帝に対する不敬なのだが、誰もとめない。
既に、皇帝の伴侶は異性であることが必須ということはどうでもいいのだ。そもそも今までの皇帝がたまたま異性を愛しただけであって、そこの制約は何もない。
つまりルーシェ・ミラーがガルシア・キングスレーの伴侶になることは決して不可能ではなかったのだ。
宰相との因縁はそのままだが、ガルシアはルーシェを迎えに北に旅立った。そして王都に戻ってきたときには、愛の結晶であるシュリアーノが生まれていたのだ。
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