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――ガルシアとルーシェの子が生まれてから5か月後、ついに北の大地を旅立つことになった。
2か月間グミの中にいた赤子はすくすくと育ち、3000gほどになってグミから出られるようになった。赤子の性別は男児でベビーネームであるシュリを使い、シュリアーノと名付けられた。髪はプラチナブロンドで、目の色は紫紺だった。顔立ちは今のところルーシェに似ている。
キングスレー家の嫡子であり、次期皇帝ガルシアの初めての子であった。
グミの中で育っている間にルーシェの体力も回復し、万全の体制の中、グミの中から出てきたシュリアーノの子育てが始まった。といっても、赤子の世話は大変だ。最初の一か月は寝て起きてを繰り返していたが、3時間ごとの授乳は体力を消耗した。
ルーシェの乳首からは乳がでた。男性体での妊娠した場合、珍しいことではないとのことだ。母性を身体が感じているのか、乳輪も乳首も大きくなっている。平べったかった胸元も微かに膨らんでいる。出産した直後から徐々に服を濡らしていたものに気付いたのは、ルーシェではなくガルシアだった。色々と手伝ってくれたのだが、ガルシアは喜色を顔全体に滲ませていた。
『絞りだしてやらないと』
シュリアーノが未だグミの中にいるので、乳腺が詰まらないように毎日搾乳をしなくてはいけない。それもガルシアが率先していた。時より手に飛び散った乳を舐めてはとんでもなく厭らしい顔をしていたが、ルーシェは見ない振りをした。
シュリアーノがグミから出てこれるようになった時には乳の出もよくなり、服を何度も着替えなくてはいけないほど溢れていた。どうしようかとルーシェは思ったが幸いにもシュリアーノはよく乳を飲んでくれる子だった。
シュリアーノはルーシェの乳のみで、すくすく育っている。
意外だったのがガルシアだった。初めての子ということもあるかもしれないが、シュリアーノを腕の中から離さないくらいに抱っこをしている。腹がすき、夜中に抱き出した時もルーシェより早く起き上がり抱き上げている。おむつ替えも器用にこなしているのだ。
ゲップのさせ方もルーシェよりうまく、なれたように自分の肩にシュリの顔を乗せ、優しく背を撫でている。
手慣れた姿に驚いているルーシェに『小さいころ、王城に姉上の子がよくきてたからな。甥や姪の世話を良くさせられてたんだ』とのことであった。末っ子だったガルシアにとって、自分よりさらに幼い甥や姪は年の離れた兄と姉よりも親しく、未だに兄弟のような感覚らしい。
シュリアーノは多くの人に囲まれて育っている。両親であるガルシアとルーシェだけでなく、祖父のボルドや、侍女のエルサや執事のベン、すっかりかかりつけ医になったセルドアやあの冷徹な宰相と言われているオスカーでさえみんな挙ってシュリアーノの世話をしてくるのだ。
自分もかつてそうだったように、沢山の愛に包まれて、健やかに育っている。
「シュリ。シュリちゃん。じいじのことを忘れないでいておくれよ」
北の辺境伯ボルド・ミラーは鋭い眦に涙を浮かべて、初孫であるシュリアーノの柔らかな頬に自分の頬を擦り付けた。
「あ~」
シュリは祖父のあごひげを触りながら声を上げる。その声にまた目じりが下がるのだが、『あの北の辺境伯が…』と領民たちが目を白黒させているのは見えているだろうか。すっかり屋敷内では好々爺となり、シュリアーノを目に入れても痛くないほどかわいがっている。
シュリアーノは親の他にも、かわいがってくれる人を分かっているようで、姿を見かけるとニコニコと笑顔を振りまくのだ。
「ああ。次会えるのはいつになるか」
「心配しなくても、また帰ってくるって。しかも来月、王城で陛下との謁見があるから、その時会えるって言ってなかったっけ?」
「ああそうだった。陛下との謁見は早々と済ませよう」
「おいおい」
ルーシェはあきれるが、ボルドの溺愛ぶりは分かる。我が子がこんなに愛おしいとは思わなかった。孫ならば更にかわいいのだろう。
「ルー、準備はできたか?」
ガルシアがやってくる。黒い礼服をきっちり着込み、次期皇帝としての装いをしていた。ルーシェにも色違いの衣装が用意されているが、こちらは白色を基調としていた。
セルドアとオスカーは1か月ほど前に、先に王都に戻っていた。ふたりはルーシェとシュリアーノを置いてくのが心配だといっていたが、入れ替わりで王都から護衛の狩人たちがくることになった。
皇帝としてもガルシアひとりならば気にもかけないが、産後の息子の伴侶と生まれたばかりの孫が一緒となれば別だった。
大げさとも言えるほどの人数が、北に派遣されていた。
「辺境伯。長い間世話になった」
「ルーシェとシュリアーノをよろしくお願いいたします。ガルシア様」
義理の親子とはいえボルドが臣下になるので、別れの挨拶もやや堅苦しいものになる。だが、当初に比べればルーシェとシュリアーノを仲介して、随分と砕けた会話もできるようにはなってきた。
「さあ、いこうルーシェ」
シュリアーノを抱いたルーシェを先に馬車に乗せ、ガルシアも馬車に乗り込んだ。
「みんな元気で!また帰ってくるから」
大きく声を上げて、見送りの人々に手を振る。人々は笑顔で祝福の言葉を送りながら、そして涙ぐみながら、ルーシェに手を振り返してくれた。
北の大地は今まさに春になろうとしている。新たな息吹が芽生える季節だ。
雪解けが始まり、柔らかな萌黄色の草木が顔を見せ始めていた。
ルーシェは眠り始めたシュリアーノを抱きながら、馬車の窓から外を見る。広い蒼穹、白い台地に芽生え始めた命…すべてが輝いている。
北の大地に帰ってくるのはあんなに心細かったのに、今はこんなにも幸せだ。愛する伴侶と愛しい我が子、腕で抱えきれないほどの幸せにあふれている。
「ルー、愛してる」
ガルシアの口づけをこめかみに受けながら、ルーシェは胸を弾ませた。
――ルーシェ・ミラー・キングスレーの新たな旅立ちであった。
おわり
2か月間グミの中にいた赤子はすくすくと育ち、3000gほどになってグミから出られるようになった。赤子の性別は男児でベビーネームであるシュリを使い、シュリアーノと名付けられた。髪はプラチナブロンドで、目の色は紫紺だった。顔立ちは今のところルーシェに似ている。
キングスレー家の嫡子であり、次期皇帝ガルシアの初めての子であった。
グミの中で育っている間にルーシェの体力も回復し、万全の体制の中、グミの中から出てきたシュリアーノの子育てが始まった。といっても、赤子の世話は大変だ。最初の一か月は寝て起きてを繰り返していたが、3時間ごとの授乳は体力を消耗した。
ルーシェの乳首からは乳がでた。男性体での妊娠した場合、珍しいことではないとのことだ。母性を身体が感じているのか、乳輪も乳首も大きくなっている。平べったかった胸元も微かに膨らんでいる。出産した直後から徐々に服を濡らしていたものに気付いたのは、ルーシェではなくガルシアだった。色々と手伝ってくれたのだが、ガルシアは喜色を顔全体に滲ませていた。
『絞りだしてやらないと』
シュリアーノが未だグミの中にいるので、乳腺が詰まらないように毎日搾乳をしなくてはいけない。それもガルシアが率先していた。時より手に飛び散った乳を舐めてはとんでもなく厭らしい顔をしていたが、ルーシェは見ない振りをした。
シュリアーノがグミから出てこれるようになった時には乳の出もよくなり、服を何度も着替えなくてはいけないほど溢れていた。どうしようかとルーシェは思ったが幸いにもシュリアーノはよく乳を飲んでくれる子だった。
シュリアーノはルーシェの乳のみで、すくすく育っている。
意外だったのがガルシアだった。初めての子ということもあるかもしれないが、シュリアーノを腕の中から離さないくらいに抱っこをしている。腹がすき、夜中に抱き出した時もルーシェより早く起き上がり抱き上げている。おむつ替えも器用にこなしているのだ。
ゲップのさせ方もルーシェよりうまく、なれたように自分の肩にシュリの顔を乗せ、優しく背を撫でている。
手慣れた姿に驚いているルーシェに『小さいころ、王城に姉上の子がよくきてたからな。甥や姪の世話を良くさせられてたんだ』とのことであった。末っ子だったガルシアにとって、自分よりさらに幼い甥や姪は年の離れた兄と姉よりも親しく、未だに兄弟のような感覚らしい。
シュリアーノは多くの人に囲まれて育っている。両親であるガルシアとルーシェだけでなく、祖父のボルドや、侍女のエルサや執事のベン、すっかりかかりつけ医になったセルドアやあの冷徹な宰相と言われているオスカーでさえみんな挙ってシュリアーノの世話をしてくるのだ。
自分もかつてそうだったように、沢山の愛に包まれて、健やかに育っている。
「シュリ。シュリちゃん。じいじのことを忘れないでいておくれよ」
北の辺境伯ボルド・ミラーは鋭い眦に涙を浮かべて、初孫であるシュリアーノの柔らかな頬に自分の頬を擦り付けた。
「あ~」
シュリは祖父のあごひげを触りながら声を上げる。その声にまた目じりが下がるのだが、『あの北の辺境伯が…』と領民たちが目を白黒させているのは見えているだろうか。すっかり屋敷内では好々爺となり、シュリアーノを目に入れても痛くないほどかわいがっている。
シュリアーノは親の他にも、かわいがってくれる人を分かっているようで、姿を見かけるとニコニコと笑顔を振りまくのだ。
「ああ。次会えるのはいつになるか」
「心配しなくても、また帰ってくるって。しかも来月、王城で陛下との謁見があるから、その時会えるって言ってなかったっけ?」
「ああそうだった。陛下との謁見は早々と済ませよう」
「おいおい」
ルーシェはあきれるが、ボルドの溺愛ぶりは分かる。我が子がこんなに愛おしいとは思わなかった。孫ならば更にかわいいのだろう。
「ルー、準備はできたか?」
ガルシアがやってくる。黒い礼服をきっちり着込み、次期皇帝としての装いをしていた。ルーシェにも色違いの衣装が用意されているが、こちらは白色を基調としていた。
セルドアとオスカーは1か月ほど前に、先に王都に戻っていた。ふたりはルーシェとシュリアーノを置いてくのが心配だといっていたが、入れ替わりで王都から護衛の狩人たちがくることになった。
皇帝としてもガルシアひとりならば気にもかけないが、産後の息子の伴侶と生まれたばかりの孫が一緒となれば別だった。
大げさとも言えるほどの人数が、北に派遣されていた。
「辺境伯。長い間世話になった」
「ルーシェとシュリアーノをよろしくお願いいたします。ガルシア様」
義理の親子とはいえボルドが臣下になるので、別れの挨拶もやや堅苦しいものになる。だが、当初に比べればルーシェとシュリアーノを仲介して、随分と砕けた会話もできるようにはなってきた。
「さあ、いこうルーシェ」
シュリアーノを抱いたルーシェを先に馬車に乗せ、ガルシアも馬車に乗り込んだ。
「みんな元気で!また帰ってくるから」
大きく声を上げて、見送りの人々に手を振る。人々は笑顔で祝福の言葉を送りながら、そして涙ぐみながら、ルーシェに手を振り返してくれた。
北の大地は今まさに春になろうとしている。新たな息吹が芽生える季節だ。
雪解けが始まり、柔らかな萌黄色の草木が顔を見せ始めていた。
ルーシェは眠り始めたシュリアーノを抱きながら、馬車の窓から外を見る。広い蒼穹、白い台地に芽生え始めた命…すべてが輝いている。
北の大地に帰ってくるのはあんなに心細かったのに、今はこんなにも幸せだ。愛する伴侶と愛しい我が子、腕で抱えきれないほどの幸せにあふれている。
「ルー、愛してる」
ガルシアの口づけをこめかみに受けながら、ルーシェは胸を弾ませた。
――ルーシェ・ミラー・キングスレーの新たな旅立ちであった。
おわり
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