ルーシェ・M・Kの旅立ち

椿木ガラシャ

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12 ※出産シーンあり。

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 ――二人が結婚式を終え、愛を確かめ合う新婚生活を送っているうちに4か月が経ち、ついにその日がやってきた。
 ガルシアとルーシェが朝食を食べ終えると、俄かに屋敷内が忙しなくなった。ルーシェの出産準備に向けて、湯や産着などが用意されていく。
 男性妊娠は危険が伴うとはいえ、なるべく安全に出産が行えるよう、古来から文献に残されていた。加えてここ数年、男性体での妊娠出産の報告例も王城に寄せられており、ルーシェの出産を任されたセルドアはこの日のために随分と勉学に励んだという。
 ルーシェとガルシアにもセルドア直々に勉強会が開かれた。なぜかオスカーも一緒に参加していたが、宰相として知っておくのは当然という顔をしていた。
 セルドアもオスカーも北の大地の生活にすっかり馴染んでいた。セルドアはゼロと共にけが人や病人を診ており、例年よりも重症化する患者が少なかったとのことだ。
 オスカーの滞在も宰相としての北の偵察と交友を兼ねているとのことで、様々な人と交流を結んでいた。宰相が王都を不在にして大丈夫なのかとルーシェが訪ねると『そろそろ後進を育てなくてはいけませんから』とのことであった。
 妊娠7か月頃から、ルーシェ自身にも準備が必要となる。出産のため、孔の拡張をすることになり、徐々に大きくなる張型を24時間入れておかなければいけないのだ。ガルシアが嬉々として手伝ったため、羞恥感を味わう毎日となってしまった。
 自室のベッドの支度が整えられ、ルーシェは横になる。女性が着る寝間着のような物を着て、足を大きく広げて器具の上に乗せた。
 セルドアともうひとり、町の医師であるゼロも待機している。
「じゃあ、始めるからな」
 張型を飲み込んだ孔に香油が垂らされ、ゆっくりと張型が抜かれていく。ずるずると抜かれていくと、ルーシェは大きく息を吐いた。
 長い間、そこに挟まっていたせいでぱっくりと孔は開いていた。奥にはグミが見えているようだ。
「まもなく陣痛が来ると思う。苦しいとは思うが、耐えてくれよ、ルーシェ」
 セルドアが言い終えた途端、ずんと腰が重くなり、腹がぼこぼこと激しく動いた。
「あっ」
 5か月頃から胎動を感じられるようになったが、ここまで激しい動きはなかった。赤子が苦しんでいるのでは、顔が真っ青になる。
 どくどくと心臓が逸っていく。これは完全な恐怖だった。
「ガルっ、ガルぅ、こわい、こわい…」
 ルーシェは唇を震わせて、夫の名を呼ぶ。ルーシェの切迫した声に、セルドアがベッド近くに待機していたエルサを呼んだ。
「エルサさんすいません、ガルシアを呼んでやってください」
 駆け込んできたガルシアの顔も青白くなっていた。
「ルー。かわいい、ルー」
 ルーシェの顔に自分の顔を摺り寄せてその手を握る。
「ガルっ、怖いよぉ」
 手を伸ばしてガルシアの首を抱きよせるルーシェに、ガルシアも声を荒げる。
「セルドア、どうにかならないのかっ。ルーシェがこんなにも苦しんでいるじゃないか」
「どうしようもないから、出産は難しいんだ。こればっかりは、ルーシェに耐えてもらうしか」
 ちっと舌打ちし、ガルシアは目元にあふれ出た涙を吸っていく。
「大丈夫だ、ルー。もうすぐ、終わるから」
 慰めにもならない言葉を言い、顔や頬を撫でる。吹き出た汗も吸い取り、指先にもキスを落とす。
「ルーシェ様」
 その時、ルーシェの名を呼んだのはエルサだった。うっすらと目を開けて、エルサの姿を認めたルーシェはゆるゆると手を伸ばした。エルサもその手を取る。
「エルサ…俺こんなにも弱い。とっても怖いんだ」
 狩人として旅をしていた経験は何にもならない。魔獣に負けそうなこともあったが、それよりも遥かに今の方が恐怖を覚えている。
「それは当然です。ご自分を卑下しなくてもいいのです。みんなそうです。ルーシェ様が弱いのではありません」
 エルサはルーシェの手を撫でる。
「母さんも同じ気持ちだった?」
「ええ。奥様もとても怖がっていらっしゃいました。奥様の手を旦那様が握って、ずっと励ましていらっしゃいましたよ」
「そっか…」
「ルーシェ様には、ガルシア様がついておられます。だから大丈夫です」
 ガルシアを見ると、眉間にしわが寄り泣き出しそうな顔をしている。思わず手を伸ばし、ガルシアの首を抱き寄せる。
「大丈夫…ガル。俺、産むから…大丈夫だから」
「ルー、ありがとう」
 キスが顔じゅうに降りてくる。
 ――胎動は収まってきているが、鈍痛が勝っていた。ず、ずっと中から出てくる。腰が砕けそうな痛みに、ルーシェは息が上がる。
「だいぶん降りてきた。もう少しだ」
 はあはあとさらに息が荒くなる。下半身はもう自分では動かせなかった。
 痛みに耐えるため握ったガルシアの手も赤くなっている。意識も朦朧としてきた。鈍く重い痛みに、体がもっと重くなってくる。
「最後だ。ルーシェ、息め!」
 セルドアの声にルーシェは最後の力を振り絞る。全身の力を使い腹の中の物を押し出していく。
「グミが出てきた。掴んで引きずり出すぞ」
 セルドアはグミをずっと引き抜いた。
「あああ…!」
 ルーシェの悲鳴が上がる。
「生まれたぞっ」
 グミに包まれた赤子が誕生した。微かに青みがかったグミの中で、赤子が手足を懸命に動かしていた。
「あと2か月はこの状態になるが、経過は良好だ。ほらみろ、良く動いている」
 ルーシェの胸元に赤子がやってくる。グミの中で手足を良く動かしていた。かつて夢でルーシェに会いに来てくれた子が、ようやくこの世に誕生したのだった。
「ありがとう。お疲れ様、ルー」
 ガルシアがルーシェの額に口づける。ふと頬に何かが落ちたので見上げると、それはガルシアから流れた涙であった。
「ガル、泣いてる…」
「嬉しくて、ついな」
 その言葉だけで、ルーシェの心は幸福感に満たされていく。
 本当は不安だったのだ。金のグミを仕掛けたのはガルシアとはいえ、本当にガルシアがルーシェとの子を望んでいるのかと…。
 徐々に膨らんでいく腹を幸せそうに撫でていたので、ガルシアのことを疑う気持ちはなかったが、それでも不安だった。
 この子は、ガルシアとルーシェが望まれて生まれてきた。
 得も言われぬ幸福に、ルーシェも胸にグミの中の赤子を抱きながら涙を流した。

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