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 ――パパパパーンパー
 この世界では、朝は雄大な音楽で始まる。
 たとえ、雪山であろうが火山であろうが、海の上であろうが、砂漠であろうが、全世界のどこででも聞くことができる。誰がこの音楽を誰が奏で、そしてなぜ全世界に同じように響いているのかは、誰も知らない。
 この世界の不思議であり、不文律である。
 何はともあれ、共に人々はその日の活動を始め、そして一日が営まれていくのであった。

 ――西の辺境の村・ブラウン村の唯一の宿屋でも、雄大な音楽が開店の知らせだった。情報の集約と魔獣討伐はじめ、薬草集めなど内容によってランクに別れたクエストの管理、そしておいしい食事と寝床の提供、様々な役割を担っている夕霧亭は朝から賑わっていた。
 夕霧亭に宿泊した者たちは、亭主でありこの村のクエスト管理人であるバスターが作る朝食を食べ終え、クエストを探すため掲示板の前に集まってきていた。
 副管理人であるガランは受付にて、クエスト依頼の対応に追われていた。
 この世界では、クエストだけで生計を立てるものが人口の約1割を占めている。副業として、また小遣い稼ぎに使っている者を含めれば、世界中の人々がこのクエストとかかわりがあると言っても過言ではなかった。
 戦うことが好きな者、一獲千金を狙った者、腕試しで挑む者、またちょっとした小遣い稼ぎ…クエストを担うための特別な資格は必要とされていない。
 ただ、クエストを受けた以上は、成功を遂げることが必須だ。特別な資格はいらないが、やはり信用が必要となる。失敗ばかりや途中でクエストを放棄することがあれば、各村のクエスト管理人によって依頼を断られることがある。一度でもクエストを受注した者は、狩人として登録される。
 戦闘力、防御力、またどのようなクエストを受注し、成功してきたか情報としてクエストを終了するごとに更新され、中央クエスト委員会の管理下におかれるのであった。
 ――クエストの依頼の対応が一段落したのは、すっかり日も高くなった頃であった。ここでいったん、夕霧亭は店を閉める。
 宿泊客たちの朝食の後片付けを終えると、ようやく朝食にありつけるのだ。
「いい加減、もう一人雇ってくれないですかね…」
 バスターが残り物で作った野菜スープとパンを口にしながら、ガランは重いため息とともにぼやく。ガランは紅鳶色の髪と、アイスブルーの目を持つ20歳の青年であった。
 ガランの向かい側で苦笑いをしたバスターは、大柄で筋肉質な体をした40前の男だ。
 夕霧亭はこの二人によって、運営がなされていた。
「けど、決めるのは俺じゃないからなあ」
「まあ、そうなんですけど」
 いい加減、もう一人雇ってくれないかと思いながらも、実のところその権限がバスターにあるわけではないとガランも知っていた。
 バスターとガランはいわゆる地方の役人である。
 この世界は人ならざる物が存在する。それは魔獣といわれていた。人々と共存し、人々の生活に溶け込んでいる魔獣もいるが、その7割近くは、凶暴な者たちであった。
 その魔獣情報は世界を揺るがすといっても過言ではない。クエストのみで生活を営む狩人たちは、主に魔獣退治を生業としていた。魔獣の強さにより階級がわかれているのだった。
 狩人たちの個人情報の取り扱いには注意が必要だ。クエスト管理人制度が始まって約100年が経つ。
 約100年前は、その村の代表というべき一門が担っていたが、余りにも膨大な業務があるため、クエスト管理人制度なるものが作られたのだ。
 地方で働くにも、首都で試験を受けて合格せねばならず狭き門であり、いわゆるエリートではあったが、実際に行うのは雑務中心であった。
 他の小さな村でも、同じような状況なのだろう。
 狩人が泊った部屋の清掃などは、近所のおばちゃんを雇い、担ってもらっているが、そもそも割り当てられる予算が少ないのも問題であった。
 3カ月に一度程度で行われるクエスト管理人会議の後の交流会は、いつもそんな類の愚痴に溢れていた。
「じゃあ、奥さんが復帰するまでは、ふたりで頑張るしかないってことですね」
「そういうことだ。あと3か月もすれば、チビを預けることができるし、昼間は随分と楽になる」
 バスターの妻もクエスト管理人の資格をもっている。現在育児に専念しているのも、ふたりが忙しなく働く要因の一つであった。
 朝食を食べ終え、暫く休憩をすると、昼からの準備に入る。昼からは再び夕霧亭を開け、クエストから戻った狩人たちの対応をしなくてはいけない。
 昼に戻ってくるのは、薬草などのクエストを受注した者たちだ。子どもや女性、年を重ねたものなどが多かった。
 再び受付に座ったガランは薬草の品質を一つ一つ確かめながら、狩人たちを労っていた。
「綺麗な、痺れ草ですね。色も、大きさも問題ありません。お疲れ様でした。これが報酬です」
 夕霧亭の近所に住む顔見知りの少年が集めた薬草を調べ、報酬を渡した。先日、10歳の誕生日を迎えた少年は嬉しそうに破顔する。初クエストが成功したのだ。
 幼かったあの子がクエストをする狩人になるとはと思うと、ガランも感慨深い。
 ガランも幼い頃から薬草集めのクエストをこなしていた。ガランの両親は狩人であった。両親の後について森に入り、両親が野獣退治をする横で、薬草を集めていたのだ。
 その両親は今も世界中を旅している。20年前、ブラウン村に立ち寄った両親は、ガランをこの村で育てたが、ガランがクエスト副管理人の資格を得ると、ふたりで旅立ってしまった。17歳の頃だ。
 寂しいとは思うが、昔からクエストのために長期間家を留守にすることもあった両親だ。その分、ガランは自立が早かったし、家事も一人でこなしていた。
 あと10年ほどすれば、また村に帰ってくるだろうと予測していた。
 ――ふと、両親を懐かしんでいると、受付の机の上にどんと、手が置かれた。
「よう、ガラン」
「なんだ、クラウスかよ」
 ガランが見上げると、幼馴染のひとりであるクラウスであった。黒髪と、朱色の目をした美青年が、ガランを見下ろしている。ガランより2歳も年下だというのに、体格の良さはガランより優っている。
「いい加減、俺のモノになるって、決めたか?」
 隣の薬屋の娘である幼馴染の一人であるミランは美しいと評判であったし、この村に訪れる女性狩人も美女ぞろいだ。
 だが、クラウスは何故か、ガランの貞操を狙っている。
 クラウスは、この村でも名家と呼ばれる家の嫡男であった。この村には、子どもが集まる場所は、ひとつしかない。両親が勤め人であれば、生まれて数か月の頃から預けられるため、ガランもよく預けられていたのだが、その託児所を運営しているのが、クラウスの両親であった。
 それからはずっと一緒だ。小さい村なので、学校も無論一緒だった。歳は違うが、そもそも村の子どもの数も知れているため、皆、同じ教室で学んでいた。
 そして、第二次成長期を迎えた頃から、何故かずっと、貞操を…正確に言えば、後ろの処女を狙われている。
「そういうことは、ワイバーンを倒してから言え」
 クラウスの言葉を、ガランは本気にはしていない。クラウスは幼いころから美形ともてはやされていたし、第二次成長期に差し掛かった頃から浮名だって流しているし、そもそもガランの恋愛対象は同性ではなかった。クラウスに『抱かせろ』と言われたところで、頷けるはずがなかった。
 長年、拒んできたのだが、幼いころからの執着は凄まじいものだったのだ。だが、拒み続けていけはいつかクラウスが暴走する。思案したガランは一つの妥協点を示した。
 それがワイバーン討伐だった。
 ワイバーンは、この村周辺では唯一の目ぼしいS級ランクの魔獣であった。
「おいおい、そんなつれないこと言ってやるなよガラン。こいつ、頑張ってるのにさ」
「そうだよ。いい加減、ちょっとは優しくしてあげなよ」
「お前らには関係ないだろ」
 冷たい態度をとるガランに声をかけてきたのは夕霧亭にやってきたショーンとギルであった。
 クラウスの執着が鬼気迫るものであると本気で解っているのは、恐らく幼馴染連中だけだろう。
 クラウスの両親は出来の良い息子に対しては甘く、戯れだと思っているようだ。
 だが実際の所、クラウスの両親からは何度も忠告を受けている。優秀な愛息を誑かすのはいい加減にやめてほしいと。手切れ金を渡されそうになったこともあるが、ガランが受け取ったところで何の解決にもならず、クラウスがガランに対し激怒することがわかっているので、受け取ってはいない。
 クラウスが狩人登録をしたのは2年前、ガランが副クエスト管理人として村に戻ってきた1年経った、クラウスの両親と手切れ金のやり取りがなされた直後であった。
『これでいつでも、ガランを自分のものにすることができるな』
 クラウスとしては、狩人になることで一人前の男として、ガランとの関係を一歩進めるつもりだったらしい。
 危機を感じたガランは、バスターと相談し、知恵を振り絞った理由をつけてクラウスを遠ざけることはできないかと。
 ちょうどその頃、中央クエスト委員会からお達しがあり、その地域の特性に合わせてクエストにオプションをつけることが推奨された。
 村の産業などのオプションが推奨されたが、ブラウン村に目ぼしい産業などはない。それでもふたりで必死に、村長や住人達と交渉し、クエストにオプションをつけるようになった。その過程で、ガランはふと思いついたのだ。
 この村周辺で唯一の目ぼしい魔獣であるワイバーンを討伐した成功報酬のオプションとして、自分の身を差し出すのはどうか、と。
 当然、ガランは笑い者だ。ガランのような平凡な男と肉体関係を持つことに何の意味があるのだと嘲笑された。
 散々、村の人々や、狩人たちからも嘲笑が向けられたが、ガランは構わなかった。それほど、クラウスの執着は危ないところにまで来ていると思っていたのだ。
 幸いというべきか、この辺境の村にはS級モンスターを倒せる猛者はめったに来ない。
 ワイバーンはS級だが、他の村でも同様のクエストがあり、わざわざこの辺境の村に来る必要がそもそもなかった。
 それが2年前のことだ。クラウスは反発するかと思っていたが、あっさりと納得したのだ。
『わざわざ自分から堕ちてくるつもりになったんだから、まあいいさ』
 ワイバーンを討伐できると、確信しているかのようだった。
「そんなこと言って、俺を煽っていいのかよ?俺たち、もうすぐS級になるぜ」
「っ、嘘だろ!?」
 彼らはつい数か月前、A級ハンターになったばかりだ。
 慌ててガランがスターテスを確認すると、全員が既にA級の経験値の半分を超えていた。特にクラウスはあと経験値が1/5とS級ランクに迫っている。
 通常、狩人登録時は誰でもD級となる。彼らの実力からすれば、B級は妥当だと思っていたが、あっという間にA級となった。B級からA級にランクアップするのは、かなりの経験値と実力がいる。そして、A級からS級に上がるものは、更に難しく、一生なれない者もいるのだ。
「なんで、お前ら…」
「最近、俺たち村にいなかっただろ?武者修行で、北の静寂の森に行ってたんだ」
 ガランの疑問にショーンが応える。
 静寂の森とは名ばかりの、A級ランク…場合によってはS級、SS級の魔獣もいるという。最近、夕霧亭にクラウスがやってこなかったので静かだと思っていたが、そういう事だったのだ。
「ガラン」
 青褪めているガランに、クラウスは強い声で告げる。
「2年間も待たされてるんだ。ワイバーン倒して、お前をちゃんと手に入れられたら、すっげえ、エロいことして、俺から離れられなくしてやるからな」
 美形であるクラウスが口の端を上げて笑う。それだけで恐ろしいものを感じさせた。
 そして、クラウスがガランに見せたものは思いもしないものだった。
「それはまさか…!」
 赤色のグミであった。自生するが、希少な奇跡のグミである。通常は黄色であるが、口にすれば30%のHPが回復するとされており、赤色は50%の回復となる。だが、それは表向きのことであり、この奇跡のグミは生殖機能に作用すると言われていた。
 通常は黄色で30%回復、赤は…。
「50%回復+媚薬効果あり…」
 まさに奇跡…裏で、高額な値段で取引がなされていた。表に出てくることはほぼない。自らが、そのグミを見つけなければ…。
「武者修行の途中で見つけたんだ」
 クラウスが嬉しそうに言う。ガランはその顔に青褪めて、首を振る。
「だから、期待してろよ?」
 冷たいクラウスの声が、やや甘さを帯びている。
 クラウスは微かに荒れた指先でガランの頬を撫でると、ショーンとギルと共に夕霧亭から去っていった。

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