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四
しおりを挟む――鬱々とした日々を百合子は過ごしていた。継直の部屋で見た光景が忘れられず、だからとって真相が突き止められるはずも無く、眠れない夜を過ごしていた。
その為頭痛が酷く、寝室で過ごすことが多かった。継直は案じていたが、疲れが出たのだろうと言い、私室で過ごすからと百合子との寝室には戻ってこなかった。
また雪子とそういう事をしているのだろうと猜疑心が止まらない。だが、どうしても継直に尋ねることができない。尋ねてしまったら、あの悪夢から抜け出せないのではないかと…。
あの夜から一週間後のことだった。どうしても抜けられない用事で銀座に出かけるため、廊下を歩いていた百合子は、対面から雪子が歩いてくることに気付き足を止めた。
あの日から、まともに雪子の顔を見ていない。あんなに毎日雪子の世話を焼いていたのに、ぱったりと雪子に触れることがなくなった。
雪子はどこかで忘れてしまったのか、杖を持っていなかった。ほっそりとした腕を伸ばし、手探りで壁に触れながら歩いていた。
廊下には絨毯が引かれていたが、家にはところどころに段差がある。百合子が見ている前で、雪子は躓き転んでしまった。
「雪子…!」
可愛い雪子が転び、百合子は急いで近寄ろうとしたが、その前に雪子を抱き起こした人物がいた。
雪子の双子の弟である直倫だった。百合子は急いで柱の影に身を隠す。
「姉さん、気を付けろよ」
「ありがとう、直倫…いたっ」
雪子は直倫に起こされて立ち上がったが、不意に声を上げた。転んだ時に、怪我をしてしまったらしく、右ひざを押さえた。
直倫は雪子の体を壁に凭れさせると足元にしゃがみ込み、纏っている着物の裾を捲り上げる。
すらりとした白く長い足が、裾から覗く。直倫は血の出た膝に口元を寄せた。
「直倫!?」
雪子は見えない眼で、信じられないという表情をしたが、直倫はしつこく血の出た部分をなめていた。
「やめてっ。どうして…」
「どうしてって、親父も兄貴もしてることだろ?俺だって、したい」
直倫は膝から上の部分にも唇をよせた。手を伸ばして着物の裾をたくし上げる。
ほっそりとした太ももがちらりと覗き、百合子は知らず目が吸い寄せられていた。雪子は羞恥に頬を染め、手で口を覆う。
直倫の唇が太ももを伝い、さらに奥に進もうとすると、雪子は溜まらずため息をついた。
「直倫、何をしている!」
その時であった。厳しい声が、廊下に響いたのだった。
継直だ。仕事から帰ってきたばかりなのだろう、高級品であるスーツを纏いながら、二人に近寄ってきたのだ。双子の行為を止めようという純粋な気持ちだけではない、憤怒を孕んでいる声だった。
継直は状況を把握すると、直ぐに二人を引き離し、愛妹を腕に抱きしめた。胸元くらいまでの身長しかない雪子を深く包み、直倫を睨む。
「そんなに睨まなくても、あんたもしてることだろ?」
直倫も睨み返す。
「俺は姉さんの片割れとして生まれたんだ、一番、その権利があるはずだろ?」
直倫の言葉に継直は押し黙ったまま、雪子を抱き上げて、廊下を去っていった。その先には、継直の書斎がある。そこに雪子を連れて行ったのだろう。
廊下には直倫と、隠れていた百合子が残っていた。
「なあ、見てたんだろ、百合子さん」
直倫はやはり気付いていたらしい。百合子が柱の影から出てくると、ふんと笑った。
「あんたもこれでわかっただろ?七種家の本性が」
そう、これで百合子にも理解ができた。雪子を中心とした七種家のあり様が。
「姉さんは奇跡なんだ。男しか産まれないはずの七種家に生まれた、たったひとりの女…だからな」
七種家の血を引き継ぐ唯一の女…嫁いできた女ではなく、純粋な血を引く七種家の女だ。
百合子の脳裏には継一郎や継直、七種家の末に至るまでの男たちが、雪子にひれ伏している光景が浮かんだ。あの幸せの絶頂にあった披露宴でもそうだったではないか。分家の者たちは、雪子の歓心を得ようとしていた。
日本屈指の大財閥家の男たちの歓心は、まだ12歳の少女に向けられているのだ。
「…だから、お義父さまと、継直さんに抱かれているというの…?そんなの女の子は、どうやったって生まれてくるはずでしょう?」
いくら男しか産まれない家系でも、偶然で女児が生まれてくることだってあるだろう。
「さすがだな。そう、実際に女は何人か生まれたらしい。けどな、殆どが生まれて直ぐ死んだり、どこか障害があって長くても3歳までしか生きていない。けど姉さんは、今12だ。12歳なんて生きられる女なんて七種の家系にはいなかったんだよ。奇跡って思うのは、当然だろ?
――それに姉さんはきれいだ。もっと大人になれば誰よりも、きれいな女になる。姉さんはこれから、七種家の男に守られて陵辱されて、この屋敷で一生を終えるんだ」
百合子は呆然とする。
「雪子姉さんのためなら、親父と兄貴は何だってする。あの女だって、裏で雪子を苛めやがって。知ってるか?姉さんが失明したのだって、あの女が雪子姉さんが高熱を出しているのにほっておいたからだ。親父と同行した兄貴が出張で家にいないのを理由に、あの女は3日間も医者に見せなかった。だから、姉さんは失明したんだ。
…殺されても当然だ」
「それはどういう意味なの?まさか、お義母さまは…」
「さあね…おれは姉さんといたからな、あの女がどうやって死んだか知らない。けど、あの日、親父とあの女が池で話しているのを、俺は見た。それだけだ」
百合子ははっとした。そうだ、あの日の夜、確かに二人は池にいたのを百合子は見ていた。
その表情を見て、直倫は言った。
「何かを知っていても、言わない方がいいぜ。俺は腐っても七種の男だからな、簡単には消せない。けどあんたは、七種の外から来た。意図も簡単に、兄貴はあんたを消す」
この言葉は嘘ではないと百合子は知っていた。七種家に身も心も尽くしていたあの義母を、七種家は消したのだ。
全ては、雪子との蜜月のために…。
愛する継直は既に雪子の男だったのだ。滑稽で仕方なかった。あの腕の温かさも、声の柔らかさも、全ては雪子のためにあるのだ、本当は。
百合子は単なる、七種家の血を時代に繋ぐための器でしかない。
百合子の雪子に対する愛情は、その瞬間無くなった。実の妹のように可愛がり、世話を焼いていたのにそれが突然なくなったのだ。
二人の間に溝ができる。朝の日課も、午後のティータイムも…何もかもが、なくなった。
「お義姉さま…」
雪子は百合子の態度の変化に戸惑っていたが、いつしか諦めたように、百合子の差し出されない手を求めるのをやめた。
――雪子は、日々美しくなっていった。
出会った頃は、まだ蕾のような初々しさだったのに、15になる頃には初潮が始まり、花開くように女の匂いが濃くなった。
美貌の少女に魅せられる男が、七種本家の男たちには留まらなくなったのはその頃からだ。七種家は分家や支流も多い。その男たちの中から雪子を娶りたいという話が持ちあがり、七種家以外からも、縁談を持ちかけられることがあった。
大財閥の娘で、人々を魅せる美貌…盲目の少女ながら、一生の面倒は見るといってくる家が多かった。
縁談の中には、七種家と張る大財閥からの申し入れもあったが、継一郎と継直は全て一蹴した。
美しく色づく華であり、可憐に舞う虹色の蝶であり、鈴のように囀る金糸雀である雪子は、彼らにとってなくてはならないモノだったのだ。
その頃には、既に雪子と直倫は関係を持っていた。他の男たちと違い、雪子にとって直倫は最も近い存在だ。お互いを支えに生きてきた双子だ。
父と兄に抱かれるのを嫌がっていた雪子は、不思議と直倫を拒まなかった。いや、それどころか直倫という存在を求めた。
己の片割れである…いや、もう一人の己である直倫という存在を求めることで、雪子は己の精神を保とうとしたのかもしれない。
『直倫は誰にも変えがたい存在だから』
と、七種家の人々の前で告げる雪子の顔は、異性に求める恋しさや愛しさを含んだものではなく、どこか慈母を彷彿とさせた。
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