ゴブリンロード

水鳥天

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「すまないユウト。ここでは人が多いから、また後でこのことは話そう」
「・・・わかった」

 ユウトはもやもやした気持ちを引きずりながら止まっていた食事を再開する。ふと気づいてリナと目が合った。リナは困った笑顔を投げかけ、ユウトは脱力した笑顔で頷いて答える。物静かになってしまったユウト、ヨーレン、リナとは裏腹にレナと四姉妹は目の前の食事に集中してがつがつとくらいついていた。

 ユウト一行は食事を終えて宿に入る。男性陣と女性陣で二部屋に別れた。

 ユウトとヨーレンは備え付けの椅子に座って向き合う。先に口を開いたのはユウトだった。

「それで・・・話の続きなんだけど、どうして星の大釜での決戦を秘密にしなくちゃいけないんだ?あんなに大がかりな戦いをやったんだから、大工房がとっくに公表しているものだと思ってた」

 ユウトはできる限り冷静に、気持ちを落ち着かせながら語る。ヨーレンは緊張を見せず淡々と答えた。

「工房長としてはあくまで噂として広まってもらう事が狙いらしい。それはおそらく元老院に気を使ってだと思う」
「元老院って?」
「政治上の決定権を持つ政務官の集まり、って言ってわかるかな?」

 突然の聞きなれない言葉にユウトは戸惑う。リナがいてくればわかりやすく言い直してくれたかもしれないと思った。

「ま、まぁなんとか。政治の中枢ってことでいいんだよな?」
「うん。そう思ってくれ」
「マレイは元老院に気を使って、大工房からの公表をしていない。けどあんな印刷物や歌で情報を漏らしている。しかもオレにも内緒ってどういう事なんだ?マレイは何をしようとしている?」

 ヨーレンはユウトの問いに対して下を向くと考え込む。そしてそのまま語り始めた。

「正直、私も工房長が何をしようとしているのか、その詳細については教えてもらえていない」

 そこまで語り、一拍置いてヨーレンは目線を上げるとユウトを見ながら言葉を続けた。

「だから、ここからは私の予想なんだけど・・・工房長は覆せないほど明確にゴブリンの全滅宣言を出させたい、と考えているんじゃないかと思う」
「覆される?そんな可能性があるのか?」
「少なからず、ある」

 ヨーレンの語気の強さにユウトは驚く。

「その根拠を教えて欲しい」

 ユウトの求めに対して「口外はしないでくれ」と断りを入れてヨーレンは語り始めた。

「この国で生きる人々は魔術柵が囲う土地での生活がだんだんと普通になりつつある。魔術枷、指輪の着用に抵抗感もなくなってきているし、物心ついた頃からこの生活が自然なことと受け入れる世代も生まれつつある。
 そしてこの環境は元老院にとって好都合だと思う。管理がとてもしやすい。時期を見計らいながら徐々に生活圏を回復させ、態勢の維持と操作ができる。
 だから工房長がやろうとしているようなゴブリンの殲滅完了宣言は元老院にとっては邪魔に感じることだろう。うやむやにしたまま宣言に触れられないほうが好ましいはずだ。
 決戦の後、すぐに公表したとしてもきっといろいろと難癖を付けられたはずだ。一体も残さず絶滅させたと証明するのは難しい」

 聞き入っていたユウトが口を開く。

「一度、正式な公表があった後、生きている個体が発見されたとか・・・襲われたとか自作自演とか方法はある、か。そんなことをされれば公表した側は信用を失ってしまうかもしれないな」

 ユウトの補足にヨーレンは頷いた。

「だから工房長はあらゆる手段を用いて、覆しようのない状況を作り上げようとしているんだと思う」
「それが、あの紙や歌?」
「だろうね。正直、私もどこまで工房長の手が加わっているのかわからない。少なくともあれだけの印刷物の生産には大工房が関わっていると思うけど、いったいいつから準備をしていたのか見当も付かない」

 ヨーレンはあきれたように脱力し、椅子の背もたれに身体をあずける。

「ヨーレンでも知らないのか」
「もちろんだよ。工房長のやろうとしていることの全体像を把握できている者はおそらくいない・・・ひょっとしたら師匠は知っているかもしれないが」

 ヨーレンの発言にユウトは思わず笑い声を漏らした。

「ジヴァか。そっちの方が何を考えているのかわからないし、厄介だ」
「ふふっ、確かに。まだ工房長の考えの方が推察しやすいな」

 ユウトとヨーレンはお互いにあきれたように小さく笑う。

「ユウトは工房長のやり方に腹が立つかい?」

 笑いあった後、ヨーレンが気軽な様子で尋ねた。

「まぁ・・・そうだな。自分の知らないところで自分に関係している事の話が進んでいくのは気持ちのいいものじゃない。でも、きっとこれが最初じゃないはずだ。オレの知らないところでいろんな事が進行していたはずなんだ。それはオレにとって良い事にも悪い事にも影響していて、それがあったから今のオレがあるんだろう。腹を立ててもしょうがないって気がしてきたよ」

 ユウトの答えにヨーレンは目を伏せる。

「そうだね。私もそうありたい」

 噛みしめるようなヨーレンの言葉が部屋に響いた。
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