生贄の娘と水神様〜厄介事も神とならば〜

沙耶味茜

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第二章

38 露路に潜むあやかし

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 扉から外へと出ると人混みから少し離れた露路に娘達は立っていた。陽の光が差している通りには人が大勢行き交う姿が見え、店子が声を張り上げ物を売っている様子が伝わってくる。

「こんなに人を見たのは初めて……ここって江戸の何処なの?」
「浅草っていうところだよ。人と物と金が集中してる場所。お偉いさんとかが多いから変に目立って絡まれないようにしてね」

 礼花は人通りが多い道に出る前に何も知らない娘に浅草とはどんなところなのか説明をしてくれた。
 浅草には江戸幕府の御米蔵があり浅草御蔵に米蔵が設置されている。また礼差という米の受け取り、運搬、売却を業とした者もいて、城で働く武士達の給料としての米も保管している。そういった米の売買で利子をつけたり手数料をつけたりで礼差には大富豪が多く浅草は豪遊する場になっている。
 浅草寺の裏には新吉原遊郭もあり礼差は武士と共に豪遊して楽しんでいるらしい。極めて治安が悪いところだと娘は思う。

「迷子になったら変な富豪に絡まれて連れてかれちゃうかもよ。人間が多いしはぐれやすいと思うからナギの袖でも掴んで歩いてるといいと思う………店に目移りしちゃうのも分かるけどやる事やったら回ってみよっか」

礼花が優しく微笑みながら語りかけてくれるため緊張感が少しだけ和らいだ気がした。そうと決まれば張り切って目的の邪神信仰者を探さなくてはと思い側にいるナギの羽織の袖をぎゅっと握る。するとナギが急に咳き込んだのでどうしたのだろうかと顔を覗くと目が合い、娘は「えっ」と声を出して驚く。
 なぜならいつもの深い澄み切った青色の瞳から黒色の瞳になっているからだ。だとするともしかしたら礼花と比売も黒くなっているのではと思い2人を見るとどちらも黒髪黒目で人間に化けていた。
 娘は行き交う人の姿に夢中で水神達が黒髪黒目で化けているのに全然気づいていなかった。こんな美形な人が歩いていたら逆に目立ってしまうのでは?と思う反面、誰も水神が人間に化けて浅草を歩いているなんて思わんだろうなと「ひぇ…」と感嘆の声をもらす。

「菅笠被ってるから多少なりとも隠せているけど3人とも美人さんな雰囲気が溢れ出てるよ…」
「当たり前でしょぉ?人間達に下の者って見られたくないもの」

 男装をした、ましてや人間に化けている比売が言うと本当に可笑しくてつい笑ってしまいそうになるがそんなことをした日には胴体と下半身が離れてしまうため、ぐっと堪えた。
 ナギはじっと人の多い通りを見ていたが、出てもいい頃合いになると娘達に声をかけた。

「あまり怪しまれないように通りに出るぞ。花雨、ちゃんと前を見て袖に捕まっていろ」
「うん」

 ナギに連れられ露路から人通りが多い通りに出ると目の前に見たことない程のでかい門が建てられていてつい「わぁ‼︎」と声がでた。門の下を多くの人が通って行き、その先には両側に商店が沢山並んでいる大きな通りがある。新鮮な光景ばかりで娘は目が回りそうだった。

「人間臭いわねぇ。富豪たちの小袖から漂う変な香の匂いと湯浴みしていない庶民の皮脂の臭いで鼻がもげそうよぉ。こんな中から探すなんて龍になって飛んで探した方がもっとマシだわぁ」
「水神だとバレないように慎重に行動しろ。俺たちがここに忍び込んで来ることぐらい相手側には伝わっているかもしれないからな」
「3手に分かれて行動した方が早いと思う。ナギと花雨ちゃんは一緒に行動してもらって、俺と………比売は別々で行動する感じ」
「恥ずかしがってないで私と一緒行動しなさいよ」
「嫌だね。あ…そういえば、探すにあたって何か手掛かりになりそうな情報はある?」
「邪神信仰者が何処に潜んでるのかっていうのは、正直手掛かりとかはまだないんだけど、仮似声使いを探してみて欲しいの。水神と邪神に関わりがありそうな人らしいから…」
「それって、道で役者の台詞を真似て銭をもらう人達だよね?そんな人が俺たちと関わりがある人間なの…?」
「私の家の書物に仮似声使いって書かれてるだけだったからなんともいえないんだけど探してみる価値は多分あるかも知れない」
「夕刻になれば露路や屋敷の窓下で銅鑼と柏子木を鳴らしているかもしれない。探すのには夕刻あたりが1番良いだろうな」
「分かった。じゃあ何かあったら教えて」

 仮似声使いについて軽く説明をしたところで3手に分かれて行動を始めた。比売は説明のあたりでもう何処かへと行ってしまっていたが、悠然の歩く後ろ姿は女とは思えなかった。きっと強いから浅草に連れてきたのだろう、ナギも比売の心配をしていないように見える。
 商店が沢山並ぶ通りを仲見世通りと呼ぶらしいがどうやらナギはそこに行くらしく、大きな門の下をくぐって人混みの中へと紛れて行く。娘はというと必死に離れないように袖を掴んで歩いていたが、ナギが立ち止まったので下を向いて歩いていた娘は背中に鼻をぶつけた。

「いたっ、どうしたの?」
「いや……誰かつけて来ているやつがいる。悟られないようにいつも通りの態度でいてくれ」

「分かった」と娘がいうとナギは再び歩き出した。店の様子を見てみたいが娘よりも身長が高い人が多くてなかなか見ることができない。うろうろと視線を動かしていると反対側から来る人と肩がぶつかり反動でナギの袖をぱっと離してしまった。一瞬にして人の波にのまれそうになったがナギが手を繋いでくれたおかげで離れずに済んだ。

「気をつけ…」

「気をつけろ」と言いかけたところでナギは娘の背後を見て首を傾げる。そして何かに気づくと先程通った道をまた戻って行く。

「今度は何⁉︎」
「さっきぶつかってきた人間が怪しい。ちゃんと菅笠を被っていろ、あまりを顔を覚えられないようにしろ」

 そう言うとナギは娘の手を繋いだまま露路へと小走りで入っていった。人を器用に避け、たどり着いた先は…

「行き止まり…」
「人間にはそう見えるだけで結界が張ってある。さっきぶつかってきた人間はこの中に入っていったかあるいは…」
「ただの壁だよ⁉︎」
「だから、花雨にはそう見えるだけで結界が…」
「待ってましたよ、水神様」

 突然背後から声をかけられ2人してばっと振り向くとそこには見知らぬ女が立っていて、愛想の良い笑顔をしてこちらを見ている。
 隣にいるナギの警戒心が一気に高まったのが分かった。けれど表情には出さず、平然として女と向かい合っていた。

「いやぁ、あたし達も奪われた神様を取り戻すのに必死でね!どうですか?そちらの横にいる娘の記憶を取り戻すのを引き換えに大蛇様をこちらに手渡すっていうのは!」
「ありえない取引ね」

 女が話をしている間ナギと娘はというと、女の背後にそっと忍び寄って来ている比売に安心し切っていた。屋根の上には礼花がいて四面楚歌状態になっていた。
 比売は女に逃げられないように動きを術で封じると地面に押し倒した。

「江戸の女は馬鹿が多くて助かるわぁ」
「あまり粗雑に扱うな比売。礼花はまだそこにいてくれ、上から周辺の様子を見てくれていれば助かる」
「了解」

 ナギは娘の手を繋いだままじたばたと動いている女の元に近づいていき、しゃがみ込むと声をかけた。

「お前、なんのあやかしだ?」
「言うわけないじゃろう!いくら水神といっても尻尾だけは取られたくないからな‼︎」
「九尾か」
「なっ……‼︎」

 さてはこのあやかし馬鹿だな?

 ナギが言ったようにこの女は人間に化けたあやかし――――九尾だった。






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