生贄の娘と水神様〜厄介事も神とならば〜

沙耶味茜

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33 伝えたい思い

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「名前が思い出せないなんて困った子ねぇ」

一面彼岸花が咲き乱れているところに娘は座っていた。そして目の前には娘に似た少女が立っている。それ以外景色に変化はなく、風もない。彼岸花は揺れることなく一本一本赤く、美しく咲いている。

「ここは…どこなの?」
「貴方の夢の中。でも強いて言うならこの彼岸花が咲き乱れている場所は屋敷の外にもあるわ。私の墓がある場所よ」
「貴方の墓?」
「そう。私の墓がある場所を貴方の夢で共有させてるの。綺麗だから」

美しい女の声には聞き覚えがあった。たびたび娘にだけ聞こえてくる声。

「もしかして、よく私に囁きかけてるのは貴方なの?それに…水神すいじんの領域に墓があるということはもしかして水神様?」
「貴方に喋りかけているのは私よ。でも私は水神ではないわ、梗夏きょうかよ。みんなからは奥方様とか梗夏様、なんて呼ばれてたわ」

その呼び名に娘は驚く。奥方様は水神と添い遂げた人間の娘だ。そんな人がなぜ花雨かうの夢の中に出てくるのか不思議で仕方なかった。それに容姿も似ていて、けれど花雨よりもずっと綺麗で美人さんだ。こんな人が村にいたらすぐに生贄に選ばれてしまう。

「私はあの村で生贄の娘に選ばれたわ。でも儀式の時に好きな人が助けに来てくれた」

まるで娘の心を読み取っているかのように梗夏は話し出した。

「私は水神と両思いになれたの。そして赤子をお腹の中で授かったのだけれど愛しい人が死んでしまったわ。耐えられなくて私は邪神に返してと懇願したけど結局私も食われてしまった。でもあの憎たらしい邪神も赤子だけは取り除いてくれたようね」
「赤子は、助かったの…⁉︎」
「えぇ。一部の人間達の間では水神と人間の間に子供などいないという噂が流れていたけど、実際には赤子は御津羽みつはが助けて育ててくれたようね」

そう言うと梗夏は微笑みを浮かべる。そして愛おしそうな目で娘を見つめた。細い腕を伸ばすとそっと頬を撫でる。

「貴方は私の子孫なの。貴方にとって私という存在は先祖ということだわ」
「だから私と、似ているの?」
「そうね。なんだかよくわからないけれど、とても昔の遺伝子を色濃く受け継いでしまったようだわ。私が美しいせいで生贄の娘に選ばれちゃったのよね、申し訳ないわ」

梗夏は自分が美しい事を自覚しているらしい。それについて文句の言いようがないほど美人なのだから娘は何も言わない。
けれどなぜ、夢の中に梗夏とこうやって話ができるのだろうか。娘は気になり、問いかける。

「なぜ私の夢に……?」
「怨念となって貴方に取り憑いているのよ。私は結局邪神の腹の中で死んだわ。未練ありありの状態でね。だから怨念になってやったわ……私の可愛い子供を痛めつけた邪神が憎い。一生許さない」

原因がわかった。不意に懐かしい感覚がするのはきっと梗夏が怨念となって娘に取り憑いているせいだからだろう。けれど怨念は払わなければいけない。御津羽がよく娘の中にいる怨念を取り除きにくるのは、梗夏にとって最悪な状況なのではないのだろうか。
梗夏は娘の額に人差し指を突きつけると詰め寄る。

「だからまだ邪神が消えきっていない今、私も成仏されるわけにはいかないのよ。あいつの死をちゃんとこの目で見届けないとね。だから御津羽にあまり関わらないように!」
「は、はい……」
「それと……貴方。ナギのことが好きでしょう?」

娘は俯きかけた顔をばっと上げて梗夏を見た。梗夏はにやにやとした顔で娘のことを見る。

「まるで私とあの人みたいだわね。貴方も生贄の儀式から救い出された人間で、水神に恋をする。でもまだ片想い継続中かしら?」
「えっ、あの、それは……」
「ふふふっ………ねぇ。ナギと御津羽と私の旦那は兄弟なのよ。知ってた?」
「…………………え?」

爆弾発言に一瞬固まった。ナギと御津羽は兄弟……?今は亡き当主様という方も兄弟…?
言われてみるとナギと御津羽は目の色は違えど黒髪という点では似ている。いやけれど兄弟と言われるとあまり実感がない。似ている点があまり見つからない。

「同じ兄弟を恋しく思うだなんて、まるで昔に戻ったみたいね。面白いわ」
「兄弟………えぇ………」
「驚くのも当然ね。それに、貴方もそろそろ目覚めたらどうかしら。過保護な水神達が貴方の目覚めを待っているわよ」

そうだ、娘は疲労のあまり倒れてしまったのだ。ずいぶん長い間眠っているような感覚すらする。そろそろ目を覚さなければこの心地いい空間にいつまでも浸っているわけにはいかない。
それに、ナギにとても会いたい。

「貴方と話せて楽しかったわ。また、夢の中で会いましょう」

その言葉を最後に突如、突風があたりを吹きすさんだ。彼岸花の花びらが散り、背景は徐々に暗くなってゆく。
静かになった。けれど微かに聞こえてくる衣擦れの音がした。
娘はそっと目を開ける。畳の匂いに温かい布団の夜着の感触、先程の梗夏との会話がなかったかのようにあたりは静かだった。
娘はそっと横を見ると、書物を手に読者をしているナギがいるのを見てぎょっとする。目線に気づいたのかナギが不意にこちらを見た。そして目が合うと2人して硬直した。
最初に動いたのは………………ナギだった。
ナギは書物を文机に置くと立ち上がり、娘の側までやってくると心配そうに覗き込んできた。

「……どこか痛いところはないか?」
「………な、ないっ!ないです!」

寝起き早々、ナギのご尊顔を伺えるのはこの上なく嬉しいのだが、娘の心臓が脈打ってしょうがない。妙に顔が熱くなってきて、娘が我慢ならず上体を起こして少し距離を取る。いきなり距離を取られ、ナギが不思議そうにこちらを見ている。

「どうかしたか…?」
「いや、ちょっとだけ……びっくりしちゃって……」
「あまり動くと腕の傷が開く。もう少し寝ててくれ」

ナギがまた詰め寄ってくるので娘はどうすることもできず顔を伏せた。けれど伸びてるくる手もなく、あれ?っと思った娘は顔を上げた。ナギが笑いを堪えている。
からかわれた……?
距離の詰めかたが異常だったのはともかく、娘はだんだんと冷静になってくる。そして自身が着ている寝間着が少し乱れていたのを見てすぐに襟を整えた。ナギは笑いを抑えると娘に向かって微笑みかける。

「元気そうでよかった……けれど寝ていてくれないと困る。腕をみてみてくれ」
「腕……?」

娘は腕を見ると、包帯が巻かれていることに気づく。そして赤く滲んでいるのを見てぞっとした。傷が開いて血が出てきたのだ。
ナギが苦笑しながらこちらに手を伸ばすと背中と膝裏に手を伸ばし娘のことを抱っこする。薄い寝間着のままなのでナギの手から妙に体温が伝わってきて娘は恥ずかしさのあまり死にそうだ。ナギは先程の夜着の場所に娘を下ろすと丁寧に包帯を解いていく。

「あの時は守ってやれずすまなかった」
「ナギが謝ることじゃないよ。ナギは邪神退治で体力が限界だったんでしょう?」
「……否定はしない。あの後俺も眠ってしまったからな」

血のついた包帯から新しい包帯へと変える。巻き終わるとナギは「もういいぞ」といい娘に寝るよう促す。娘は夜着を被ろうとしてその手を止めた。

「ナギ」
「どうした?」
「……ありがとう」

娘は照れ臭そうにそう言うと夜着を頭まで破った。数分して衣擦れの音がする。視界が明るくなりナギが顔までかかった夜着をどかした。そしてそっと顔を近づけると娘の額に口づけする。

「俺はお前が生きていてくれるだけで嬉しい…」
「ナ…………ギ…?」
「弱っているところをつけこんでいるみたいで悪い気分だがな」

そう言うとナギは立ち上がり部屋を出て行こうとする。
娘はいつの間にかナギの羽織の袖を掴んでいた。

「待って」
「…………」

ナギが娘の方を振り返った。青い瞳が娘のことを見ている。「片想い継続中」梗夏の言っていた言葉を思い出す。もしこの胸の内側にあり秘めた想いを打ち明けられたらどんなにいいだろうか。
娘は乾いた口を精一杯開くと思いを伝えた。

「……ナギのことが好き、です」

沈黙がとても苦しかった。袖を掴んだまま顔を俯かせる。悪いのはナギの方だ、額に口付けをして部屋を出て行こうとするのがいけない。そんな文句を頭の中で考えているとナギがしゃがみ込んで娘の顔を覗き込む。綺麗な青い瞳に見据えられて娘は顔に熱が上るのを感じていた。

「俺のことが好きなのか…?」
「……うん」

小さな返事でそう答えた。するとナギは優しい手つきで娘の頬を撫でるとそっと親指で唇をなぞる。艶かしい動きに娘が視線を逸らし堪えているとナギは娘に言う。

「水神と人間だ。生きてきている年数も桁違い、ましてや生きていられる年数も違う。俺はお前が愛しい。好きだ。けれど人間の寿命は短い、先にお前が逝ってしまうとなると酷く悲しいんだ」
「…………それは私の告白を断る理由になるの…?」
「いや、ならないな。俺も花雨のことが好きだ。だから後悔しないように幸せを分かち合うぐらいのことはできるだろう?」

そう言うとナギは娘のことを抱きしめる。腕の傷に負荷がかからないよう優しく抱きしめてくれる。小袖から漂う香の匂いやナギの心臓の音も間近から伝わり、娘は幸せでいっぱいだった。この恋が……幸せに続くように願う。
娘はナギの腕の中で幸福を噛み締めているとふわっと香の匂いが離れる。ナギは少しだけ赤らめた頬を隠すように顔を俯かせ気味に娘に言う。

「病人相手にこんな態度をとってしまいすまない。雰囲気も、こんな部屋の中でだと台無しではないか……?」
「そ、そこを気にするの…?私はナギの気持ちが聞けただけでも十分に嬉しいし、両思いだってこともわかって、とっても幸せだよ」
「花雨らしいな」

ナギが微笑む。そして立ち上がると「水を持ってくる」と言い部屋を出て行ってしまった。先程のナギの体温がまだ寝間着に残っている。
私のことを好きと言ってくれた。
それだけで嬉しくて、今すぐ飛び上がって井戸に突っ込める勢いすらある。今こうやって安静に寝ていることがとてももどかしい。娘は夜着をぎゅっと握ると膝を抱えて蹲る。全身が火傷を負ったような状態に思わず苦笑する。

「お水、まだかなぁ……」

そうぽつりと呟いた。










追伸:更新が遅れてしまい申し訳ありません。10月5日までには更新できるように頑張ります。

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