生贄の娘と水神様〜厄介事も神とならば〜

沙耶味茜

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30 邪神退治

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風が森の木々を揺らし雨が地を濡らす。暗闇の中、5人の水神すいじんが沼から塒をまいて這い出てくる大蛇たいじゃに向かって歩き出している。各々うちに秘めた思いを胸に歩いているように娘は見えた。生贄の沼で数え切れないほどの人間が犠牲になってきている。そのうちの1人に水神達が慕ってきた奥方様も含まれていると思うと胸が痛む。
後ろから打掛うちかけで娘ごと覆っている泣沢女なきさわめの顔を見ると、とても心配そうにナギ達のことを見ていた。

「大丈夫かな……」
「……あの方々はお強いので大丈夫です。ですが私は………力が弱いからあの方々に助力することができない」

心配そうな顔は一瞬にして悲しい顔へと変わった。自信なさげに瞼は閉じられている。泣沢女は戦うほどの力がないため娘とこうして見守ることしか出来ない。けれど娘だってただの人間だ。力も弱く長く生きることさえできない、ナギ達にとってただのお荷物に過ぎないのに、ナギ達は優しいのだ。とても。

「私だって同じだよ」
「…………………」
「泣沢女よりも無力な人間だもの」

娘は泣沢女の目を見て言った。「だからお互い様だよ」と。暗闇の中、泣沢女の瞳が大きく見開かれるのが分かった。そして小さな声で呟く。

「……でも…花雨さんからは微量ですが霊力を感じます」
「え?い、今なんて…」

言いかけたその時、耳を劈く程の雷鳴が轟いた。振動で地面が揺れ、空が絶え間なく光り輝き、とても大きな影が見えた。娘は驚き、ぎゅっと目を瞑ったが甲高い鳴き声が聞こえた瞬間、顔を上げ空を見上げる。
一度見た事のある光景に思わず息を止めて見入ってしまう。青白く光り輝く空にいたのは白龍はくりゅう黒龍こくりゅう。龍の姿の礼花れいかとナギが沼の上を旋回している。

「ナギ‼︎礼花‼︎」

娘は衝動で名前を叫んでいた。この豪雨の中、娘の声は届いていないかもしれないが少しでも力になれるように、その光景を目に焼き付ける。地上ではくにあめが札を使い結界を張っていて、比売ひめは大刀を手に大蛇の硬い鱗で覆われた長い胴体を攻撃されない範囲で、適度な距離を保ちつつ切りつけている。上から、そして地上からも攻撃を受けている大蛇は少しだけ怯んでいた。一目瞭然、戦力は水神たちの方が圧倒的に強い。
雷は絶え間なく大蛇の体へと打ち付けられ美しい白龍と黒龍は舞を踊るように長い髭を泳がせ飛んでいる。この前のようにナギの美しい鱗に傷がついている様子はなく、礼花と共に余裕を見せている。大蛇は複数からの攻撃に怯んでいるかと思いきや、国と天の結界を破り突如姿を消した。かと思いきや再び黒い靄に紛れて出現し、国に向かって鋭い牙を向けて長い胴体をくねらせている。

「国‼︎」
「厄介な蛇めっ………天‼︎こっちに来ては駄目です‼︎再び結界を張って大蛇を沼に閉じ込めてください!」
「でも国がっ‼︎」

国は大蛇を前に結界を張り、喰われまいと踏ん張っている。けれど国の様子が心配でしょうがない天は未だ結界を張れずに国を助けるか悩んでいる。双子はいつでも一緒だ。血の繋がりは大事、片方を失ってしまうともう片方は悲しみに打ちひしがれるのは目に見えている。天が手に持っている札を下ろし、国の方へと足を向けたその時、空から一筋の光りが振り下ろされる。
一瞬のことでよく分からなかった娘は雨の中目を見張り、大蛇の傍に佇んでいる人物を見つけ驚く。

「あんた達はいつまで経っても子供ねぇ、辞めなさいよ。そういうごっこ遊びみたいなやつ」

大刀を手に比売ひめが佇んでいた。大蛇の胴体は2つに切れている。切れたところから黒い靄が流れ出ていて禍々しい物が辺りに渦巻いていた。国は急いで天の元に駆け寄ると体の体温を分け合うかのように抱きついていた。

「天の馬鹿っ‼︎なんで結界を張らなかったんですか‼︎」
「っ……国が死んだら嫌なんだよ‼︎国が死ぬんだったら俺だって死ぬ‼︎」
「あ、貴方は水神ですよ!人間の願いを聞く貴方がそんな事を言ったら……」
「俺たちは2人で1つなの。文句言わないでよ」

天が国の背に手を回し強く抱きしめた。暗い雨の中、2人の髪色がより一層浮かび上がる。国は目を大きく見開いて瞳を潤ませていた。泣いているのか、それとも雨に晒されているだけなのか分からない。名残惜しそうに天は国から離れると大蛇に向かって札を投げつける。

「比売さんが切ってくれたから弱ってるはず。今のうちに結界を張って大蛇を沼に閉じ込めよう」
「……そうですね」

国は懐から札を取り出すと術を唱え始めた。その頃比売は大刀を手に霊力を注ぎ込み一振りで大蛇の胴体を切っている。到底女の人の力とは思えない。
娘は冷や冷やしながらその光景を泣沢女と共に眺めていた。雨で体温が奪われていく中、さらに焦燥感が募って手が小刻みに震える。

「比売さんはお強いんですね…」
「えぇ。女性の水神の中でも1番お強いかと…」
「えっ、水神ってまだいるの…⁉︎」
「顔を出さないだけで非積極的な水神は多いかと…」

水神の領域が未だに理解できていない娘は緊張感の中驚く。すると突如大声が聞こえてきた。

「結界を張りました‼︎今ですよナギ様っ‼︎」

国が空に向けて声を発している。それに答えるかのようにナギは甲高い声で鳴き、早い速度で沼へと真っ直ぐに降りてくる。空からの一筋の雷と共にナギは沼へと突っ込んでいった。とても大きな水飛沫が上がり沼の水があたりに散らばる。そして所々に白骨化してバラバラになった骨もあった。生贄達の骨だ。
水飛沫が沼に大きな波紋を作った後、それから数分が経った。未だ視界に変化はない、雨の音だけがよく聞こえる。ナギと大蛇はどうなったのだろうか、不安が増していき娘は押しつぶされそうだった。
目を凝らして沼を見ていると沼の淵に誰かが這い上がってくるのが見える。手には何かうねうねしたものを持っていた。あれは何だといった様子で見ていると力が出ないのか沼の淵で誰かがぐったりと横たわる。結ってあった長い黒髪は雨や泥水で濡れてぺったりしている。けれど綺麗に光る青い瞳を見た瞬間娘は一瞬で分かった。
天の「もう疲れた」と言う言葉を耳にして娘は理解する。邪神はいなくなったと。
娘は泣沢女に目配せすると雨の中すくんだ足をめいいっぱい走らせた。そしてナギの元へと駆け寄る。横たわっているナギの手には小さくて細長い黒い蛇が握りしめてあった。逃げ惑うように動いている。

「じゃ、邪神………?」
「……………本来の姿だ」

ナギは龍になった反動で相当疲れている筈だ。手に力を込めることさえ億劫そうに見える。怠そうに娘に言うとこちらに向かってきた天に本来の姿の邪神を手渡す。

「こんな姿になっちゃって、惨めですね~お蛇ちゃん」

天が力のない邪神を最大限煽っているのを横目に見つつ、娘はナギの顔についた泥を袖で拭う。ナギは目を瞑ったまま動かない。

「ありがとうナギ。過去の生贄の子達が少しでも報われるといいね……」

娘が嬉しい笑みを浮かべるとナギは重い瞼を開けて娘を見た。娘の頬に手を伸ばすとぽつりと呟く。

「お前も報われるといいな」

娘は心の奥がなんだかむず痒くなった。本当に報われたいと願っているような感覚になる。この状態をどう説明したらいいのか分からずとりあえず娘が何か言おうとしたその時。
風を素早く切る音と共に腕に矢が突き刺さった。

ーーーーーーえ?

娘は自らの腕をみて硬直する。重く鈍い痛みがじわじわとやってくる。腕からは血が滴り落ち地面に血溜まりを作る。赤く鉄臭い匂いの血はナギの小袖にも染みを作る。

「痛い……痛いっ!血が……!」

ナギは重い体を起こし驚いた様子で娘の腕を見る。突き刺さった矢を見た途端に表情を険しくした。ナギは矢に手をかけ優しく引き抜くとその矢が飛んできた方向を見る。雨は先ほどよりも少し弱まっていた。目線の先には木々かあるだけで人の気配を感じない。

「止血をっ…しない…と」
「少しまて」

ナギは娘の腕を掴むと傷口に手をかざし術を唱えた。

「清めよ」

薄らと光が灯ると袖も腕も血まみれだが傷口が少しだけ塞がったような気がする。娘は未だ震える腕を押さえるとナギに言う。

「な…………なぜ矢が………?」
「邪神を始末したところで終わりではなさそうだな…………そろそろ俺も眠りにつきそうだ……」

ナギは重い瞼を必死に開けているように見えた。するとどこかから足音が聞こえてきて娘達の前で止まる。顔を上げると礼花を肩に担いだ比売が傍に立っていた。

「ナギ様ももう限界なのぉ?……礼花ちゃんはもう眠りについちゃったから私が運んできたけどさぁ……それに、何この穢れの血?」

比売は娘の腕を一瞥するとずれ落ちてくる礼花を抱え直し、ナギに言った。

「矢が……飛んできた」
「飛んできた方には誰か行ったのかしらぁ?」
「国が探しに行ったが…………。すまない俺もそろそろ限界だ」

ナギは何かがぷつんと切れたように、体の軸が揺れその場に横たわった。瞼は閉じられている。

「泣沢女ちゃ~ん、ナギ様を運んでくださらない?それと天はその手に持ってるやつを始末しちゃってねぇ。国はそろそろ戻ってくると思うわよ。それと…………娘ちゃんも屋敷にもどるわよ」

的確に指示を出すと比売は札を取り出し屋敷へ繋ぐ時空の歪みを作り出す。そこに足を踏み入れると途端に景色は変わり、屋敷の庭に立っていた。

御津羽みつはちゃん。いるかしらぁ?」
「おかえり比売ちゃん。それに……君も血まみれだね」

御津羽は娘を見るとそう言った。娘自身、邪神にも色々傷つけられ、とても疲弊している。安心な屋敷に来て気が抜けると娘は視界が歪み地面に倒れ込んだ。

「え?花雨ちゃん?」
「出血しすぎたのよ。3人とも駄目ねぇ」

そんな声を微かに聞きながら娘はそこで意識が途絶えた。




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