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23 御津羽

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娘は昼食を食べた終えた後、自室へと戻り文机の上に置いてある赤い糸であやとりをしていた。いつも通りこの屋敷で保護されてる形でここに住まわせてもらっているため、暇を持て余していた。最近、幼い頃に何をして遊んでいたのかすら記憶が曖昧になってきている。幼い頃の記憶とはそういうものだろう。覚えているのは川で遊んでいたことと、両親の手伝いをしていたことぐらい。あとは人形遊びもやっていた。女の子らしい遊びだ。
娘が黙々とあやとりでいろんな形を作っていたら解く時に糸が絡まる。細い糸なのであちこちで絡まってしまい娘は混乱した。

「うっ………面倒なことになっちゃった……」

娘は解くのを諦めて文机ふづくえに突っ伏すと大きなため息をついた。そしてもう一度解こうとして顔を上げると耳元で誰かに囁かれる。

「あやとりをして遊んでるの?」

娘は「ぎゃあっ」という汚い声を出して文机に乗り、後ろを振り返ると目の前の赤い目と目が合う。顔が非常に近くて、後ずさろうとしたがあいにく壁なため動けない。というか、文机に座っている時点で非常にはしたない。娘が目をつむり何かされるかもしれないと覚悟していると、笑い声が聞こえくる。薄らと目を開けて見てみると見知らぬ顔の人物がそこにいた。
襟足が少しだけ長い黒髪に赤い目。小袖も羽織も黒色で真昼だというのにそこにぽっかり暗闇ができたようだった。彼はこちらに目線を向けると距離を詰めてくる。娘は咄嗟にあやとりを投げたがふわふわと床に落ちた。あたりまえだ。こんな細い糸で何ができる。
見知らぬ人物、いや水神であろう彼は娘の手首を掴むと引き寄せて、まじまじと顔を見られる。そして面白さそうに笑うと娘に言った。

「あやとりを投げて来てどうしたの?まさか、僕がこんな細い糸切れで怯むなんて思ってないよね?」
「お、おぉ思ってないです」

顔に当たって相手が戸惑っている隙に逃げようなんて思ってないです。全然。
水神は「ふーん」と言って娘の手首を離すと娘の顎を掴み顔を上に向かせる。冷ややかな赤い目が娘を見下ろしていた。初対面なのに距離感が尋常じゃない。娘が恐怖で石のように固まっていると水神が喋りだした。

「人間がいるって比売ひめから聞いたからちょくちょく見に来てたけど、近くから見たらただの貧相な人間の小娘じゃん。奥方様に少しだけ似てるけど、さほど大して面白みないね」
「……………………は?」

すごい言われように娘が少々イラついているとその様子が珍しいのか目だけ笑っている。非常に怖い。じわじわとくる威圧感が非常に怖い。見慣れない水神なため、名前も不明だ。もしかしたらナギが言っていた『御津羽みつは』という水神すいじんだったら娘は嫌なやつに絡まれたとしか言いようがない。あのくにあめも嫌っていたぐらいだ。精神的にやられそうで怖い。
顎から手が離れるとまた両手首を掴まれ、娘の首筋に唇を這わせる。変な感覚がして逃げようとするが何故か体がいうことをきかず、思うように動けない。水神すいじんの赤い目が娘の内側を見ているようで内側の奥底で何かがざわめいている感じがした。唇が首筋から鎖骨へと動き、体がびくりと動く。
怖い。やめて。私は貴方を知らない。

「やっ………やめて!」

急に体が動くようになり娘は水神を思いっきり突き離す。すると水神と娘の間に強い風が生じ、黒いもやが姿を表した。黒い靄は以前娘が夜中に首を絞められた時と同じものだった。ということは怨念おんねんである。けれどこの前とは少し違い黒い靄は黒い人形へと変わる。娘よりもやや低い身長の女性の姿になると怨念は水神へと襲いかかる。目の前の水神はというと手元に水を集中させ、それと同時に怨念も水神の力に耐えられず黒い靄となってそれに吸収されていく。跡形もなく怨念が手元の水に吸収されると水は黒く濁った球体となった。そしてビー玉のぐらいの大きさになると水神はそれを懐に入れる。
あまりの一瞬の出来事に娘が口を開けて見ていると水神はにっこり笑ってこちらを見る。

「生贄の娘は怨念をたくさん取り込んでるから、浄化しがいがあるね。でもまだまだ君に取り憑いてる怨念がたくさんいるらしいけどどうする?手荒な真似はしたくないんだけど」
「ま、まず貴方は誰なの⁉︎それに…なんで私の中にそんなに怨念がいるのよ…」
「ナギ達に聞いてると思うけど、僕は御津羽みつはっていう水神だよ。よろしくね」

そう言うと御津羽みつはは娘の手を取り手の甲へと口付けをする。先程から距離感がおかしい。妙な冷や汗が止まらない。

「んで、怨念の正体なんだけど…さっきあやとりしてたでしょ?」
「あやとりはしてたけど…」
「君に取り憑いてた怨念が君があやとりをするように誘導してたんだ。怨念に操られてたって言った方が早いかな。若い娘の怨念だったから遊びたかったんだろうね」

確かに、暇だったということもあり、何故か目の前に置いてあるあやとりに手を伸ばしどこか上の空でやっていた。御津羽みつはに詰め寄られた時、娘とは違う誰かがそれを拒んでいるような感覚があった。娘は操られていたのかと思うと背筋に怖気が走り鳥肌を抑えるように自分の腕をさすった。ふと娘が投げたあやとりが床に落ちたところをみると赤いあやとりは消えている。きっと若い娘の怨念の所有物だったのだろう。娘の体の中に一体いくつもの怨念が取り憑いているのだろうか。あの沼で犠牲になった娘達は一体何を思い沈められていったのか。時折急激に悲しくなるのも、復讐心や嫉妬心が湧くのも、娘に取り憑いている怨念のせいなのかもしれない。
娘が俯き、考え込んでいると御津羽みつはは娘の頬に手を伸ばし優しく撫でる。何故この水神はこんなにも娘のことをべたべたと触ってくるのだろうか。好きでもない人に触れられるのは流石に引け目を感じる。けれど御津羽はそんな娘を見て微笑むと口を開く。

「君は優しすぎるが故に自信を傷つけてるんだね。奥方様と一緒だ」
「奥方様………」

水神は皆「奥方様」と口にする。娘と奥方様はそんなにも似ているのだろうか。生贄の娘という点に関しては同じ境遇のもの同士だが、そこまで言われるとなんだがおかしく思える。御津羽は赤い目を細めると頬から手を離し障子の方へと足を向けた。

「そろそろお暇させてもらうね。君のこと気に入ったしまた狩りにくるかもだからよろしく」

にやりと笑うと部屋から出て行く。呆然とそこに立ち尽くしていると今度は足音がバタバタと聞こえてきて娘の部屋の前で止まった。そして勢いよく礼花れいかが入って来る。

「い、いぃ、今御津羽みつはいたでしょ⁉︎⁉︎絶対なんかされたよね?大丈夫だった?怪我してない?嫌なことされてない?」

過保護すぎるいつもの礼花の態度に娘は安心しつつ、特にこれといって本当に嫌っていうことはされてないと伝えると「本当に嫌?じゃあ嫌なことはされたの?」と、問い詰めてくるので娘は礼花の横をするりと抜けて部屋を出る。そして縁側を走った。
礼花の心配そうな声が聞こえてきたがもうなんてことない。こんなにも日々が穏やかなのは逆に楽しいのではと感じてしまう。娘は思わずふっと笑ってしまう。
すると突如耳にかすかに聴こえる女性の声がした。娘は周囲を見渡したが誰もいない。くすくすと笑ったのち、嬉しそうな声で女性はこう言った。

「生贄の娘は必ず救われる、だってみんな優しいもの」

それは誰なのか娘にはわかっていない。ただわかったことは「水神は優しい」という思いだった。







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