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娘は礼花が話してくれた泣沢女についての話を聞いて涙を流していた。
とても悲しかった。友人となった巫女が亡くなってしまった、今もなお泣いている泣沢女がとても可哀想で。
「ずっと泣いているんだよ、井戸のほとりで。あそこの空間だけは、人間の世界と神の世界がゆういつ繋がる場所だから」
「何で礼花達は声をかけてあげないの?」
「声は……かけてるんだけど、僕たちには向いてないかも………」
泣沢女の心に揺るがない何かがあるのかもしれない、そんな風に娘はおもった。
目元の涙を拭うと娘は立ち上がった。
ほっといてはいけない、また会いに行くと約束した。
「………もう一度、会いに行ってきます」
「花雨ちゃんは本当に優しい子なんだね」
礼花は苦笑すると娘と一緒に玄関まできた。
そして一本の傘を手渡される。
「濡れて帰ってこないようにね」
圧がすごかったが娘は頷くと下駄を履いて外へ出た。
雨は今もなお降り続けている。ナギが降らせていると思うと少しだけ気分が上がった。
しばらく進んでいると、井戸が見えてきた。案の定、泣沢女は井戸にいた。青い朝顔を手に見つめている。その光景がとても儚く今にも消え入りそうだった。砂利道を踏みしめながら井戸へと近づく。
泣沢女が足音がするのを聞いて顔をあげ、娘の方を見た。青緑の瞳が娘を映し出す。
「もう来てくれたの。朝方、あったばかりじゃない」
涼やかな眼差しは娘のことを一瞥すると朝顔を見て懐かしむように娘の耳へとかける。娘は泣沢女のことを見つめた。
人間の娘を、巫女と照らし合わせているのだろうか。未練がましく、いつまでも巫女の死を悲しみ、涙を流しているのではないだろうか。
娘は泣沢女が雨で濡れないように傘を差し出すと、こう言った。
「私は巫女ではないわ。花雨という人間よ」
泣沢女は虚をつかれたように少し驚くとやがて苦笑する。
「えぇそうね…………巫女はもういない」
沈黙が続き、雨の音がとてもよく聞こえた。娘が「心配しないで」と軽い言葉をかけようと口を開けかけた時、泣沢女が先に言う。
「私が、友人になったばかりに………死んでしまったのではないのか」
その言葉は不安と怯えだった。
泣沢女は巫女のことを助けたいと、友人になってほしいと願ったばかりに巫女のことを知らないうちに傷つけてしまったのではないだろうかと。自分自身が殺してしまったようなものではないだろうかと。
不安と怯えがどんどん募ってゆき、今の泣沢女の心の中は泥まみれだった。色々な感情が混ぜ合わさっている。
ただここで「可哀想」なんて事を思っていては、ダメだ。泣沢女は可哀想なまま何も変わらない。情けをかけるだけかけて放置するのは良くない。
娘は泣沢女に言った。
「私がもし巫女だったとしたら、貴方の泣いている姿なんて見たくない」
「…………どういうこと?」
「つまり、貴方がないていたら巫女もきっと悲しい。だって巫女は貴方のことが大好きだったんでしょ?大好きな人が泣いているところを見るのは誰でも悲しいもの、だから泣かない」
「………………」
娘が村の儀式から逃げる時、両親の泣いている姿は胸が締め付けられるように痛かった。
大好きな人には、笑っていて欲しいのだ。
今もずっと思っている。
「笑いましょう!笑った方が可愛いわ」
娘は明るい声でそう言った。泣沢女は青緑の瞳に輝きを見せると美しい笑顔で笑った。
雨の音は次第に静かになり空から光がさしてきた。
洗い立ての大地が今の泣沢女を映し出しているようで、それはとても清々しい夕方だった。
「ありがとう」
泣沢女はそう言った。
とても悲しかった。友人となった巫女が亡くなってしまった、今もなお泣いている泣沢女がとても可哀想で。
「ずっと泣いているんだよ、井戸のほとりで。あそこの空間だけは、人間の世界と神の世界がゆういつ繋がる場所だから」
「何で礼花達は声をかけてあげないの?」
「声は……かけてるんだけど、僕たちには向いてないかも………」
泣沢女の心に揺るがない何かがあるのかもしれない、そんな風に娘はおもった。
目元の涙を拭うと娘は立ち上がった。
ほっといてはいけない、また会いに行くと約束した。
「………もう一度、会いに行ってきます」
「花雨ちゃんは本当に優しい子なんだね」
礼花は苦笑すると娘と一緒に玄関まできた。
そして一本の傘を手渡される。
「濡れて帰ってこないようにね」
圧がすごかったが娘は頷くと下駄を履いて外へ出た。
雨は今もなお降り続けている。ナギが降らせていると思うと少しだけ気分が上がった。
しばらく進んでいると、井戸が見えてきた。案の定、泣沢女は井戸にいた。青い朝顔を手に見つめている。その光景がとても儚く今にも消え入りそうだった。砂利道を踏みしめながら井戸へと近づく。
泣沢女が足音がするのを聞いて顔をあげ、娘の方を見た。青緑の瞳が娘を映し出す。
「もう来てくれたの。朝方、あったばかりじゃない」
涼やかな眼差しは娘のことを一瞥すると朝顔を見て懐かしむように娘の耳へとかける。娘は泣沢女のことを見つめた。
人間の娘を、巫女と照らし合わせているのだろうか。未練がましく、いつまでも巫女の死を悲しみ、涙を流しているのではないだろうか。
娘は泣沢女が雨で濡れないように傘を差し出すと、こう言った。
「私は巫女ではないわ。花雨という人間よ」
泣沢女は虚をつかれたように少し驚くとやがて苦笑する。
「えぇそうね…………巫女はもういない」
沈黙が続き、雨の音がとてもよく聞こえた。娘が「心配しないで」と軽い言葉をかけようと口を開けかけた時、泣沢女が先に言う。
「私が、友人になったばかりに………死んでしまったのではないのか」
その言葉は不安と怯えだった。
泣沢女は巫女のことを助けたいと、友人になってほしいと願ったばかりに巫女のことを知らないうちに傷つけてしまったのではないだろうかと。自分自身が殺してしまったようなものではないだろうかと。
不安と怯えがどんどん募ってゆき、今の泣沢女の心の中は泥まみれだった。色々な感情が混ぜ合わさっている。
ただここで「可哀想」なんて事を思っていては、ダメだ。泣沢女は可哀想なまま何も変わらない。情けをかけるだけかけて放置するのは良くない。
娘は泣沢女に言った。
「私がもし巫女だったとしたら、貴方の泣いている姿なんて見たくない」
「…………どういうこと?」
「つまり、貴方がないていたら巫女もきっと悲しい。だって巫女は貴方のことが大好きだったんでしょ?大好きな人が泣いているところを見るのは誰でも悲しいもの、だから泣かない」
「………………」
娘が村の儀式から逃げる時、両親の泣いている姿は胸が締め付けられるように痛かった。
大好きな人には、笑っていて欲しいのだ。
今もずっと思っている。
「笑いましょう!笑った方が可愛いわ」
娘は明るい声でそう言った。泣沢女は青緑の瞳に輝きを見せると美しい笑顔で笑った。
雨の音は次第に静かになり空から光がさしてきた。
洗い立ての大地が今の泣沢女を映し出しているようで、それはとても清々しい夕方だった。
「ありがとう」
泣沢女はそう言った。
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