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過去編:夏の華
しおりを挟む『貴方を待っている』
強い風が吹き美しい黒髪が紅い花とともに揺れる。
彼岸花を手に紅い大地に佇む彼女は今にも消えてしまいそうな程、儚く、美しい。
ずっと待っているのだ。この彼岸花が咲き誇る中で。
先に行ってしまった愛する人を。
水神を。
「生贄?そんなの嫌に決まってるじゃない。なんで私なのよ」
昼間、村の男どもが家に訪ねてきた。
要件は『土地神にこの家の娘を授けることが決まった』だそうだ。
もちろん嫌に決まっている。
「そもそも私の人生をあんた達で勝手に決めないでくれるかしら。土地神が何よ?土地神なんて必要ないでしょう。この村の稲が枯れているのはあんたらがちゃんと世話しないからでしょ!」
そしてはっきり「こんな儀式辞めてしまえ」と言った。
村の男どもは半分呆れ、もう半分は怒りに震えていた。
「女の分際でっ………!!」
「土地神様に何てことを………っ!!」
「意地でも世話しなかったことを認めないのね」
娘は肩をすくめた。本当にあきれた男どもだ。
すると1人の男が娘の前に出てきて大声で怒鳴った。
「村長からの命令だっ!!望日の夜に儀式を行う!心の準備でもしておけっ!!」
そういうと男どもは去っていった。
娘はその場で腕を組み考え込む。
普通にまずいことになった。
娘の両親は現在都に行っている。稼ぎのためだ。
満月の日は近々訪れるはずだ。娘はよく空を見上げては両親の帰りを待っていた。近くにいなくても、同じ空を見ることはできる。
このままでは両親ともお別れの挨拶が出来ずに沼に落とされるかもしれない。
いや、逆に余計な心配をかけさせないで済むかもしれない。
「最悪だわ………」
「難しい顔をしてどうしたんだい?」
突然背後から声がした。
声をかけてきたのは村のどこかに住んでいるであろう、青年だ。
ふらっと現れてはよく娘の話し相手になってくれていて、出自などは謎に包まれている。
「あら…いたのね。いつから?」
「君の前から大勢の男が去っていったあたりから」
この青年はどこか人間離れしていた。容姿はいたって普通なのだ。日に焼けて色素が薄くなった髪に真っ黒な目と薄汚れた袴。
けれど存在感がどこか歪だった。まとっている気配が冷たい。人の温もりがない感じがした。
「一体何を話していたの?」
言おうか言わないか迷った娘は………口を開いた。
「土地神に生贄を捧げなくちゃいけないの。その生贄に私が選ばれたのよ」
青年は「えっ」っと言う声を漏らし、とても驚いた顔をしていた。
娘は死ぬかもしれないが青年は死なない。自分のことのように驚く青年に少しだけイラついた。
「貴方が死ぬわけじゃないのに何でそんなに驚くのよ。代わりになってくれるとでも言うの?無理でしょう?」
嫌味をぐちぐちと言っていると青年は俯いて黙りこくってしまった。
少し言いすぎてしまったと思った娘は、青年の方をチラチラ見ながら言う。
「まぁ……私が儀式に参加すればいいだけの話なのよ。犠牲者が出るのは私1人で十分だわ。よかったわね、青年」
そう言って家の中に入ろうとした時、青年に腕を掴まれた。
驚いて振り向くと、真剣な眼差しをした青年が娘を見ていた。
そして衝撃的なことを言う。
「儀式の時。僕が助けに行く」
助けに行くと断言した。
娘は一瞬ぽかんとほうけた顔になったが言葉を反芻して現実に戻る。
「何言ってるのよ!!できっこない!!」
村長の命令は絶対だ。それに現実的に考えてこの青年が1人の娘を助け出すのは不可能に近い。
励まそうとしてくれたのだろうか…。そうだったのならあまりにも下手すぎる。
娘はため息をつくと掴まれている腕を振り払う。
「気持ちだけ受け取っておくわ……。それと今夜私はここを出る。今決めたわ、だってこんな狭い村の儀式で、殺されるなんてやっぱ無理よ」
死ぬのならもっと幸せな形で死にたい。
「私の助けになりたいのならこのことは誰にも言わないでね。特別に……貴方にだけ教えてあげるわ。だって私が寂しい時に面白い話を沢山聞かせてくれたもの。お礼とまではいかないけれど、これからも私のことを覚えていてね。約束よ」
娘は生贄になる前にこの村を出ることにした。
そのことを伝え、家に入ろうとしたがあることを思い出して振り返る。
「覚えておきなさい。私の名前を」
そして娘は満面の笑みで青年に教える。
「梗夏よ、生贄の儀式から逃げ出した女」
夏の美しい華の娘。
そして青年に恋をした。
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