生贄の娘と水神様〜厄介事も神とならば〜

沙耶味茜

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11 父の似た影

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朝食をとった後、娘は自室に戻り考え事をしていた。考え事というより自分の名前を思い出そうと必死に思考を働かせていた。

「思い出せない……う~ーー…」

記憶にないものを掘り返すなんて意味のない行動だ。けれど少しでも希望を持ちたい娘には必要なことだ。
仮にもし名前を失ってしまい、両親から忘れ去られてしまったらと思うと娘は生きる希望をなくしてしまう気がした。
生きるための理由を見つけるために娘は必死に名前を思い出そうとするが綺麗さっぱり覚えていない。

「父さん母さん………」

脳裏に2人の顔が浮かび上がる。
茶の間から見た台所に立っている母の背。縁側に座って外を眺めている父の横顔。
記憶にある2人の姿は鮮明に覚えている。
最後に別れた時の泣き顔も…。

「………おい」

娘は過去の思い出に耽っていて、足音や障子が開く音さえも聞こえていなかった。
だから目の前にいる人間……いや、水神すいじんに気づいていなかった。急に声をかけられ、娘は驚き後ずさった。

「な、な、なんですか!?」

そこに立っていたのはナギだった。

「涙が出ている。そんなに俺が怖いか」
「あ…………そ、そうです!ちょっと顔が!怖くて!!」

あからさまにナギが不愉快そうな表情をする。
咄嗟にでてきた誤魔化しも通用したらしい。ナギが頑張って笑顔を作ろうとしているが逆にこの世の人間を殺してやるといった表情になっている。
娘は涙を拭いナギに問いかける。

「何か御用で…?」
「あぁ、少しついて来い」

ナギは笑顔を取り繕うのをやめ歩き出す。娘はそれに少し距離をあけてついていった。
屋敷の中は広く玄関に着くのがやっとだった。
与えられた下駄を履くと久しぶりの外に出た。みずみずしい新鮮な空気を全身に浴び、心が清くなった気がした。

「神が住まう場所だ。清くなかったらどうする」

心を読まれているのかと思った。
娘は驚き前を歩くナギの顔をみた。ナギはこちらを振り返り娘のことを見た。

「水神がいるんだ。常に浄化されてる」

水神が住まう場所と聞いて娘は少し足がすくむ。ただの人間が清い場所を歩いていいのだろうかと。

「ただの人間がここにいていいの…?」
「問題ない」

ナギは娘の瞳を見つめてからまた前を向いて歩き出した。
寡黙だがいつも気を遣ってくれているきがした。
多くは語らず目を見て話す。娘は父に少し似ていると思った。

「ナギちゃ~ん、この女の子なぁ~に~?」

突如猫撫で声の女の人がナギの側にふわりと現れた。
深緑色の髪を腰までの高さで切りそろえており、美しい琥珀色の瞳を持っている。肌は艶があり白く、手の指も触れてしまえばすぐ折れてしまうような美しい指だ。
女の人はナギの腕に自分の腕を絡めると美しい笑みを讃える。

「今日はお休みなのね?私と一緒に飲まない?」
「断る。離れろ」
「人間なんかよりもいいじゃなーい、なんだか貴方たちをみてると昔を思い出して怖気がしちゃうわ」

女の人はこちらを一瞥する。

「その小袖、まだあったのね。全然似合ってないわ」

言葉の一つ一つに棘を感じる。

「向日葵なんて人間には大きすぎて下品と扱われているんじゃないの?よく着れたものだわ」

娘は今すぐこの場から逃げ出したかった。この女の人は一体何者なのだろうか。こんな小袖、今すぐ脱ぎ捨てて逃げ出したい。
娘が一歩後ずさって逃げ出そうとしたその時。

「小言はやめろ」

ナギは女の人を突き放し娘の前に立った。

「昔の話をいつまでもネチネチと言うな、鬱陶しい。亡き人のことを悪く言うな比売ひめ
「あらやだわ。思ったことを言っただけよ」
「分をわきまえろ」
「………………」

比売と呼ばれる人は鋭い目つきをする。
すると何か吹っ切れたように目つきを和らげ急な風と共にふわりと消えた。

「な、何者だったの……」
「同じ水神だ。世辞も嘘も苦手だから正直なことしか言えないやつだ。よくそれで皆を困らせている」

ナギがそれを言うか、と内心思っていたがそこは空気を読んで何も言わない。

「男癖が悪い、女を極端に嫌うから気をつけろ」

けれどあの時娘の前に出て庇ってくれたことは嬉しかった。
清々しい晴天の中砂利を踏む音と水の流れる音が響いている。
父に似たその背を娘は追いかけた。
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