生贄の娘と水神様〜厄介事も神とならば〜

沙耶味茜

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10 仮名

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「…………………」

縁側を通り居間に入ると礼花れいかが目を見開いて娘のことを見ていた。

「その小袖こそで………」
「奥様の物を着せました」

礼花はどこか寂しげな表情をしてから目を瞑り、微笑んだ。

「似合ってるよ」

その言葉は誰に対して言っているのか娘にはわからなかった。娘に対して言っているのか、それとも奥様・・に対して言っているのか。
きっと………。
きっと奥様はもうお亡くなりになられている。それもきっと悲しい別れ方で。
くに礼花れいかも一瞬見せる悲しげな表情がそれを物語っている気がした。
美味しそうな料理が置かれた箱膳はこぜんの前に正座をすると皆一斉に手を合わせいただきますと言い食べ始める。
ナギ、礼花れいかくにあめ、娘の箱膳が置いてあるがあと2つの前には誰もいない。

「あ、あの………あと2人来るんじゃ」
「いつも来ないから大丈夫大丈夫。それより焼き魚いらないなら頂戴よ~」

娘の焼き魚にあめの箸が伸びたかと思うとそれを国が止める。

「私のをあげるのでこの方の物を取るのは駄目ですよ、天」
「わーい、国好き~」

そして容赦なく国の箱膳から焼き魚を取っていく。
とても微笑ましく可愛い。
国が面倒見のいい姉で天が元気旺盛な弟という感じがした。
娘の村にも小さな子供たちが走り回っていたのを思い出す。子供の面倒を見て欲しいと言って棒手振ぼてふりを肩に担ぎ野菜をみやこに売りに行く人が多かったからだ。子供達と遊ぶのはとても楽しかった。
今頃村の子供達は元気にしてるだろうか…。

「箸止まってるよ?調子悪い?」

天がこちらを覗き込んできたので娘は笑顔を見せる。

「大丈夫、ちょっと考え事してただけ。でももう気にならなくなったからいいの!」

気が緩むと思い出す村にいた時の思い出。
周りを心配させてしまうのは申し訳ないので娘は思い出さないようにしようと思った。

「名前を思い出すまで仮の名前をつけるのはどうだ?」

突然ナギが言い出して、辺りが一瞬静かになった。
最初に口を開いたのは礼花だった。

「な、なんかナギがそれを言うとは思わなかった……」
「皆も思っていただろう。呼びにくいと」
「しっーーー!!!ほんとお前嫌い」

ナギと礼花の口喧嘩が始まった。
仮の名前。
確かにいい案だと娘は思った。それよりも皆が呼びにくいと思っていたことに申し訳なさを感じる。

「仮の名前欲しいです」

それで皆が呼びやすくなるのなら良いと思った。

「つ、つけて欲しいの?」
「はい」
「なんか…複雑な心情とか………ない?」
「複雑な心情……?」

礼花がすごい心配そうな目でこちらを見ていた。
娘は至って平然とした様子で言う。

「そんなものありませんよ……?」

礼花は更に困ったような顔を一瞬だけ見せたがすぐに微笑んだ。

「そっか、じゃあみんなで考えようか」

皆各々考えてくるようにと言った。
この屋敷ではじめてみんなで食べた食事はとても美味しかった。
汁物はとても温かく娘の心も温めてくれるようだった。

仮の名前……どんな風になるんだろ……
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