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9 向日葵の小袖
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娘は梅雨明けの暑さで目が覚めた。昨夜は色々なことがありすぎて気温など気にしている暇もなかった。
起き上がり障子を開けると太陽が東の空に上がっていた。
蝉の鳴き声がそこらじゅうから聞こえてくる。鬱陶しいほどの猛暑に立ちくらみが起きそうだった。
昨夜は娘の名前探しにナギ達が協力することが決まった。そのあと娘は国と一緒に贅沢にも風呂に入り寝巻きを用意してもらい、何から何までお世話になった上で就寝した。村にいた時の娘の生活とはまるで比べ物にならない。
「偉い人のお屋敷みたいだわ……ここ」
障子の先の縁側はずっと向こうまで続いている。
「起きられましたか」
「うわっ!」
背後から急に国に話しかけられて娘は驚く。
儚げに輝く白髪は寝癖など一切なく、肩の高さで切りそろえられており、金色に輝く目は黒く澱んだ娘を写していた。娘はその瞳を見つめ、顔を逸らす。
「あ、暑いですね」
もっと気の利いた言葉があると思うがこういう時に限って出てこない。
「えぇ、そうですね。そのままだと少々お見苦しいので小袖に着替えましょう」
「は、はい………」
国に連れられて襖の向こう側に行くとそこには立派な階段箪笥があり、衣桁には綺麗な花柄の打掛が飾られてあった。
国が 箪笥を開けると、丁寧に畳まれた小袖が色とりどりにあり香の匂いが鼻にくすぐる。
「き、綺麗……なんでこんなにあるの?」
「昔の当主様の奥方のものですね」
箪笥から小袖を取り出すと広げて見せた。
赤い彼岸花が鮮やかに描かれている美しい小袖だった。
「彼岸花…………とっても綺麗」
「奥方が随分と気に入っていた小袖です。曼珠沙華とうちの女どもは言っておりましたが、呼び方はそれぞれです」
「…前の奥方さまはどんな人だったんですか?」
「人間でした。当主様とはとても仲睦まじく幸せそうで、とても美しい方でしたよ」
この屋敷に人間がいたという事実に娘は驚いた。そして幸せそうだったということに少しだけ安堵した。村長が言っていた嫁入りというのはこの奥方なのではないだろうかと思った。だから嫌な思いをしていない様子に娘はそっと胸を撫で下ろす。
国は一瞬悲しげな顔を見せるとすぐに表情を正し、彼岸花の小袖を畳む。
「彼岸花は今の季節ではないのでこちらの方がいいですね」
するとまた箪笥から小袖を取り出した。今度は山吹色の大きな花が描かれた小袖だった。
「これは向日葵と言います」
「向日葵?」
「ええ、とっても珍しいです。日本に生えているのはごくわずかでしょう」
娘が小袖に見惚れていると国が小袖を娘に押し付ける。
「向日葵は大きすぎて下品な花と言われているようですが、私は下品だとは思いません。実物を見た時太陽に向かって咲いている姿がとてもきれいでしたよ。さぁ、お着替えをしましょうか」
国が向日葵の説明をおえると、満面の笑みで娘ににじり寄ってきたため、危機感を覚える。
「私が綺麗に見繕ってあげます」
その言葉とともに娘は国に着飾られた。腰巻きを体に巻き付け、その上から薄紫色の長襦袢の衿を合わせ、余った身ごろを紐で止める。襦袢に合わせるように向日葵が描かれた小袖を羽織り、先ほどと同様に衿を合わせて身ごろを整えると紐で結びその上から紫の帯を貝の口で結んだ。
数分して娘は普段着慣れない高そうな小袖に引きつった笑みを浮かべる。
「大変お似合いです」
先程の何倍もの笑みで国は娘を見つめてくる。貧相な小袖しか着たことがないので動いて破けやしないだろうかと動きが固くなってしまう。
「私はこういう女物があまり好きではないのですが誰かを着飾るのはとても好きなんです」
「そ、そうなんですね………」
すると襖の向こうから声が聞こえてきた。
「く~にーーー。飯」
国の兄弟天が、娘と国を呼びにきた。
「今行きます、天。それよりも見てください、うっつくな娘さんですよ」
娘は背中を押され無理やり歩かされると天の前に飛び出た。先ほどから脅かされてばかりだ。
「うわっ」
「え?すごい綺麗~」
天が娘の頬をペチペチと触ってくる。
娘はというと、山吹色の向日葵の小袖に、暑いというのに髪は綺麗に解かされ下されている。
「礼花さんが見たら目見開いて固まる姿まで想像できるわー」
天は娘と国の手を取ると縁側を歩き出した。
「お腹空いたから早くしてよ」
「私は空いてません」
「国はよくても俺が駄目なの」
この兄弟はやはりどこか子供っぽかった。
それがなんだか可愛らしく娘は目を細め愛おしげに見る。
娘が望んでいた未来にこの光景はきっとあったのかもしれない。そう思うと娘は天の手を優しく握り返した。
起き上がり障子を開けると太陽が東の空に上がっていた。
蝉の鳴き声がそこらじゅうから聞こえてくる。鬱陶しいほどの猛暑に立ちくらみが起きそうだった。
昨夜は娘の名前探しにナギ達が協力することが決まった。そのあと娘は国と一緒に贅沢にも風呂に入り寝巻きを用意してもらい、何から何までお世話になった上で就寝した。村にいた時の娘の生活とはまるで比べ物にならない。
「偉い人のお屋敷みたいだわ……ここ」
障子の先の縁側はずっと向こうまで続いている。
「起きられましたか」
「うわっ!」
背後から急に国に話しかけられて娘は驚く。
儚げに輝く白髪は寝癖など一切なく、肩の高さで切りそろえられており、金色に輝く目は黒く澱んだ娘を写していた。娘はその瞳を見つめ、顔を逸らす。
「あ、暑いですね」
もっと気の利いた言葉があると思うがこういう時に限って出てこない。
「えぇ、そうですね。そのままだと少々お見苦しいので小袖に着替えましょう」
「は、はい………」
国に連れられて襖の向こう側に行くとそこには立派な階段箪笥があり、衣桁には綺麗な花柄の打掛が飾られてあった。
国が 箪笥を開けると、丁寧に畳まれた小袖が色とりどりにあり香の匂いが鼻にくすぐる。
「き、綺麗……なんでこんなにあるの?」
「昔の当主様の奥方のものですね」
箪笥から小袖を取り出すと広げて見せた。
赤い彼岸花が鮮やかに描かれている美しい小袖だった。
「彼岸花…………とっても綺麗」
「奥方が随分と気に入っていた小袖です。曼珠沙華とうちの女どもは言っておりましたが、呼び方はそれぞれです」
「…前の奥方さまはどんな人だったんですか?」
「人間でした。当主様とはとても仲睦まじく幸せそうで、とても美しい方でしたよ」
この屋敷に人間がいたという事実に娘は驚いた。そして幸せそうだったということに少しだけ安堵した。村長が言っていた嫁入りというのはこの奥方なのではないだろうかと思った。だから嫌な思いをしていない様子に娘はそっと胸を撫で下ろす。
国は一瞬悲しげな顔を見せるとすぐに表情を正し、彼岸花の小袖を畳む。
「彼岸花は今の季節ではないのでこちらの方がいいですね」
するとまた箪笥から小袖を取り出した。今度は山吹色の大きな花が描かれた小袖だった。
「これは向日葵と言います」
「向日葵?」
「ええ、とっても珍しいです。日本に生えているのはごくわずかでしょう」
娘が小袖に見惚れていると国が小袖を娘に押し付ける。
「向日葵は大きすぎて下品な花と言われているようですが、私は下品だとは思いません。実物を見た時太陽に向かって咲いている姿がとてもきれいでしたよ。さぁ、お着替えをしましょうか」
国が向日葵の説明をおえると、満面の笑みで娘ににじり寄ってきたため、危機感を覚える。
「私が綺麗に見繕ってあげます」
その言葉とともに娘は国に着飾られた。腰巻きを体に巻き付け、その上から薄紫色の長襦袢の衿を合わせ、余った身ごろを紐で止める。襦袢に合わせるように向日葵が描かれた小袖を羽織り、先ほどと同様に衿を合わせて身ごろを整えると紐で結びその上から紫の帯を貝の口で結んだ。
数分して娘は普段着慣れない高そうな小袖に引きつった笑みを浮かべる。
「大変お似合いです」
先程の何倍もの笑みで国は娘を見つめてくる。貧相な小袖しか着たことがないので動いて破けやしないだろうかと動きが固くなってしまう。
「私はこういう女物があまり好きではないのですが誰かを着飾るのはとても好きなんです」
「そ、そうなんですね………」
すると襖の向こうから声が聞こえてきた。
「く~にーーー。飯」
国の兄弟天が、娘と国を呼びにきた。
「今行きます、天。それよりも見てください、うっつくな娘さんですよ」
娘は背中を押され無理やり歩かされると天の前に飛び出た。先ほどから脅かされてばかりだ。
「うわっ」
「え?すごい綺麗~」
天が娘の頬をペチペチと触ってくる。
娘はというと、山吹色の向日葵の小袖に、暑いというのに髪は綺麗に解かされ下されている。
「礼花さんが見たら目見開いて固まる姿まで想像できるわー」
天は娘と国の手を取ると縁側を歩き出した。
「お腹空いたから早くしてよ」
「私は空いてません」
「国はよくても俺が駄目なの」
この兄弟はやはりどこか子供っぽかった。
それがなんだか可愛らしく娘は目を細め愛おしげに見る。
娘が望んでいた未来にこの光景はきっとあったのかもしれない。そう思うと娘は天の手を優しく握り返した。
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