生贄の娘と水神様〜厄介事も神とならば〜

沙耶味茜

文字の大きさ
上 下
6 / 48

5 生死を彷徨う

しおりを挟む
 どこからか声がする。

「おっかあね、あんたが1番大事なのよ」
「1番?あたし1番?」
「ええ」

 美しい笑顔を見せる姿は娘の母だ。

「おっとうあたしのこと好き?」
「……………」
「すき?」
「恥ずかしがってないで答えてあげなさいよ」
「勿論だ」

 無口だが、少しだけ広角が上がっているのは娘の父の姿だ。
 そしてこの小さな幼な子は娘だ。
 懐かしい昔の記憶。
 この温かな空間にずっといたい。
 家族と笑い合える空間にもう戻れないとなると悲しさでいっぱいになった。
 娘は生贄に差し出されもう死んでしまった。この事実は変えられない。
 けれどここはどこなのか。
 もしかしたら死後の世界なのかもしれない。
 すると目の前にいた幼な子が生きる希望を無くした娘を見つめる。いつの間にか父と母は消え何もない空間に変わっていた。

「ここはどこ?」

 幼き頃の娘に問いかけるが意外な答えが返ってきた。

「川を渡るのはまだ早いよ」

 幼な子は目を瞑り、耳に手を当てるとどこか遠くの音を聞くような仕草をする。
 娘も真似をした。

「聞こえてくるでしょ、貴方のことを思ってくれてる人の声が」

 目を瞑っていると眠気が襲ってきた。
 次に目を開けるとそこは真っ暗だった。しばらく目を開けていたが顔に生暖かい何かが顔に乗っていることに気づく。

「にゃ」

 猫だ。
 娘が寝返りをうつと顔に乗っていたものがいなくなり視界が明るくなる。
 勢いよく起き上がると娘は自分の顔をベタベタと触る。
 これが死後の世界なのかもしれないと思う。
 第二の人生。
 けれど少し違和感があった。娘は泥水を吸った白装束のままで手足にはまだ重石が付いている。髪は湿っていて、まるでまだ現実の世界だと言っているように見える。そして正直に言って吐瀉物を吐き出したいほど気持ち悪い。
 ただ先ほどの沼とは違い畳が敷かれた座敷に娘は寝ていた。
 寝ていたところの畳みが湿ってしまっている。

「どこ?」

 訳がわからなく呟く。
 先程の猫は障子の隙間からどこかへと行ってしまった。
 部屋にいるのは娘1人だけだ。立ち上がって歩こうとするが重石が邪魔なのと、腹の中がとても重い。呼吸がしづらかった。

「気持ち悪い……………」

 突然視界がぐらぐらしてきて娘はそのまま倒れ込んでしまった。

「誰か…………」

 するとどこかから足音がしてきた。
 足音は徐々に大きくなり障子の前で止まると、非常に大きい音を立てて障子が開かれた。
 娘は顔をあげる気力もないため、畳に顔を突っ伏したままだった。

「おい、娘」

 呼ばれた気がする。
 娘は今動くと胃に溜まっていたものを全て吐き出しそうだった。
 けれど誰かの手によって仰向けにさせられる。

「おい」

 薄ら目を開けるとそこには人が見えた。
 けれどすぐ瞼を閉じて急な気持ち悪さにうずくまり、そして我慢できず吐いてしまう。
 目を開けると、娘は泥水を吐いていたことに気づく。

「酷いな……」

 人影は娘の首元に手を当てる。

「体温が下がっている……人間はどうすればいいんだ…?」

 今の娘の状態はとても危険だった。
 死んでなお、また生死を彷徨っている。
 人の手の体温に有り難みを感じているとまた複数の足音が聞こえてきた。
 生贄の儀式から逃げた娘を追いかけてきた村人の足音に聞こえた娘は逃げようと動こうとする。
 複数の足音が止まると声が聞こえた。

「ナギ‼︎死にそうな女の子をそのまま放置するとか最低‼︎」

 薄ら目を開けると男が駆け寄ってくる。見たことのない髪色をしていた。

「体温がさがってる……体を温めるから夜着でもなんでも持ってきて!………あとは呼吸を確保しないといけないから少しだけ我慢して」

 いきなり鼻をつままれ口を柔らかい何かに塞がれる。
 すると体内に空気が入り込み娘は唐突にむせた。むせたと同時に泥水も吐く。

「げほっ…げほっ………っ」
「気道に入るといけないから横を向いて」

 娘はうずくまるようにして横を向いた。
 まだ何か溜まっているような感覚がしたが、吐き出そうにも息苦しくてどうにもできない。
 鼻をつままれ何かに口を塞がれては空気が入り、溜まっていたものを吐き出すの繰り返しをしていると呼吸が楽になってきた。
 夜着に包まれ体が徐々に温まってくる。娘は薄らと目を開いた。

「だ……れ……?」
「無理して喋っちゃダメだよ、静かにしてて」

 目元を手で覆われた娘はそのまま深い眠りへと落ちていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

その手で、愛して。ー 空飛ぶイルカの恋物語 ー

ユーリ(佐伯瑠璃)
キャラ文芸
T-4ブルーインパルスとして生を受けた#725は専任整備士の青井翼に恋をした。彼の手の温もりが好き、その手が私に愛を教えてくれた。その手の温もりが私を人にした。 機械にだって心がある。引退を迎えて初めて知る青井への想い。 #725が引退した理由は作者の勝手な想像であり、退役後の扱いも全てフィクションです。 その後の二人で整備員を束ねている坂東三佐は、鏡野ゆう様の「今日も青空、イルカ日和」に出ておられます。お名前お借りしました。ご許可いただきありがとうございました。 ※小説化になろうにも投稿しております。

処理中です...