生贄の娘と水神様〜厄介事も神とならば〜

沙耶味茜

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4 生贄の儀式

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 無気力に歩かされていると、地面がぬかるんでいるところに出た。顔を上げてみると、沼があり、沼の奥にはぼんやりとあかりの灯る祠が見えた。

「着いたぞ」

 辺りは暗く、月の明かりが祠を幻想的に見せていた。幻想的にみせていてもここでは人が死ぬ儀式が行われてきているのだから、祠なんて燃えてしまえと思う。

「こっちに来い生贄の準備をする」

 連れて行かれた先にあるのは小さな小屋だった。中に入ると白髪頭のしわがれた村長が椅子に座っていた。松明の明かりが村長の影をより一層怪しくさせている。
 娘は今更ながらに恐怖を感じた。村長は娘を一瞥するなりこう言った。

「……死んで土地神様を呪おうなんて考えるでない……」

 恐怖を感じたのはきっとこのことだろう。何もかも見透かしていると目が物語っているのがなんとも憎い。
 すると1人の女が小屋の中に入ってきた。手には白装束を持っている。一礼すると村長に話しかける。

「生贄の準備をしてもよろしいでしょうか」
「構わん。他の者は外の準備をしておれ………」

 村長は側に置いてあった杖を取ると小屋の外へと出ていった。娘は女を睨んだ。警戒心が剥き出しの娘の姿に一瞬だけ女の顔が歪んだ。

「こちらの白装束に着替えてください……………辛いのは分かるわ。でも村のためなのよ」
「…………」

 娘は黙ったまま白装束を受け取ると黙々と着替え始める。無口なのは父譲りなのだと改めて思った。
 娘はもうそろそろで死ぬ。
 生きたまま沼に沈むのだ。
 女の言うことにされるがままでいると、縄で腕を縛られた。娘はもう逃げることは到底できないと思い、全てのことを諦めた。
 両親に会うこと、美味しいものを食べること、都に行って珍しいものをたくさん見ること、好きな人と出会うこと。
 生きること。
 側にいる女は娘の気持ちなんざ何一つ理解していないだろう。自分は醜く歳もいくつかすぎた婆さんだと、死ぬことはないと、余裕ぶっているのだ。
 白装束に着替え小屋を出ると、沼の周りに松明が置かれていた。そして小さな船が沼のほとりに浮かんでいる。女に促されるまま船まで行くと村長と村人1人が乗っていた。娘が船に乗ると船は村人の漕ぎによって動き出した。
 呆然と月明かりが灯る祠の方を見つめていると村長が口を開く。

「大昔、お主と同じ若い娘が生贄になった………」
「………………」

 大昔とはいつのことだろう。今更そんな話をされても迷惑だ。娘は今、死と向き合っていて震えが止まらないのに村長は平気な顔をして話し始める。娘は黙ったままそれを聞いていた。

「その贄は嫁入りしたと噂だ……」
「………嫁入り?」
「多くは語らぬ………お前は生贄だ」

 そうだ。娘は生贄だ。これから死ぬのだ。
 希望があるとすぐ揺らいでしまう。
 沼の中心にくると腕と足に重石をつけられた。沈んだのちに水面に浮かび上がってこないように重しをつけるのだ。
 いよいよ儀式が始まる。村長は立ち上がり声を張る。

「これより生贄を捧げる」

 静かな夜に声は響く。
娘は一歩足を踏み出したが重石が重く上手く動けない。
 あと数歩踏み出せば娘は死ぬ。

 あぁ、怖い。
 怖いよ、おっとうおっかあ。
 やっぱり死ぬのは嫌だよ。

 涙腺が緩み涙が浮かぶ。自ら死に向かっていくことに手と足の震えが止まらない。そして…
 最後の一歩を踏み出せずにいると、後ろから押された。

「えっ………………」

 娘はそのまま沼の中に落ちていった。それと同時に叫び声もどこからか聞こえた気がした。
 けれど今はただ苦しい。
 息が吸えない。苦しい。
 そして娘の思考も途絶える。

生贄に捧げられた娘のお話。
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