生贄の娘と水神様〜厄介事も神とならば〜

沙耶味茜

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2 両親との別れ

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 次の日の朝、娘はいつもより早く起床した。
 いや、眠れなかったのだ。
 薄汚れた夜着から這い上がると裸足のまま静かに家の戸を開ける。朝露に濡れた土や葉を呆然と見つめ、朝なのにも関わらず今宵は満月なのだろうかと考える。三日月ならば、生贄を捧げる日までに逃げる準備が出来る。
土地神にこの身を捧げるぐらいなら娘は逃げて生きていたい。
 これから村の皆んなと稲を収穫したり、好きな人ができたり、都に行って美味しいものを食べたり、人生を存分に堪能しようとしていた。
 それができない。自分の意思でそれができないのだ。
 娘は生きたいと、死にたくないと、その場で疼くまり嗚咽をもらす。
 ふと背中に温かみを感じた。娘の震える背中に大きな手のひらが重なる。振り向くと父がこちらを見ていた。

「……一昨日の月の満ち欠けを見たか」

 父の声がもう聞けないのかと思うと言葉の一つ一つに聞き入ってしまう。

「……いいえ、見ていないわ…」

 毎日、月を見ることはなかった。けれど今は何故月を見ていなかったんだと自分を責める。

「一昨日はほぼ満月に等しい大きさだった」

 父はよく夜空を見ていた。もしかしたらこの日が来るのを予測していたのかもしれない。
 今日という望日を。
 娘が絶望していると父が手を取りこう言った。

「今からでも逃げなさい」

 娘の充血した目を見つめて言った。
 寝巻き姿の母が手に風呂敷を持ち奥からやってくる。母は娘の腕の中に風呂敷を押し付ける。

「おっかあは貴方が生きているだけで嬉しいわ……だから逃げて、生きてちょうだいっ………」

 一言一言を絞り出すように母が言った。
 娘の泣く姿を見た両親が咄嗟に準備したのだろう。大粒の涙が娘の頬をなぞる。涙袋はとうに赤く腫れていた。

「おっとうおっかあっ……!」

 勢いよく抱きつくと、両親は力強くそれを受け止めた。
 太陽が娘の生を少しでも長くしてはくれないかと願うばかりに。
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