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母からの電話
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母からの電話で、3ヵ月ほど音信不通な兄の様子を見るため、私は渋谷から東京メトロ銀座線に乗って浅草に向かったのだった。
兄は、私より6つ上の24歳。高校を卒業後警察官になる採用試験を受けて合格し、5年ほど勤めた後に独立して個人探偵の仕事を始めていた。浅草の雑居ビルに事務所を構えて約1年ちょっと、最初のころは逃げたペット探しや浮気調査を始めとした身辺調査を請け負ってなんとか収入を得ていたみたいだったけれど、最近は何週間も依頼にかかりっきりになることも増えてきているようだった。そのため、何週間か連絡が取れなくなるようなことは、今までもあったけれど… 何か月も返信がないなんてことは、初めてのことだった。
浅草駅からほど近いアパートを訪れてみたところ、郵便受けには投函された広告チラシがあふれ出ていて、長く留守にしているのが見てわかった。当然ながら、呼び鈴を押してもノックしてみても応答はない。大学受験の前に兄の部屋に泊めてもらったり、東京の予備校の短期講習を受ける為に何度か兄のアパートには来たことがあった。兄は、忙しくなると家にはシャワーだけ浴びに帰り、事務所に寝泊まりすることが多くなるため、最初からアパートにいる可能性は少ないと思っていたけれど、予想通り留守なのを確認すると浅草寺近くにある事務所へ向かって行く。
それにしても、広告チラシがあふれ出るくらいにアパートに帰っていないというのはどういうことだろう? いくら忙しくてもお風呂に入りに帰れば、郵便物くらいは回収するはずだった。ということは、もう数か月アパートに戻っていないことになる。お風呂は銭湯で済まして事務所に入りびたっているってこと? そんなことあるのだろうか…
コンコンと、ガラス窓になっている事務所のドアをノックしてはみたけれど…
中の明かりがついていないのは、一目瞭然だった。
「お兄ちゃん? いないの?」
中で昼寝をしている可能性も考えたけれど、そんな気配も感じない。仕方ないので、事務所の中に入って、そこで兄が戻るのを待ってみることにした。
「たしか、前に来たとき… スペアキーの置き場所を教わったはずだったけど、何処だったかな?」
兄の探偵事務所の前で数分思い出してみようとしたが、どうしても思い出せなかった…こうなったら、ダメ元で探してみるしかない。電気やガスのメーターの上や裏…ドアの下に敷いてあるマットの下、郵便受けの蓋の裏や天井部分にもない…
一瞬諦めかけたが、ふとした瞬間に壁に貼ってあるポスターの角が、若干折れていることに気付いた。そう、兄がスペアキーを隠しているのは、このポスターの裏だった。
私が、名探偵と呼ばれるヒカリ・エヴァンスハムだったなら、訊いていたスペアキーの隠し場所を忘れることもなければ、例え忘れていたとしても、考察して簡単に見つけ出していただろう。まぁ、一般人でしかない望月ひかりとしてはこんなものだ。見つけられただけ上出来と言える。
ようやくのことでドアを開けて中に入ると…生活感が感じられない。
事務所の郵便受けは、アパートのそれと違って郵便物で溢れかえったりはしてなかった。ということは、定期的にこの事務所に顔を出しているのだろう。
アパートの郵便受けを見たときは、事件や事故に巻き込まれて殺されてしまったのかもしれないという不安が過ったりもしたけれど、そう思うと少しだけ安心することができた。
長く仕事の依頼で留守にしていただけで、疲れて戻ってそこのソファで眠り込んでしまっているだけだったらどれだけ安堵することができるか…
「お兄ちゃん? 死んでないよね? おーい…」
事務所内の机にも、ソファにも奥にも倉庫にも兄はどこにもいなかった…
安堵の溜息を吐きたいところだったけれど、漏れ出た溜息は残念な感情によるものだった。事務所の中に兄がいないことを確認すると、諦めたように室内の電気を付けるスイッチを探して歩き出した。すると…
コンコンッ、とガラスのドアがノックされた。
誰かがドアの外から中を伺っている、思わず息を止めて動きを潜めた…すると、ドアに鍵が差し込まれる音と同時ドアノブが回されて、スラっとした体格の男性が中に入って来た。もちろん、兄ではない。兄ならノックなどせずに入ってくる。置いてあったスペアキーは私が手に持っているから、開けたあの鍵はいつも兄が持っている元鍵なはず。…泥棒? だとしたら、どうやってあの鍵を手に入れたの? 兄に頼まれて渡された…? それとも、何らかの方法で奪われたのだろうか。
「…あれ? もしかして、拓海の妹の… ひかりちゃん?」
「はい…?」
「大きくなったなぁ…」
入って来たのは、6つ年上の地元で兄の親友だった人…名前はたしか、
「隆太郎くん… だよね? お兄ちゃんの幼馴染の」
「そう。覚えていてくれたんだ」
「忘れるはずないでしょ。小さい頃、たくさん遊んでもらったし、今でも仲良くしてるってお兄ちゃんから聞いてるし。どうしたの? お兄ちゃんと約束?」
「そうじゃないんだ。連絡しても返信ないから、気になって。合鍵渡されてたから、時々ここに様子を見にきてるんだよ。それで、拓海は?」
「それが… 私もお母さんに頼まれて、お兄ちゃんの様子を見に来たところなの」
「それじゃあ、あの噂は本当だったのか…」
「…噂?」
「拓海が行方不明だって噂。共通の知り合いが、そんなこと言ってたんだ」
「まさか。探偵の依頼か何かに夢中になっちゃってるだけでしょ?」
「俺も、そんなとこだろうと思ってたんだけど…家族にも連絡してないとなると…」
「…………」
隆太郎くんの手には、先ほど郵便受けに届いていた郵便物が握られている。定期的に事務所の郵便物を片付けていたのは、兄ではなく隆太郎くんだったのか…。
そうなると、兄は本当にどこへ行ってしまったのだろう?
こんなときに、有能な執事でもいてくれたら助かるのに…
あぁ、セバスチャン…兄の消息がつかめない不安から、無償に有能な執事であるセバスチャンを恋しく思ってしまっていた。
兄は、私より6つ上の24歳。高校を卒業後警察官になる採用試験を受けて合格し、5年ほど勤めた後に独立して個人探偵の仕事を始めていた。浅草の雑居ビルに事務所を構えて約1年ちょっと、最初のころは逃げたペット探しや浮気調査を始めとした身辺調査を請け負ってなんとか収入を得ていたみたいだったけれど、最近は何週間も依頼にかかりっきりになることも増えてきているようだった。そのため、何週間か連絡が取れなくなるようなことは、今までもあったけれど… 何か月も返信がないなんてことは、初めてのことだった。
浅草駅からほど近いアパートを訪れてみたところ、郵便受けには投函された広告チラシがあふれ出ていて、長く留守にしているのが見てわかった。当然ながら、呼び鈴を押してもノックしてみても応答はない。大学受験の前に兄の部屋に泊めてもらったり、東京の予備校の短期講習を受ける為に何度か兄のアパートには来たことがあった。兄は、忙しくなると家にはシャワーだけ浴びに帰り、事務所に寝泊まりすることが多くなるため、最初からアパートにいる可能性は少ないと思っていたけれど、予想通り留守なのを確認すると浅草寺近くにある事務所へ向かって行く。
それにしても、広告チラシがあふれ出るくらいにアパートに帰っていないというのはどういうことだろう? いくら忙しくてもお風呂に入りに帰れば、郵便物くらいは回収するはずだった。ということは、もう数か月アパートに戻っていないことになる。お風呂は銭湯で済まして事務所に入りびたっているってこと? そんなことあるのだろうか…
コンコンと、ガラス窓になっている事務所のドアをノックしてはみたけれど…
中の明かりがついていないのは、一目瞭然だった。
「お兄ちゃん? いないの?」
中で昼寝をしている可能性も考えたけれど、そんな気配も感じない。仕方ないので、事務所の中に入って、そこで兄が戻るのを待ってみることにした。
「たしか、前に来たとき… スペアキーの置き場所を教わったはずだったけど、何処だったかな?」
兄の探偵事務所の前で数分思い出してみようとしたが、どうしても思い出せなかった…こうなったら、ダメ元で探してみるしかない。電気やガスのメーターの上や裏…ドアの下に敷いてあるマットの下、郵便受けの蓋の裏や天井部分にもない…
一瞬諦めかけたが、ふとした瞬間に壁に貼ってあるポスターの角が、若干折れていることに気付いた。そう、兄がスペアキーを隠しているのは、このポスターの裏だった。
私が、名探偵と呼ばれるヒカリ・エヴァンスハムだったなら、訊いていたスペアキーの隠し場所を忘れることもなければ、例え忘れていたとしても、考察して簡単に見つけ出していただろう。まぁ、一般人でしかない望月ひかりとしてはこんなものだ。見つけられただけ上出来と言える。
ようやくのことでドアを開けて中に入ると…生活感が感じられない。
事務所の郵便受けは、アパートのそれと違って郵便物で溢れかえったりはしてなかった。ということは、定期的にこの事務所に顔を出しているのだろう。
アパートの郵便受けを見たときは、事件や事故に巻き込まれて殺されてしまったのかもしれないという不安が過ったりもしたけれど、そう思うと少しだけ安心することができた。
長く仕事の依頼で留守にしていただけで、疲れて戻ってそこのソファで眠り込んでしまっているだけだったらどれだけ安堵することができるか…
「お兄ちゃん? 死んでないよね? おーい…」
事務所内の机にも、ソファにも奥にも倉庫にも兄はどこにもいなかった…
安堵の溜息を吐きたいところだったけれど、漏れ出た溜息は残念な感情によるものだった。事務所の中に兄がいないことを確認すると、諦めたように室内の電気を付けるスイッチを探して歩き出した。すると…
コンコンッ、とガラスのドアがノックされた。
誰かがドアの外から中を伺っている、思わず息を止めて動きを潜めた…すると、ドアに鍵が差し込まれる音と同時ドアノブが回されて、スラっとした体格の男性が中に入って来た。もちろん、兄ではない。兄ならノックなどせずに入ってくる。置いてあったスペアキーは私が手に持っているから、開けたあの鍵はいつも兄が持っている元鍵なはず。…泥棒? だとしたら、どうやってあの鍵を手に入れたの? 兄に頼まれて渡された…? それとも、何らかの方法で奪われたのだろうか。
「…あれ? もしかして、拓海の妹の… ひかりちゃん?」
「はい…?」
「大きくなったなぁ…」
入って来たのは、6つ年上の地元で兄の親友だった人…名前はたしか、
「隆太郎くん… だよね? お兄ちゃんの幼馴染の」
「そう。覚えていてくれたんだ」
「忘れるはずないでしょ。小さい頃、たくさん遊んでもらったし、今でも仲良くしてるってお兄ちゃんから聞いてるし。どうしたの? お兄ちゃんと約束?」
「そうじゃないんだ。連絡しても返信ないから、気になって。合鍵渡されてたから、時々ここに様子を見にきてるんだよ。それで、拓海は?」
「それが… 私もお母さんに頼まれて、お兄ちゃんの様子を見に来たところなの」
「それじゃあ、あの噂は本当だったのか…」
「…噂?」
「拓海が行方不明だって噂。共通の知り合いが、そんなこと言ってたんだ」
「まさか。探偵の依頼か何かに夢中になっちゃってるだけでしょ?」
「俺も、そんなとこだろうと思ってたんだけど…家族にも連絡してないとなると…」
「…………」
隆太郎くんの手には、先ほど郵便受けに届いていた郵便物が握られている。定期的に事務所の郵便物を片付けていたのは、兄ではなく隆太郎くんだったのか…。
そうなると、兄は本当にどこへ行ってしまったのだろう?
こんなときに、有能な執事でもいてくれたら助かるのに…
あぁ、セバスチャン…兄の消息がつかめない不安から、無償に有能な執事であるセバスチャンを恋しく思ってしまっていた。
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