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理由
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アレクセイの元へと嫁いで、初めて出席した夜会の日。アリスティアのドレスにワインを故意にかけた令嬢がいた。
アリスティアからは死角となっていたが、僅かに目撃者がおり、犯人はソフィーという令嬢である事が判明した。少し前にアレクセイはこの事を伝えたが、ソフィーへの制裁は待って欲しいと、アリスティアは言った。
ソフィーはイザベラの従姉妹であり、ベルティエ侯爵の孫娘にあたる。彼女は落ち着いた性格の上、口数は少ない方だが普段は知的なイメージを、アリスティアは抱いていた。
実は犯人がソフィーである事は、アレクセイから知らされる前に、アリスティアも事前に知っていた。
それは本人から、直々に謝罪の手紙が届いていたから。
そして先日アリスティアの実家で、妹が主催するお茶会へと既に、ソフィーへ招待状を送っていた後だった。
そこでソフィーがアリスティアのドレスを汚した気不味さから、お茶会を辞退しないようにと手紙の返信をした。
『謝罪は直接でなければ受け付けません。少しでも悪いと思ったのなら、逃げずに予定通りお茶会に参加して下さい』
言われた通り逃げずにお茶会に参加したソフィーは、アリスティアと二人きりになる時間を設けられた際に、真摯に謝罪した。
そして謝罪と共に今まで世間に隠していた真実を、アリスティアへと打ち明ける事となった。
ベルティエ侯爵の娘、つまりソフィーの母親が不貞を働いた際に、身籠った子供がソフィーだった。
発覚を恐れていた母は、夫に気付かれる前に幼少時のソフィーを、一人王都の実家へと預ける事にした。
領地から王都のベルティエ侯爵家に預けられた時、ベルティエ侯爵にソフィーの母は、正直に全てを話していた。
ソフィーの生い立ちを知っても、祖父ベルティエ侯は賢く清廉な性格の孫娘を、とても可愛がっていた。
しかしソフィーの秘密を事実を偶然知ったのは、同じベルティエ家に住む従姉妹イザベラ。元々ソフィーの事が気に入らなかったイザベラは「出自を言い触らされたくなければ言う事を聞きなさい」と以後彼女を、取り巻きたちと虐めて遊ぶようになっていく。
ソフィーの父は既に亡くなっていたが、一年程前にソフィーの母も儚くなった。それからはしばらくは嫌がらせを止めていたようだが、今回アリスティアとアレクセイが結婚した事に、腹を立てていたイザベラ。彼女の憂さ晴らしとして、ソフィーへの虐めが再開されてしまった。
イザベラから夜会で、アリスティアのドレスにワインをかける事を強要されてしまい、ソフィーは他人を巻き込む事を拒否した。
言う事を聞かないソフィーに立腹したイザベラは、彼女の母親の形見の品を奪い、従えば返してあげるからと脅迫。
脅されしぶしぶ従ってしまったのが、事の経緯だった。
イザベラとしてはアリスティアに嫌がらせが出来るのと、ばれてもソフィーの責任となるので、都合が良いとでも思ったのだろう。
「弱くてどうしようもない母だったけど、私にとってはたった一人の母親だったの。でも形見を取り返しても、アリスティアを巻き込んでしまった罪を悔やむばかりで、私には虚しさしか残らなかった。形見を諦めてでも断るべきだった。本当にごめんなさい」
二人だけの静かな室内には、ソフィーの真摯な謝罪の言葉だけが響いていた。
王宮の中庭で開催される、王妃主催の恒例お茶会はいつもより参加人数が多く、この日は一層華やかだった。
初めてこのお茶会に参加する、イザベラとその取り巻きや、ソフィーといった面々が加わっているから。
王妃からの信頼が厚い、高位貴族の夫人方が多く参加されるとあって、ご子息狙いの令嬢達は気合いが入っているらしい。
着飾りすぎず、品良く女性からみて好印象に映るようにと。
お茶会の終盤、アリスティアはイザベラの元へと行く。王妃のお茶会に呼ばれる事は、とても名誉とされていて、今日のイザベラは終始御満悦だった。
「お疲れ様、そろそろお開きの時間ね」
「ええ、とても楽しい時間だったわ」
そんなイザベラの胸元で光り輝く、紅玉髄のブローチにアリスティアは視線を向ける。
「ところでそのブローチ、とても素敵ね」
「えっ?ありがとう」
「あら、でも良く見たらそれ、わたくしが以前ソフィーにあげたブローチじゃないかしら。ソフィーが貴女にプレゼントしたの?」
予想もしてなかった質問に、イザベラが虚をつかれたように固まる。普段から、夜会やお茶会に合わせて宝飾品を二人分慎重すると、ソフィーが付ける前に勝手に借りるという事を繰り返している。
特に気に入ればそのまま返さない事もあるらしく、今日は何を取られたのかこっそり耳打ちしてもらい、把握していた。
「……え?ソフィーがいらないって言うから、貰ったのよ。私はとても素敵だと思ったから……」
歯切れ悪く返すイザベラから、アリスティアは微笑んだまま決して視線を逸らさない。
「あら、そうだったの。でも御免なさい、よく見たら私の差し上げたブローチとは違ったみたい。勘違いだったわ」
「……」
アリスティアは勘違いだと言ったが、咄嗟に言い繕った事によって、ブローチが元々ソフィーの物だと言う事を認めてしまった。
「日頃からあまり人の物ばかり欲しがらないようにね。例え従姉妹といえど、品性を疑うわ」
言われた瞬間、イザベラの瞳が鋭利に光る。
「何ですって!」
つい沸点を振り切る怒りに、声を荒げてしまったが、ここは王妃主催の高位貴族夫人が集まるお茶会。
一瞬でも取り乱してしまった事により、普段仲良くしている取り巻きすら助けてくれず、ただ遠巻きに見ているだけ。どの令嬢もこの場では巻き込まれたくないようだ。
我に返って周りを見渡すと、王妃や夫人達はいつもと変わらず、たおやかにこちらを静観していたり、お喋りをそのまま続けたりしている。
決して侮蔑の目を向けない。そんな様子は今の自分に対して、どの様な感情を抱いているのか分からなくて、逆に恐怖心を煽った。
「では今日はお開きにしましょう」
王妃の凛とした声が静寂を遮ると、場の空気が切り替わった。あまり追い詰めすぎないようにとの配慮もある。参加者の夫人達は人格者ばかりなので、今回の出来事も社交界に言いふらしたりはしない。
逃げるように中庭から出て行くイザベラに対し、他の令嬢達はそれぞれ参加者や、王妃に挨拶をしてから足早に去って行った。
その後ろ姿を見送った後、お茶会中オルガ姫と仲良く話していたソフィーの元にいこうと、アリスティアは踵を返した。
その瞬間この場にいるはずのなかった夫、アレクセイが呆気に取られた顔でこちらを見ていた。アイスブルーの瞳と目が合う。
「きゃああっ、旦那様っ!?」
アリスティアからは死角となっていたが、僅かに目撃者がおり、犯人はソフィーという令嬢である事が判明した。少し前にアレクセイはこの事を伝えたが、ソフィーへの制裁は待って欲しいと、アリスティアは言った。
ソフィーはイザベラの従姉妹であり、ベルティエ侯爵の孫娘にあたる。彼女は落ち着いた性格の上、口数は少ない方だが普段は知的なイメージを、アリスティアは抱いていた。
実は犯人がソフィーである事は、アレクセイから知らされる前に、アリスティアも事前に知っていた。
それは本人から、直々に謝罪の手紙が届いていたから。
そして先日アリスティアの実家で、妹が主催するお茶会へと既に、ソフィーへ招待状を送っていた後だった。
そこでソフィーがアリスティアのドレスを汚した気不味さから、お茶会を辞退しないようにと手紙の返信をした。
『謝罪は直接でなければ受け付けません。少しでも悪いと思ったのなら、逃げずに予定通りお茶会に参加して下さい』
言われた通り逃げずにお茶会に参加したソフィーは、アリスティアと二人きりになる時間を設けられた際に、真摯に謝罪した。
そして謝罪と共に今まで世間に隠していた真実を、アリスティアへと打ち明ける事となった。
ベルティエ侯爵の娘、つまりソフィーの母親が不貞を働いた際に、身籠った子供がソフィーだった。
発覚を恐れていた母は、夫に気付かれる前に幼少時のソフィーを、一人王都の実家へと預ける事にした。
領地から王都のベルティエ侯爵家に預けられた時、ベルティエ侯爵にソフィーの母は、正直に全てを話していた。
ソフィーの生い立ちを知っても、祖父ベルティエ侯は賢く清廉な性格の孫娘を、とても可愛がっていた。
しかしソフィーの秘密を事実を偶然知ったのは、同じベルティエ家に住む従姉妹イザベラ。元々ソフィーの事が気に入らなかったイザベラは「出自を言い触らされたくなければ言う事を聞きなさい」と以後彼女を、取り巻きたちと虐めて遊ぶようになっていく。
ソフィーの父は既に亡くなっていたが、一年程前にソフィーの母も儚くなった。それからはしばらくは嫌がらせを止めていたようだが、今回アリスティアとアレクセイが結婚した事に、腹を立てていたイザベラ。彼女の憂さ晴らしとして、ソフィーへの虐めが再開されてしまった。
イザベラから夜会で、アリスティアのドレスにワインをかける事を強要されてしまい、ソフィーは他人を巻き込む事を拒否した。
言う事を聞かないソフィーに立腹したイザベラは、彼女の母親の形見の品を奪い、従えば返してあげるからと脅迫。
脅されしぶしぶ従ってしまったのが、事の経緯だった。
イザベラとしてはアリスティアに嫌がらせが出来るのと、ばれてもソフィーの責任となるので、都合が良いとでも思ったのだろう。
「弱くてどうしようもない母だったけど、私にとってはたった一人の母親だったの。でも形見を取り返しても、アリスティアを巻き込んでしまった罪を悔やむばかりで、私には虚しさしか残らなかった。形見を諦めてでも断るべきだった。本当にごめんなさい」
二人だけの静かな室内には、ソフィーの真摯な謝罪の言葉だけが響いていた。
王宮の中庭で開催される、王妃主催の恒例お茶会はいつもより参加人数が多く、この日は一層華やかだった。
初めてこのお茶会に参加する、イザベラとその取り巻きや、ソフィーといった面々が加わっているから。
王妃からの信頼が厚い、高位貴族の夫人方が多く参加されるとあって、ご子息狙いの令嬢達は気合いが入っているらしい。
着飾りすぎず、品良く女性からみて好印象に映るようにと。
お茶会の終盤、アリスティアはイザベラの元へと行く。王妃のお茶会に呼ばれる事は、とても名誉とされていて、今日のイザベラは終始御満悦だった。
「お疲れ様、そろそろお開きの時間ね」
「ええ、とても楽しい時間だったわ」
そんなイザベラの胸元で光り輝く、紅玉髄のブローチにアリスティアは視線を向ける。
「ところでそのブローチ、とても素敵ね」
「えっ?ありがとう」
「あら、でも良く見たらそれ、わたくしが以前ソフィーにあげたブローチじゃないかしら。ソフィーが貴女にプレゼントしたの?」
予想もしてなかった質問に、イザベラが虚をつかれたように固まる。普段から、夜会やお茶会に合わせて宝飾品を二人分慎重すると、ソフィーが付ける前に勝手に借りるという事を繰り返している。
特に気に入ればそのまま返さない事もあるらしく、今日は何を取られたのかこっそり耳打ちしてもらい、把握していた。
「……え?ソフィーがいらないって言うから、貰ったのよ。私はとても素敵だと思ったから……」
歯切れ悪く返すイザベラから、アリスティアは微笑んだまま決して視線を逸らさない。
「あら、そうだったの。でも御免なさい、よく見たら私の差し上げたブローチとは違ったみたい。勘違いだったわ」
「……」
アリスティアは勘違いだと言ったが、咄嗟に言い繕った事によって、ブローチが元々ソフィーの物だと言う事を認めてしまった。
「日頃からあまり人の物ばかり欲しがらないようにね。例え従姉妹といえど、品性を疑うわ」
言われた瞬間、イザベラの瞳が鋭利に光る。
「何ですって!」
つい沸点を振り切る怒りに、声を荒げてしまったが、ここは王妃主催の高位貴族夫人が集まるお茶会。
一瞬でも取り乱してしまった事により、普段仲良くしている取り巻きすら助けてくれず、ただ遠巻きに見ているだけ。どの令嬢もこの場では巻き込まれたくないようだ。
我に返って周りを見渡すと、王妃や夫人達はいつもと変わらず、たおやかにこちらを静観していたり、お喋りをそのまま続けたりしている。
決して侮蔑の目を向けない。そんな様子は今の自分に対して、どの様な感情を抱いているのか分からなくて、逆に恐怖心を煽った。
「では今日はお開きにしましょう」
王妃の凛とした声が静寂を遮ると、場の空気が切り替わった。あまり追い詰めすぎないようにとの配慮もある。参加者の夫人達は人格者ばかりなので、今回の出来事も社交界に言いふらしたりはしない。
逃げるように中庭から出て行くイザベラに対し、他の令嬢達はそれぞれ参加者や、王妃に挨拶をしてから足早に去って行った。
その後ろ姿を見送った後、お茶会中オルガ姫と仲良く話していたソフィーの元にいこうと、アリスティアは踵を返した。
その瞬間この場にいるはずのなかった夫、アレクセイが呆気に取られた顔でこちらを見ていた。アイスブルーの瞳と目が合う。
「きゃああっ、旦那様っ!?」
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