41 / 52
理由
しおりを挟む
アレクセイの元へと嫁いで、初めて出席した夜会の日。アリスティアのドレスにワインを故意にかけた令嬢がいた。
アリスティアからは死角となっていたが、僅かに目撃者がおり、犯人はソフィーという令嬢である事が判明した。少し前にアレクセイはこの事を伝えたが、ソフィーへの制裁は待って欲しいと、アリスティアは言った。
ソフィーはイザベラの従姉妹であり、ベルティエ侯爵の孫娘にあたる。彼女は落ち着いた性格の上、口数は少ない方だが普段は知的なイメージを、アリスティアは抱いていた。
実は犯人がソフィーである事は、アレクセイから知らされる前に、アリスティアも事前に知っていた。
それは本人から、直々に謝罪の手紙が届いていたから。
そして先日アリスティアの実家で、妹が主催するお茶会へと既に、ソフィーへ招待状を送っていた後だった。
そこでソフィーがアリスティアのドレスを汚した気不味さから、お茶会を辞退しないようにと手紙の返信をした。
『謝罪は直接でなければ受け付けません。少しでも悪いと思ったのなら、逃げずに予定通りお茶会に参加して下さい』
言われた通り逃げずにお茶会に参加したソフィーは、アリスティアと二人きりになる時間を設けられた際に、真摯に謝罪した。
そして謝罪と共に今まで世間に隠していた真実を、アリスティアへと打ち明ける事となった。
ベルティエ侯爵の娘、つまりソフィーの母親が不貞を働いた際に、身籠った子供がソフィーだった。
発覚を恐れていた母は、夫に気付かれる前に幼少時のソフィーを、一人王都の実家へと預ける事にした。
領地から王都のベルティエ侯爵家に預けられた時、ベルティエ侯爵にソフィーの母は、正直に全てを話していた。
ソフィーの生い立ちを知っても、祖父ベルティエ侯は賢く清廉な性格の孫娘を、とても可愛がっていた。
しかしソフィーの秘密を事実を偶然知ったのは、同じベルティエ家に住む従姉妹イザベラ。元々ソフィーの事が気に入らなかったイザベラは「出自を言い触らされたくなければ言う事を聞きなさい」と以後彼女を、取り巻きたちと虐めて遊ぶようになっていく。
ソフィーの父は既に亡くなっていたが、一年程前にソフィーの母も儚くなった。それからはしばらくは嫌がらせを止めていたようだが、今回アリスティアとアレクセイが結婚した事に、腹を立てていたイザベラ。彼女の憂さ晴らしとして、ソフィーへの虐めが再開されてしまった。
イザベラから夜会で、アリスティアのドレスにワインをかける事を強要されてしまい、ソフィーは他人を巻き込む事を拒否した。
言う事を聞かないソフィーに立腹したイザベラは、彼女の母親の形見の品を奪い、従えば返してあげるからと脅迫。
脅されしぶしぶ従ってしまったのが、事の経緯だった。
イザベラとしてはアリスティアに嫌がらせが出来るのと、ばれてもソフィーの責任となるので、都合が良いとでも思ったのだろう。
「弱くてどうしようもない母だったけど、私にとってはたった一人の母親だったの。でも形見を取り返しても、アリスティアを巻き込んでしまった罪を悔やむばかりで、私には虚しさしか残らなかった。形見を諦めてでも断るべきだった。本当にごめんなさい」
二人だけの静かな室内には、ソフィーの真摯な謝罪の言葉だけが響いていた。
王宮の中庭で開催される、王妃主催の恒例お茶会はいつもより参加人数が多く、この日は一層華やかだった。
初めてこのお茶会に参加する、イザベラとその取り巻きや、ソフィーといった面々が加わっているから。
王妃からの信頼が厚い、高位貴族の夫人方が多く参加されるとあって、ご子息狙いの令嬢達は気合いが入っているらしい。
着飾りすぎず、品良く女性からみて好印象に映るようにと。
お茶会の終盤、アリスティアはイザベラの元へと行く。王妃のお茶会に呼ばれる事は、とても名誉とされていて、今日のイザベラは終始御満悦だった。
「お疲れ様、そろそろお開きの時間ね」
「ええ、とても楽しい時間だったわ」
そんなイザベラの胸元で光り輝く、紅玉髄のブローチにアリスティアは視線を向ける。
「ところでそのブローチ、とても素敵ね」
「えっ?ありがとう」
「あら、でも良く見たらそれ、わたくしが以前ソフィーにあげたブローチじゃないかしら。ソフィーが貴女にプレゼントしたの?」
予想もしてなかった質問に、イザベラが虚をつかれたように固まる。普段から、夜会やお茶会に合わせて宝飾品を二人分慎重すると、ソフィーが付ける前に勝手に借りるという事を繰り返している。
特に気に入ればそのまま返さない事もあるらしく、今日は何を取られたのかこっそり耳打ちしてもらい、把握していた。
「……え?ソフィーがいらないって言うから、貰ったのよ。私はとても素敵だと思ったから……」
歯切れ悪く返すイザベラから、アリスティアは微笑んだまま決して視線を逸らさない。
「あら、そうだったの。でも御免なさい、よく見たら私の差し上げたブローチとは違ったみたい。勘違いだったわ」
「……」
アリスティアは勘違いだと言ったが、咄嗟に言い繕った事によって、ブローチが元々ソフィーの物だと言う事を認めてしまった。
「日頃からあまり人の物ばかり欲しがらないようにね。例え従姉妹といえど、品性を疑うわ」
言われた瞬間、イザベラの瞳が鋭利に光る。
「何ですって!」
つい沸点を振り切る怒りに、声を荒げてしまったが、ここは王妃主催の高位貴族夫人が集まるお茶会。
一瞬でも取り乱してしまった事により、普段仲良くしている取り巻きすら助けてくれず、ただ遠巻きに見ているだけ。どの令嬢もこの場では巻き込まれたくないようだ。
我に返って周りを見渡すと、王妃や夫人達はいつもと変わらず、たおやかにこちらを静観していたり、お喋りをそのまま続けたりしている。
決して侮蔑の目を向けない。そんな様子は今の自分に対して、どの様な感情を抱いているのか分からなくて、逆に恐怖心を煽った。
「では今日はお開きにしましょう」
王妃の凛とした声が静寂を遮ると、場の空気が切り替わった。あまり追い詰めすぎないようにとの配慮もある。参加者の夫人達は人格者ばかりなので、今回の出来事も社交界に言いふらしたりはしない。
逃げるように中庭から出て行くイザベラに対し、他の令嬢達はそれぞれ参加者や、王妃に挨拶をしてから足早に去って行った。
その後ろ姿を見送った後、お茶会中オルガ姫と仲良く話していたソフィーの元にいこうと、アリスティアは踵を返した。
その瞬間この場にいるはずのなかった夫、アレクセイが呆気に取られた顔でこちらを見ていた。アイスブルーの瞳と目が合う。
「きゃああっ、旦那様っ!?」
アリスティアからは死角となっていたが、僅かに目撃者がおり、犯人はソフィーという令嬢である事が判明した。少し前にアレクセイはこの事を伝えたが、ソフィーへの制裁は待って欲しいと、アリスティアは言った。
ソフィーはイザベラの従姉妹であり、ベルティエ侯爵の孫娘にあたる。彼女は落ち着いた性格の上、口数は少ない方だが普段は知的なイメージを、アリスティアは抱いていた。
実は犯人がソフィーである事は、アレクセイから知らされる前に、アリスティアも事前に知っていた。
それは本人から、直々に謝罪の手紙が届いていたから。
そして先日アリスティアの実家で、妹が主催するお茶会へと既に、ソフィーへ招待状を送っていた後だった。
そこでソフィーがアリスティアのドレスを汚した気不味さから、お茶会を辞退しないようにと手紙の返信をした。
『謝罪は直接でなければ受け付けません。少しでも悪いと思ったのなら、逃げずに予定通りお茶会に参加して下さい』
言われた通り逃げずにお茶会に参加したソフィーは、アリスティアと二人きりになる時間を設けられた際に、真摯に謝罪した。
そして謝罪と共に今まで世間に隠していた真実を、アリスティアへと打ち明ける事となった。
ベルティエ侯爵の娘、つまりソフィーの母親が不貞を働いた際に、身籠った子供がソフィーだった。
発覚を恐れていた母は、夫に気付かれる前に幼少時のソフィーを、一人王都の実家へと預ける事にした。
領地から王都のベルティエ侯爵家に預けられた時、ベルティエ侯爵にソフィーの母は、正直に全てを話していた。
ソフィーの生い立ちを知っても、祖父ベルティエ侯は賢く清廉な性格の孫娘を、とても可愛がっていた。
しかしソフィーの秘密を事実を偶然知ったのは、同じベルティエ家に住む従姉妹イザベラ。元々ソフィーの事が気に入らなかったイザベラは「出自を言い触らされたくなければ言う事を聞きなさい」と以後彼女を、取り巻きたちと虐めて遊ぶようになっていく。
ソフィーの父は既に亡くなっていたが、一年程前にソフィーの母も儚くなった。それからはしばらくは嫌がらせを止めていたようだが、今回アリスティアとアレクセイが結婚した事に、腹を立てていたイザベラ。彼女の憂さ晴らしとして、ソフィーへの虐めが再開されてしまった。
イザベラから夜会で、アリスティアのドレスにワインをかける事を強要されてしまい、ソフィーは他人を巻き込む事を拒否した。
言う事を聞かないソフィーに立腹したイザベラは、彼女の母親の形見の品を奪い、従えば返してあげるからと脅迫。
脅されしぶしぶ従ってしまったのが、事の経緯だった。
イザベラとしてはアリスティアに嫌がらせが出来るのと、ばれてもソフィーの責任となるので、都合が良いとでも思ったのだろう。
「弱くてどうしようもない母だったけど、私にとってはたった一人の母親だったの。でも形見を取り返しても、アリスティアを巻き込んでしまった罪を悔やむばかりで、私には虚しさしか残らなかった。形見を諦めてでも断るべきだった。本当にごめんなさい」
二人だけの静かな室内には、ソフィーの真摯な謝罪の言葉だけが響いていた。
王宮の中庭で開催される、王妃主催の恒例お茶会はいつもより参加人数が多く、この日は一層華やかだった。
初めてこのお茶会に参加する、イザベラとその取り巻きや、ソフィーといった面々が加わっているから。
王妃からの信頼が厚い、高位貴族の夫人方が多く参加されるとあって、ご子息狙いの令嬢達は気合いが入っているらしい。
着飾りすぎず、品良く女性からみて好印象に映るようにと。
お茶会の終盤、アリスティアはイザベラの元へと行く。王妃のお茶会に呼ばれる事は、とても名誉とされていて、今日のイザベラは終始御満悦だった。
「お疲れ様、そろそろお開きの時間ね」
「ええ、とても楽しい時間だったわ」
そんなイザベラの胸元で光り輝く、紅玉髄のブローチにアリスティアは視線を向ける。
「ところでそのブローチ、とても素敵ね」
「えっ?ありがとう」
「あら、でも良く見たらそれ、わたくしが以前ソフィーにあげたブローチじゃないかしら。ソフィーが貴女にプレゼントしたの?」
予想もしてなかった質問に、イザベラが虚をつかれたように固まる。普段から、夜会やお茶会に合わせて宝飾品を二人分慎重すると、ソフィーが付ける前に勝手に借りるという事を繰り返している。
特に気に入ればそのまま返さない事もあるらしく、今日は何を取られたのかこっそり耳打ちしてもらい、把握していた。
「……え?ソフィーがいらないって言うから、貰ったのよ。私はとても素敵だと思ったから……」
歯切れ悪く返すイザベラから、アリスティアは微笑んだまま決して視線を逸らさない。
「あら、そうだったの。でも御免なさい、よく見たら私の差し上げたブローチとは違ったみたい。勘違いだったわ」
「……」
アリスティアは勘違いだと言ったが、咄嗟に言い繕った事によって、ブローチが元々ソフィーの物だと言う事を認めてしまった。
「日頃からあまり人の物ばかり欲しがらないようにね。例え従姉妹といえど、品性を疑うわ」
言われた瞬間、イザベラの瞳が鋭利に光る。
「何ですって!」
つい沸点を振り切る怒りに、声を荒げてしまったが、ここは王妃主催の高位貴族夫人が集まるお茶会。
一瞬でも取り乱してしまった事により、普段仲良くしている取り巻きすら助けてくれず、ただ遠巻きに見ているだけ。どの令嬢もこの場では巻き込まれたくないようだ。
我に返って周りを見渡すと、王妃や夫人達はいつもと変わらず、たおやかにこちらを静観していたり、お喋りをそのまま続けたりしている。
決して侮蔑の目を向けない。そんな様子は今の自分に対して、どの様な感情を抱いているのか分からなくて、逆に恐怖心を煽った。
「では今日はお開きにしましょう」
王妃の凛とした声が静寂を遮ると、場の空気が切り替わった。あまり追い詰めすぎないようにとの配慮もある。参加者の夫人達は人格者ばかりなので、今回の出来事も社交界に言いふらしたりはしない。
逃げるように中庭から出て行くイザベラに対し、他の令嬢達はそれぞれ参加者や、王妃に挨拶をしてから足早に去って行った。
その後ろ姿を見送った後、お茶会中オルガ姫と仲良く話していたソフィーの元にいこうと、アリスティアは踵を返した。
その瞬間この場にいるはずのなかった夫、アレクセイが呆気に取られた顔でこちらを見ていた。アイスブルーの瞳と目が合う。
「きゃああっ、旦那様っ!?」
30
お気に入りに追加
3,639
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」


嘘をありがとう
七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」
おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。
「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」
妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。
「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

離縁希望の側室と王の寵愛
イセヤ レキ
恋愛
辺境伯の娘であるサマリナは、一度も会った事のない国王から求婚され、側室に召し上げられた。
国民は、正室のいない国王は側室を愛しているのだとシンデレラストーリーを噂するが、実際の扱われ方は酷いものである。
いつか離縁してくれるに違いない、と願いながらサマリナは暇な後宮生活を、唯一相手になってくれる守護騎士の幼なじみと過ごすのだが──?
※ストーリー構成上、ヒーロー以外との絡みあります。
シリアス/ ほのぼの /幼なじみ /ヒロインが男前/ 一途/ 騎士/ 王/ ハッピーエンド/ ヒーロー以外との絡み

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる