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追憶
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遠い記憶に思いを馳せる。
小さな頃、王宮に呼ばれたアリスティアは一人会場から抜け出してしまい、入り組んだ回廊に迷い込んだ。
この日はオルガ王女の誕生パーティーだった事もあり、夜会ではなく日中の子供同伴での参加が許可されていた。
会場から出た先は、参加者が絵画などの美術品が見れるよう解放された、回廊となっている。アリスティアは両親の目を盗み、大人のボリュームあるドレスのスカート部分を死角として、そこへ足を運んだ。
そして天井に描かれる荘厳な宗教画を眺めているうちに、アリスティアは更に内部へと進んでしまったのだった。その途中偶然そこを通りかかった、銀色の髪の王子様と出くわす。
その人は息を呑むほど美しく、輝く銀糸の髪は先程見た宗教画に描かれる、天使よりも余程神秘的だと思った。
この時彼の身分が王子かという事までは、幼いアリスティアには分からなかったが、まるで物語に出てくる王子様をそのまま具現化したような姿だった。
アレクセイは既に立派な女嫌いではあったが、鬼でも悪魔でもない。そして小さな子供と回廊で出くわした瞬間、すぐに察した。
自分は出席はしていないし、するつもりもないが、本日が異母妹の誕生日の式典という事は把握している。きっとこの子供は、その会場から抜け出して来た迷子なのだと。
ちなみにこの時のアレクセイが十二歳で、早生まれのアリスティアが八歳である。
子供では四歳の差はかなり大きく、アレクセイから見たアリスティアは酷くか弱い存在に見えた。女嫌いといえど、こんな歳下にまで不快感を露わにして放置する訳にはいかなかった。
アレクセイはアリスティアに一言「おい」と話しかけ、問答無用だったが優しく手を取って会場の方へと歩き出し、会場付近で通りがかった城の者を見つけると呼び止めた。「会場から抜け出した子供がいるぞ。警備がザルだと舐められたいのかと言っておけ」と、侍従にアリスティアを引き渡してから、彼はすぐにその場を去って行ってしまった。
少しもロマンスを感じない出会いではあるが、アリスティア本人は、繋いだ手の温もりとアレクセイの美しい横顔に心奪われていた。
その後からアレクセイが、第三王子である事を知る。
十六歳になりデビュタントを迎えたアリスティアは、アレクセイの姿を探す。
夜会などにアレクセイが出席する事は稀であり、久々にその姿を見かける事となった。大人になり細身ながら均整の取れた体躯へと成長を遂げようと、その美貌は健在で、少しも損なわれていなかった。
この頃にはアレクセイが女嫌いである事は把握済みであり、むしろこの事について知らない貴族はいないという程、国内では有名だった。
一言挨拶をしてみても本当に愛想のカケラもなく、それはどの令嬢であっても例外では無い。彼が令嬢相手に、愛想を浮かべているところなど見る事はなかった。
アリスティアとしては、常に本心を隠して笑顔を貼り付け、誰にでも美辞麗句を唱える他の男性より、余程アレクセイは信用出来る気がした。
きっと彼は女性に対してお世辞など言わない。
アレクセイが女性を褒めそやす事があれば、それは本心という事だ。
しばらくして本人に知らされる事なく、密かにアレクセイの嫁探しが王妃主導の下行われた。
王妃とてアレクセイの好みに沿う女性を探したいのは山々だが、この話題は中々切り込む事が難しい。一つ分かっている事とすれば、彼は感情の起伏の激しい女性は特に苦手としている事。
感情的な令嬢ではなく、冷静な判断が出来る令嬢を探したいのは王妃も同意見であり、そこはアレクセイと意見が一致している。
アレクセイは確かに兄思いで忠実。だが彼がいかに高潔であったとしても、打算や陰謀が渦巻く貴族社会にて、味方が少ない状態はいくら本人が自衛しようとしても危うい。いつ思ってもいない方向から、思い掛けない形で足元を掬われるか分からない。
その際に皆がアレクセイが無実だと分かった所で、特に益がないと判断されると助けて貰えない可能すらある。
彼を守るには、王妃の目から見て信頼のおける家柄である事と本人の資質が備わっている事。そしてアレクセイの苦手とする貴族間との関わり、社交の部分を補う事が出来る妻である事が必須とされた。
あわよくばアレクセイが興味を持ち、いい関係を築いてくれる可能性のある令嬢。
この部分に至っては賭けでしかなく、アリスティアはお飾りの妻となる可能性が高かった。
アリスティアはずっとアレクセイに焦がれていたが、イザベラ達のように露骨な態度はとらないので、誰も彼女が第三王子の事を思っているなど知らなかった。それは王妃も、親友のケイラですら。
王家からアレクセイとの婚姻話が出て候補に上がった時も、秘めた心はそのままに「わたくしで良ろしければ」と嫋やかに微笑んで見せるのみだった。
初夜では予想通りアレクセイに子をなすつもりもないと言われてしまったが、幼い頃から憧れていた王子様に嫁ぐ事が出来たのだ。アリスティアもアレクセイさえ側にいてくれれば、十分幸せだった。
小さな頃、王宮に呼ばれたアリスティアは一人会場から抜け出してしまい、入り組んだ回廊に迷い込んだ。
この日はオルガ王女の誕生パーティーだった事もあり、夜会ではなく日中の子供同伴での参加が許可されていた。
会場から出た先は、参加者が絵画などの美術品が見れるよう解放された、回廊となっている。アリスティアは両親の目を盗み、大人のボリュームあるドレスのスカート部分を死角として、そこへ足を運んだ。
そして天井に描かれる荘厳な宗教画を眺めているうちに、アリスティアは更に内部へと進んでしまったのだった。その途中偶然そこを通りかかった、銀色の髪の王子様と出くわす。
その人は息を呑むほど美しく、輝く銀糸の髪は先程見た宗教画に描かれる、天使よりも余程神秘的だと思った。
この時彼の身分が王子かという事までは、幼いアリスティアには分からなかったが、まるで物語に出てくる王子様をそのまま具現化したような姿だった。
アレクセイは既に立派な女嫌いではあったが、鬼でも悪魔でもない。そして小さな子供と回廊で出くわした瞬間、すぐに察した。
自分は出席はしていないし、するつもりもないが、本日が異母妹の誕生日の式典という事は把握している。きっとこの子供は、その会場から抜け出して来た迷子なのだと。
ちなみにこの時のアレクセイが十二歳で、早生まれのアリスティアが八歳である。
子供では四歳の差はかなり大きく、アレクセイから見たアリスティアは酷くか弱い存在に見えた。女嫌いといえど、こんな歳下にまで不快感を露わにして放置する訳にはいかなかった。
アレクセイはアリスティアに一言「おい」と話しかけ、問答無用だったが優しく手を取って会場の方へと歩き出し、会場付近で通りがかった城の者を見つけると呼び止めた。「会場から抜け出した子供がいるぞ。警備がザルだと舐められたいのかと言っておけ」と、侍従にアリスティアを引き渡してから、彼はすぐにその場を去って行ってしまった。
少しもロマンスを感じない出会いではあるが、アリスティア本人は、繋いだ手の温もりとアレクセイの美しい横顔に心奪われていた。
その後からアレクセイが、第三王子である事を知る。
十六歳になりデビュタントを迎えたアリスティアは、アレクセイの姿を探す。
夜会などにアレクセイが出席する事は稀であり、久々にその姿を見かける事となった。大人になり細身ながら均整の取れた体躯へと成長を遂げようと、その美貌は健在で、少しも損なわれていなかった。
この頃にはアレクセイが女嫌いである事は把握済みであり、むしろこの事について知らない貴族はいないという程、国内では有名だった。
一言挨拶をしてみても本当に愛想のカケラもなく、それはどの令嬢であっても例外では無い。彼が令嬢相手に、愛想を浮かべているところなど見る事はなかった。
アリスティアとしては、常に本心を隠して笑顔を貼り付け、誰にでも美辞麗句を唱える他の男性より、余程アレクセイは信用出来る気がした。
きっと彼は女性に対してお世辞など言わない。
アレクセイが女性を褒めそやす事があれば、それは本心という事だ。
しばらくして本人に知らされる事なく、密かにアレクセイの嫁探しが王妃主導の下行われた。
王妃とてアレクセイの好みに沿う女性を探したいのは山々だが、この話題は中々切り込む事が難しい。一つ分かっている事とすれば、彼は感情の起伏の激しい女性は特に苦手としている事。
感情的な令嬢ではなく、冷静な判断が出来る令嬢を探したいのは王妃も同意見であり、そこはアレクセイと意見が一致している。
アレクセイは確かに兄思いで忠実。だが彼がいかに高潔であったとしても、打算や陰謀が渦巻く貴族社会にて、味方が少ない状態はいくら本人が自衛しようとしても危うい。いつ思ってもいない方向から、思い掛けない形で足元を掬われるか分からない。
その際に皆がアレクセイが無実だと分かった所で、特に益がないと判断されると助けて貰えない可能すらある。
彼を守るには、王妃の目から見て信頼のおける家柄である事と本人の資質が備わっている事。そしてアレクセイの苦手とする貴族間との関わり、社交の部分を補う事が出来る妻である事が必須とされた。
あわよくばアレクセイが興味を持ち、いい関係を築いてくれる可能性のある令嬢。
この部分に至っては賭けでしかなく、アリスティアはお飾りの妻となる可能性が高かった。
アリスティアはずっとアレクセイに焦がれていたが、イザベラ達のように露骨な態度はとらないので、誰も彼女が第三王子の事を思っているなど知らなかった。それは王妃も、親友のケイラですら。
王家からアレクセイとの婚姻話が出て候補に上がった時も、秘めた心はそのままに「わたくしで良ろしければ」と嫋やかに微笑んで見せるのみだった。
初夜では予想通りアレクセイに子をなすつもりもないと言われてしまったが、幼い頃から憧れていた王子様に嫁ぐ事が出来たのだ。アリスティアもアレクセイさえ側にいてくれれば、十分幸せだった。
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