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アリスティアのワインが零されたドレスは、当日の夜に洗濯婦の頑張りによって、汚れは綺麗に落とされた。
ワインを嗜む者が多いため、魔術師達と共に開発されたワイン用の漂白剤を早めに使えば、綺麗に落ちる確率が高い。

元通りになったドレスを見たアリスティアは、感激しながらドレスを抱き締めてお礼を言い、使用人達はその様子を微笑ましく思いながら見守っていた。


そして今やシルヴェスト公爵夫妻の仲の良さは、貴族間の中では公然の事実となっていた。

それは先日の夜会が原因であり、女嫌いで今まで碌に女性をエスコートしなかったアレクセイが、妻アリスティアをきちんとエスコートしていた。そしてアリスティアに向ける瞳は、いつもの冷然とした眼差しではなく、まるで極上の宝石を見つめているかのようだった。

しかしそれだけではない。

アリスティアが誰かから、ドレスにワインが掛けられた事に気付き落ち込んでいると、駆け付けたアレクセイが直ぐ妻を抱き締めて慰めていたのだという。
それが何故広まったのかと言うと、廊下で見ていたシュゼットという伯爵令嬢の仕業だった。

一部アリスティアと同年代の貴族令嬢の中では、シュゼットに見られると、秒で社交界に広まると認識されている。
彼女の凄い所は、他人の醜聞や秘された恋などは決して拡散しようとしたりしないが、広められて然程問題ない事は秒で広める。

今回広めたのも女嫌いで有名だった王弟と、その妻との仲睦まじく微笑ましい様子だったので、やはり問題はないのだが。

そんな噂好きの彼女ではあるが身分は伯爵令嬢。そして祖父が王家の血を引く公爵であり、高貴な血筋の持ち主でもある。
化粧室から出て直ぐにアレクセイに抱き締められた後、ホールに戻る時にアリスティアはシュゼットとすれ違った事に気付いていた。なのでこうなる事は予想出来ていた。


お陰で社交界では『あの王弟殿下が、新妻を溺愛している!』と、シルヴェスト公爵夫妻についての話題が頻繁に上げられている。
「殿下は女に興味を持てたのか」「氷の王子は人を愛せたのか」など、皆好き勝手に噂していた。
それと同時に、あの殿下を振り向かせたアリスティア嬢は流石だと、アリスティアの評判も上がっていった。






アイスブルーの瞳で、彼は自身の妻であるアリスティアを、熱の篭った上目遣いで見上げる。

「旦那様ったら、縛られてそんなに嬉しいのですか?」

床に敷布を敷き、そこに座らせた夫を立ったまま見下ろしたアリスティアは、僅かに微笑みを浮かべながら返答を促した。

「嬉しい訳がないだろう」
「そうなのですね」

「普通にアリスティアとゆっくり、茶を飲みながら話したいと思っていたのだ。今日は出仕していて、アリスティアと過ごせる時間がなかったからな。そもそもこれではアリスティアに触れる事はおろか、抱きしめる事も出来ないではないか」

夫婦の営みが行われるべき寝室で、碌に会話をさせて貰えないまま、今夜も両手を後ろにした状態で彼は縛り上げられていた。訝るような声音と眼差しをアリスティアに向け、相変わらず抵抗の意思を見せている。

そして床に座したまま紐で縛られ、見下ろされながら淡々と話すアレクセイの姿は、中々シュールだった。


「では、何のお話を致しましょうか。政治や経済、昨今の貿易事情などは如何でしょうか?では、どうぞ」

「待て。このままの状態ではおかしいだろうっ。それに私は今日アリスティアがどの様に屋敷で過ごしていたのかとか、もっと貴女と他愛のない会話がしたい」

「そうなのですか…旦那様はこうされるのがお好きだと思っていましたのに、思い違いでしたのね…」

「当たり前……!!」

肯定しようとした瞬間、アリスティアの小さな足が、アレクセイの股間を優しく踏みつけた。指なども駆使して、ぐりぐりと刺激していく。それと同時にアレクセイはビクリと身体を震わせ、短い呻きを上げた。


「気付かなくて申し訳ありません。すぐ止めますわね」

そう言いながら、股の間を踏みつけていた足をゆっくり退けた。

「なんだと…、何故止める。まさか放置するつもりか…?放置は許さない。…違うな、気持ちが良いです」

「あら、やはり気持ちが良いのですね。ではもう一度、さんはいっ」

「とても気持ちが良いですっ」

アリスティアはアレクセイに、『気持ちが良い』と口に出して繰り返し言わせる事で、脳内に刷り込ませていた。
そんなアレクセイの様子を見て顔を綻ばせると、目の前の夫と同じ目線になるよう屈んだ。

「良く出来ましたねっ」

言いながら、アレクセイの首に手を回して抱き着く。アリスティアのサラサラとした真っ直ぐで美しい黒髪がアレクセイの頬に触れる。甘い香と、密着する柔らかな感触は、彼に想像を絶する幸福を与え、アレクセイは歓喜に震えた。

最近のアレクセイはご褒美を貰えるようになった。正に飴と鞭である。

妻に抱き締めて貰えるなんて、最初に比べたら、確かに前進はしているようだが。二人の関係は更に斜め上に突き進んでいたのだった。

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