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社交
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女性達の鮮やかなドレスで彩られる会場。
吹き抜けとなったホールの天井からは、シャンデリアが眩しいほどの光を放つ。
場内は昼間のような明るさを作り出していた。
流石に人前では女王様っぷりを発揮したり、拒否したりするはずのないアリスティアは、黙ってアレクセイにエスコートされていた。
国王夫妻に挨拶をすると、王は結婚後初めて二人の様子を目にした。あまりに違和感のない、普通の仲睦まじい夫婦ぶりに、アレクセイの異母兄である王は心底安堵していた。むしろ初々しい所がとても微笑ましい。しかしそんな思いは表面には出さず、無難に挨拶は終わった。
会場内を歩いていると、恰幅の良い大臣の一人がシルヴェスト公爵夫妻へと近付き、声を掛ける。
「アレクシス殿下、ご結婚おめでとうございます。奥方様とは、とても仲睦まじいご様子で」
「中々忙しくて妻のアリスティアとこのような場に出る機会は無かったが、妻のアリスティアとはとても仲良くやっている。私の妻のアリスティアだ」
王弟でなければ確実に「妻の妻の五月蝿いわ」と言われていたに違いない。無駄に連呼し始めたが、大臣が指摘出来るはずもなく、また当の妻本人も気にした様子はない。
「アリスティア・シルヴェストでございます」
挨拶をして、美しいカーテシーを披露するアリスティアを見ての「ご結婚されてますますお綺麗に」という美辞麗句を受け流し、その後の軽いやり取りの後、二人は早々に場を離れた。
その後もアレクセイは話しかけられる度に「妻の」「妻が」を連呼していた。
自分の容姿など褒められてもあまり嬉しくはない彼だが、アリスティアを賛美する言葉を聞くのは悪くはないと思った。
それでも、あまり社交性は持ち合わせていないアレクセイである。
愛想のなさ故に、引っ切り無しに人が話しかけに来ると言うことはないが、足早に貴賓席へと向かう事にした。
「ここならあまり絡まれないだろう」
貴賓席にある二人に用意された席に着き、一息ついた瞬間、知った声がアレクセイを呼び掛けた。
「アレクセイ殿下」
「何だ」
振り返ると名前を呼んだのは、本来貴賓席に席を設けられていない人物。アッシュブロンドの髪を持つ彼は伯爵家の子息であり、仕事で接する機会の多い若き政務官のロナンだった。アレクセイは嫌な予感がした。
「少しお話が」
「別に今でなくてもいいだろう」
いつもの冷たい声音で返すが、そんなアレクセイの様子など、幼馴染でもある彼は慣れきっていて、吹く風だった。
「昨日お話したかったのですが、いらっしゃらなかったので」
短く息を吐いたアレクセイは、仕方なしに妻に向かって言う。
「ほんの少し離れるけど、私が戻るまでここを動かないように」
「いえ。わたくしも知り合いの所に、ご挨拶に行ってこようかと思います」
「何?男ではないだろうな」
「仲のいいご令嬢方をお見かけ致しましたので。そういえば、旦那様は女性がお嫌いでしたわね」
「……」
「もしかして、女性の知り合いと交流するなとは言いませんわよね?男性の方がよろしかったですか?」
「男はダメだ」
即答だった。
顔を硬ばらせるアレクセイに向かって、アリスティアは優しく微笑む。
「社交も立派な妻の勤めです。淑女の皆様との交流を広げて参ります。私もすぐに戻りますわ」
「……そうだな」
アリスティアも公爵夫人として、この夜会に参加している。妻の勤めと言われてしまえば、了承せざるを得なかった。
「それにあちらの方を、あまりお待たせしてはいけませんわ」
アリスティアが目を向けてニコリと微笑みかけると、ロナンが顔を赤くしたのをアレクセイは見逃さなかった。
◇
貴賓席から見渡せば、仲の良いご令嬢も比較的見つかりやすい。知り合いが何処にいるのか確認してしてから、アリスティアは席を離れた。
「リュシエール侯爵令嬢」
旧名で呼び掛けられたアリスティアは振り返る。すると豊かなオレンジ色の髪をした、ベルティエ侯爵の孫娘、イザベラが声の主だと言う事に気付き歩みを止めた。
イザベラ筆頭に、何人かの令嬢達がアリスティアに近づいてきたので、アリスティアは直ぐに挨拶をする。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう。ごめんなさいね、つい癖で。今はシルヴェスト公爵夫人でしたわね。ご結婚おめでとうございます。そういえば、アレクセイ殿下はもうご一緒ではないのね。大変ですわね、早速放っておかれるなんて」
「旦那様はお忙しいので」
アリスティアがそう言うと、令嬢の一人が目を輝かせた。
「まぁ!遠目から見ても、ずっと素敵だと思っていたけれど、生地も相当いい物を使っているんですね、このドレス」
それをきっかけに、他の令嬢も口々に話し始める。
「首飾りや腕輪のダイヤもとても美しいわ。もしかしておねだりして買って頂いたのですか?」
「アレクセイ殿下って実はお優しいの!?」
「でも、まさかアリスティア様と殿下がご結婚なさるなんて」
「やっぱり王妃様のお気に入りだからですか?」
友人の元に行こうとしていたのに、アリスティアは代わる代わる話し始めたこのご令嬢達に、中々解放してもらえなかった。
吹き抜けとなったホールの天井からは、シャンデリアが眩しいほどの光を放つ。
場内は昼間のような明るさを作り出していた。
流石に人前では女王様っぷりを発揮したり、拒否したりするはずのないアリスティアは、黙ってアレクセイにエスコートされていた。
国王夫妻に挨拶をすると、王は結婚後初めて二人の様子を目にした。あまりに違和感のない、普通の仲睦まじい夫婦ぶりに、アレクセイの異母兄である王は心底安堵していた。むしろ初々しい所がとても微笑ましい。しかしそんな思いは表面には出さず、無難に挨拶は終わった。
会場内を歩いていると、恰幅の良い大臣の一人がシルヴェスト公爵夫妻へと近付き、声を掛ける。
「アレクシス殿下、ご結婚おめでとうございます。奥方様とは、とても仲睦まじいご様子で」
「中々忙しくて妻のアリスティアとこのような場に出る機会は無かったが、妻のアリスティアとはとても仲良くやっている。私の妻のアリスティアだ」
王弟でなければ確実に「妻の妻の五月蝿いわ」と言われていたに違いない。無駄に連呼し始めたが、大臣が指摘出来るはずもなく、また当の妻本人も気にした様子はない。
「アリスティア・シルヴェストでございます」
挨拶をして、美しいカーテシーを披露するアリスティアを見ての「ご結婚されてますますお綺麗に」という美辞麗句を受け流し、その後の軽いやり取りの後、二人は早々に場を離れた。
その後もアレクセイは話しかけられる度に「妻の」「妻が」を連呼していた。
自分の容姿など褒められてもあまり嬉しくはない彼だが、アリスティアを賛美する言葉を聞くのは悪くはないと思った。
それでも、あまり社交性は持ち合わせていないアレクセイである。
愛想のなさ故に、引っ切り無しに人が話しかけに来ると言うことはないが、足早に貴賓席へと向かう事にした。
「ここならあまり絡まれないだろう」
貴賓席にある二人に用意された席に着き、一息ついた瞬間、知った声がアレクセイを呼び掛けた。
「アレクセイ殿下」
「何だ」
振り返ると名前を呼んだのは、本来貴賓席に席を設けられていない人物。アッシュブロンドの髪を持つ彼は伯爵家の子息であり、仕事で接する機会の多い若き政務官のロナンだった。アレクセイは嫌な予感がした。
「少しお話が」
「別に今でなくてもいいだろう」
いつもの冷たい声音で返すが、そんなアレクセイの様子など、幼馴染でもある彼は慣れきっていて、吹く風だった。
「昨日お話したかったのですが、いらっしゃらなかったので」
短く息を吐いたアレクセイは、仕方なしに妻に向かって言う。
「ほんの少し離れるけど、私が戻るまでここを動かないように」
「いえ。わたくしも知り合いの所に、ご挨拶に行ってこようかと思います」
「何?男ではないだろうな」
「仲のいいご令嬢方をお見かけ致しましたので。そういえば、旦那様は女性がお嫌いでしたわね」
「……」
「もしかして、女性の知り合いと交流するなとは言いませんわよね?男性の方がよろしかったですか?」
「男はダメだ」
即答だった。
顔を硬ばらせるアレクセイに向かって、アリスティアは優しく微笑む。
「社交も立派な妻の勤めです。淑女の皆様との交流を広げて参ります。私もすぐに戻りますわ」
「……そうだな」
アリスティアも公爵夫人として、この夜会に参加している。妻の勤めと言われてしまえば、了承せざるを得なかった。
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アリスティアが目を向けてニコリと微笑みかけると、ロナンが顔を赤くしたのをアレクセイは見逃さなかった。
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「ごきげんよう」
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