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可憐な奥様
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翌朝アレクセイは、一睡も出来ぬまま起床した。
朝食の席でアリスティアと顔を合わせるは、少々気不味い気がしたが、彼女は一言挨拶をしただけで何食わぬ顔で席に座った。
小柄だがしっかりと朝食を取り、焼きたてのパンをいくつか平らげていた。
アレクセイは仕事人間である。例え新たな扉を開き、衝撃で一睡も出来なかったとしても、放棄などせずに今日もきちんと仕事をこなす。
終わらせなければならない仕事は先延ばしにせず、早めに取り掛かるのが彼の性格だ。
朝から取り掛かっていた執務を終えたアレクセイは、一旦部屋から出て階下を目指した。すると階段を降りている最中、廊下で侍女二人と歓談中のアリスティアを見かけた。
更にその輪に花束を手にした、庭師の若い男の使用人が加わった。
「奥様、頼まれていた花をお持ち致しました」
庭師がアリスティアに差し出した花は、薔薇を中心にガーベラやカスミソウなどを束にした可愛いらしい物だった。それを見たアリスティアは、花が咲くような笑顔を見せ、嬉しそうに受け取った。
「まあ、ありがとう。ここに飾ろうと思うのだけど、どうかしら?」
「良いですね。人通りの多い場所にも関わらず殺風景でしたからね。これで一気に明るさが増すと思います」
「ハンナとレナはどう思う?」
アリスティアは侍女二人に問う。
「とても素敵ですわ」
「華やかになりましたわね。そういえば、使われていない花瓶なども倉庫に沢山ございますよ」
「見たいわ、一緒に選んでくれるかしら?」
「では僕は仕事に戻ります。後で奥様のお部屋にも飾り用のお花をお持ち致しますね。失礼致します」
侍女達と花瓶を選びに行こうとするアリスティアに、庭師が頭を下げながら言う。彼が玄関に向かう後ろ姿を眺めながら、アリスティアは「お礼にお茶とお菓子を持っていこうかしら」と言っている。
使用人のために女主人が物を運ぶのか?と訝しんだが、それとは別にアリスティアは使用人達と早々に打ち解けており、楽しそうに過ごしているのが分かる。
顔の血色も良さそうで、昨晩ぐっすりと眠った事も伺えた。
自分は昨日あんな事があって、全く眠れなかったというのに…。
◇
再びアレクセイが私室で執務をこなしていると叩扉があり、返事をすると執事のモーリスが扉を開けた。
「失礼致します旦那様、よろしいでしょうか。奥様からご質問がございまして」
アリスティアは言っておいた通り、直接アレクセイに話し掛けて来ず、執事や使用人を介して要件を伝えて来る。
それどころか顔を合わせても、表情を変えず控えめに頭を下げるのみ。自分の方がアリスティアを意識しすぎていると感じる程だった。
「何だ」
「奥様が休憩中の侍女達と庭で、お茶をしても良いかと聞かれておりまして」
仮にも公爵夫人が使用人とお茶を一緒にするのかと驚いたが、個人的には貴族の体裁への拘りはないので、好きにすればいいと思うが。そう伝えようとした瞬間。
「皆も奥様が寂しく無いように、精一杯お仕えすると言っております」
「………」
マナーとして、露骨に出さないように気を付ける場合もあるが、アレクセイの女嫌いは有名だった。
国内の貴族間でもそれは知られており、そしてこの屋敷で働く人間も皆知っている。明らかに侍女など、女の使用人を避けているのは誰が見ても分かる程だ。
そんな女嫌いな主人の事を、間近で見てきたモーリスはアリスティアを不憫に思っているのか、悲しげな表情で訴えてくる。
主人であるアレクセイを悪に見立てて、使用人全員がアリスティアの味方だとでも言いたいのか。
しばらくして部屋から庭を眺めると、東屋で侍女達に囲まれ、お茶やお菓子を手にした楽しそうなアリスティアの姿があった。
陽の光が満ちる明るい庭で、季節の花々に囲まれたアリスティアはあまにも眩しかった。
◇
その日の夜、しばらく部屋の前で立ち往生をしていたが、アレクセイは勇気を出して扉を叩いた。すると中から鈴を転がしたような、可愛らしい声で返事がされた。アリスティアの声は高めだが、本人が落ち着いた性格のせいか全く不快ではなかった。むしろ聴き心地が良いと思ってしまうほどだ。
「殿下、どうなさいました?」
部屋に入るとアリスティアは可愛らしく小首を傾げた。それに対してアレクセイは口籠った。
その言葉を口にするのは躊躇いそうになるが、ここまで来たからには腹を括らねばならない。
アレクセイは意を決して口を開いた。
「今日も足で……してくれないだろうか……」
朝食の席でアリスティアと顔を合わせるは、少々気不味い気がしたが、彼女は一言挨拶をしただけで何食わぬ顔で席に座った。
小柄だがしっかりと朝食を取り、焼きたてのパンをいくつか平らげていた。
アレクセイは仕事人間である。例え新たな扉を開き、衝撃で一睡も出来なかったとしても、放棄などせずに今日もきちんと仕事をこなす。
終わらせなければならない仕事は先延ばしにせず、早めに取り掛かるのが彼の性格だ。
朝から取り掛かっていた執務を終えたアレクセイは、一旦部屋から出て階下を目指した。すると階段を降りている最中、廊下で侍女二人と歓談中のアリスティアを見かけた。
更にその輪に花束を手にした、庭師の若い男の使用人が加わった。
「奥様、頼まれていた花をお持ち致しました」
庭師がアリスティアに差し出した花は、薔薇を中心にガーベラやカスミソウなどを束にした可愛いらしい物だった。それを見たアリスティアは、花が咲くような笑顔を見せ、嬉しそうに受け取った。
「まあ、ありがとう。ここに飾ろうと思うのだけど、どうかしら?」
「良いですね。人通りの多い場所にも関わらず殺風景でしたからね。これで一気に明るさが増すと思います」
「ハンナとレナはどう思う?」
アリスティアは侍女二人に問う。
「とても素敵ですわ」
「華やかになりましたわね。そういえば、使われていない花瓶なども倉庫に沢山ございますよ」
「見たいわ、一緒に選んでくれるかしら?」
「では僕は仕事に戻ります。後で奥様のお部屋にも飾り用のお花をお持ち致しますね。失礼致します」
侍女達と花瓶を選びに行こうとするアリスティアに、庭師が頭を下げながら言う。彼が玄関に向かう後ろ姿を眺めながら、アリスティアは「お礼にお茶とお菓子を持っていこうかしら」と言っている。
使用人のために女主人が物を運ぶのか?と訝しんだが、それとは別にアリスティアは使用人達と早々に打ち解けており、楽しそうに過ごしているのが分かる。
顔の血色も良さそうで、昨晩ぐっすりと眠った事も伺えた。
自分は昨日あんな事があって、全く眠れなかったというのに…。
◇
再びアレクセイが私室で執務をこなしていると叩扉があり、返事をすると執事のモーリスが扉を開けた。
「失礼致します旦那様、よろしいでしょうか。奥様からご質問がございまして」
アリスティアは言っておいた通り、直接アレクセイに話し掛けて来ず、執事や使用人を介して要件を伝えて来る。
それどころか顔を合わせても、表情を変えず控えめに頭を下げるのみ。自分の方がアリスティアを意識しすぎていると感じる程だった。
「何だ」
「奥様が休憩中の侍女達と庭で、お茶をしても良いかと聞かれておりまして」
仮にも公爵夫人が使用人とお茶を一緒にするのかと驚いたが、個人的には貴族の体裁への拘りはないので、好きにすればいいと思うが。そう伝えようとした瞬間。
「皆も奥様が寂しく無いように、精一杯お仕えすると言っております」
「………」
マナーとして、露骨に出さないように気を付ける場合もあるが、アレクセイの女嫌いは有名だった。
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そんな女嫌いな主人の事を、間近で見てきたモーリスはアリスティアを不憫に思っているのか、悲しげな表情で訴えてくる。
主人であるアレクセイを悪に見立てて、使用人全員がアリスティアの味方だとでも言いたいのか。
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その言葉を口にするのは躊躇いそうになるが、ここまで来たからには腹を括らねばならない。
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