4 / 18
復讐劇
4
しおりを挟む「…あと、もう一仕事、」
顔を上げ、そう呟くと一陣の風が吹いて、ずっと被ったままだったフードが頭から外れる。けれど、被り直すことはしない。もう、顔は隠さずとも良いのだから。
落とした視線の先、未だ広がる紅に混じる黒曜石を拾い上げた。
それはシノノメが肌身離さず持っていたペンダントで、このレジスタンスの白ローブたちの洗脳の核になっているものだ。
それを握り砕くと、洗脳の波動が切れるような感覚の後に、ここまで混沌とした事態の中でもひたすら立ち尽くし、俺の放ったつららにたたらを踏んでいただけの連中が、一斉に瞳に光を取り戻す。
そしてこの状況を鑑み、悲鳴を上げ、困惑に揺れる彼らに、自我が戻ったと安堵する。
しかし、ただ開放するだけでは事態は収束しない。傷に響くだろうなぁと思いながら、大きく息を吸い込み、
「―――聞け!!」
叫んだ。
それなりに距離があろうとも、木々も何にもない荒野では、俺の声を阻むものは何もない。
思ったよりも響いたことに驚きながら、驚愕と恐怖に固まった白ローブたちに向けて言葉を紡ぐ。
「――心の弱きものたちよ、この場にいることが自らの意志でないのなら、その白い反逆の象徴を脱ぎ捨て、去れ!」
ほとんどがそのはずだ。
彼らは魔法で洗脳されているだけで、そこに自分の意志はなかったはず。
だから、
「――ここは、戦場である!!」
言い切り、僅かな静寂の後、やっと自身の立たされた立場を理解した彼らは白ローブを脱ぎ捨て、一斉に敗走を始めた。
怒号と悲鳴と慟哭が混じりあい、荒野に木霊す。
そして、
「………やっと姿を現したな」
そこに残ったのは、本物の『反逆者』。
白ローブを纏いながらも、確かにこの場に自己の意志で立っている彼らこそが、シノノメたちを唆し、この計画の立案者にして首謀者。
片手でも足りるほどの数。白いフードの下から覗くのは、正義側と称するのは濁り切った憎悪に満ちた目。
その対象は今や、『国』から『俺』へとシフトしている。
「………貴様ァ!」
「―――この裏切り者がッ!」
「だからこんな子供を信用するなとあれほど………!」
「……どうしてどうしてどうしてどうしてどうして、あんなに洗脳魔法をかけたのに!!」
嘆く内容はそれぞれであれ、その殺意の行き先は寸分違わず、『俺』だ。
向けられる敵意に、ふと笑みを零した。
――どうやら、計画は上手くいったようだ。
この状況は、俺が何度も思い描いた光景だった。シノノメを殺し、この『革命軍』の首謀者を炙り出す。
ここまで出来れば、大したものではないだろうか。ただ一般人だった俺が、ここまでやり切れたのだから悔いなど、もはや微塵も、
『カナデ』
「……………、」
ふと過った声に、頭を振る。
こんな汚れ切ってしまった手で、触れていい思い出ではない。
思い出すことすら烏滸がましい。擦り切れそうになった意識が縋ろうと、これ以上求めていいものなんて、俺にはないのだから。
「―――サツキ!」
鋭く聴覚に飛び込んできた、淀んだ響きを持つそれに反応した時には遅かった。
顔を上げた先、ギラリと光る真っ赤に染まった瞳孔と、鈍く光る凶器を視認した時には、回避行動が起こせるほどの猶予は残されておらず、
「…ようやく、」
訪れる終焉に抗わずに、ゆっくりと視界を閉じ――
「カナデ!」
ギン!と刃が交じる音と、凛とした声色が聞こえ、目を見開いた。
眼前に靡く漆黒のマントに、揺れる銀髪。
思ってもみなかった展開に、思わず「え…?」と間抜けな声が出る。
しかし、剣を弾き返して相手を切り伏せた彼は、俺を振り返って泣きそうなほどに顔を歪めた。
「カナデ、」
言葉を詰まらせる彼の後ろで捕縛されていく反逆者たち。
最優先事項が一気に入れ替わり、状況の変化に戸惑うばかりの俺を、彼は案じるように見下ろす。
透き通る水色が陰り、銀色が陽の光を受けて煌く様に見惚れながら、呆然と思ったことは一つ。
「(…………覚えて…?)」
それは確かに、俺は異世界人ーー『異人』で。そうそう忘れるほどの他愛ない物事じゃないかもしれないけど。
それでも戦いの中に身を置き、激動であろうその人生に置いて俺なんてさして重要でないし、覚えていたところで、何の役にも立たないだろうに。
「……それなのに、」
覚えていてくれた。――あぁ、もう、俺はそれで…
「…カナデ?」
零した言葉に反応し、傷が痛むのかと痛ましげに顔を歪め聞いてくる彼が、眩しく感じた。
嘘偽りのない善意に、俺は出来うる限りの笑みを浮かべる。
「…ルイズ、さん、」
「何かな、カナデ。あぁいや、それよりも傷の手当てをしよう、相当深く刺さっている。かなり痛むだろう、」
「……もう、いいよ」
「――え、」
手を差し伸べる彼を振りほどき、痛む体を叱咤して数歩後退する。
そんな俺に混乱し、動かない彼に笑みを深め、脇腹に刺さったナイフを引き抜いた。
「カナデ!」
叱責するように掛けられる声。溢れる血。引き抜いたそれに付いた余分なものを払って、
「もう、それだけで十分だよ」
呟き、ナイフをかざすと、意図を汲み取った彼が一歩踏み出し、
「――ありがとう」
しかし、制されるよりも先に自身の致命傷に向け、ナイフを振り切った。
10
あなたにおすすめの小説
【本編完結】死に戻りに疲れた美貌の傾国王子、生存ルートを模索する
とうこ
BL
その美しさで知られた母に似て美貌の第三王子ツェーレンは、王弟に嫁いだ隣国で不貞を疑われ哀れ極刑に……と思ったら逆行!? しかもまだ夫選びの前。訳が分からないが、同じ道は絶対に御免だ。
「隣国以外でお願いします!」
死を回避する為に選んだ先々でもバラエティ豊かにkillされ続け、巻き戻り続けるツェーレン。これが最後と十二回目の夫となったのは、有名特殊な一族の三男、天才魔術師アレスター。
彼は婚姻を拒絶するが、ツェーレンが呪いを受けていると言い解呪を約束する。
いじられ体質の情けない末っ子天才魔術師×素直前向きな呪われ美形王子。
転移日本人を祖に持つグレイシア三兄弟、三男アレスターの物語。
小説家になろう様にも掲載しております。
※本編完結。ぼちぼち番外編を投稿していきます。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました
芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」
魔王討伐の祝宴の夜。
英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。
酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。
その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。
一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。
これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?
詩河とんぼ
BL
前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?
泥酔している間に愛人契約されていたんだが
暮田呉子
BL
泥酔していた夜、目を覚ましたら――【愛人契約書】にサインしていた。
黒髪の青年公爵レナード・フォン・ディアセント。
かつて嫡外子として疎まれ、戦場に送られた彼は、己の命を救った傭兵グレイを「女避けの盾」として雇う。
だが、片腕を失ったその男こそ、レナードの心を動かした唯一の存在だった。
元部下の冷徹な公爵と、酒に溺れる片腕の傭兵。
交わした契約の中で、二人の距離は少しずつ近づいていくが――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる