次元を歪めるほど愛してる

モカ

文字の大きさ
上 下
3 / 15

しおりを挟む




一体、こんなところに辿り着くためにどれだけの人を殺したんだろう。

真っ白な俺の世界を唐突に侵略して来た、真っ黒な毛に包まれた大きな胴体のその『獣』は。

鋭利な牙が覗く口元をぐっしょりと赤黒く汚し、でも爛々と青色に輝く瞳はどこか寂しそうで。


「(……あぁ、)」




そっか。俺はこの為に、生まれてきた。




『……そろそろ、思い出した頃か? 軍の連中が記憶を消していたことには焦ったが…この姿を見て、己が宿命を思い出さないはずが無いな』


「……………うん、」


今、ようやく心の中の空白の中身を知った。

きっとこれは知らない方が良かったものなんだろう。けど、俺は今まで生きてきた中で一番の充実感を感じた。


「(…………あぁ、やっと、)」



俺の存在が役に立つものが、見つかった。



『……さぁ、今世も問おうぞ、我が怒りを鎮めるためだけに存在する贄である神子よ。己は、生を引き換えに我を封印するか。それとも、先の運命を捨て、我と永劫を共にするか』


選べ。


そう厳かに告げられた選択は、究極。

どちらを選んでも、苦痛が伴うのは理解した。けれど、ならば俺が選ぶのは、



「貴方との永劫を」



この日のために貴重な時間を、気持ちを、費やしてくれたあの人達のために、俺が出来るのはこれくらいだ。


『………正気か、』

「うん。だって貴方は…寂しいだけ」

『…………』

「自分の存在を忘れられて、いないものとされて、悲しかったんだよね…。なら、俺がずっと一緒にいてあげる。一人じゃなくて二人なら、寂しくなることなんてないもの。……ねぇ、本当は心の優しい神様。だからもう人を傷つけるのはやめよう?」

『知ったような口を、』

「…うん、そうだね。俺には、あなたの孤独は分からないし、とても想像なんてつかないよ」


けれど、知らないからこそ。


「だから、これからの永劫をかけて、教えてよ。ずっと一緒なんだから、俺にもそれを背負わせて!」

『ーーー…!?』

「俺、馬鹿だから、きっと最初はイライラすると思うけど。頑張るから! 神様が寂しくならないように、虚しくならないように、俺がずっとそばに居てあげる!」


そう言えば、虚をつかれたように、神様が目を張った。


「ね、神様、俺、」



「「「アシュラ!!!」」」


背後のドアが勢いよく開いて、聞き覚えのある声に笑顔で振り返った。


「皆」

「…っアシュラ、お前の前に立ってるそれは、」


「ーーイチ、どうやら説明は不要らしい」


「隊長…」


少し遅れて、三人の後ろから現れたその人は、一目見ただけで状況を理解してしまったらしい。

……困ったなぁ。そんな顔をさせたいわけじゃないのに。


「アシュラ、」

「ごめんね、おいちゃん。待ってられなくて。………いい子じゃなくて、ごめんなさい。でも、ありがとう。あの言葉、ホントに嬉しかったよ!」

「……俺は、お前のそんな言葉を聞くためにここまで面倒を見たわけじゃねぇ」

「あははっ! 優しいね…ホント、皆…優しい…。だから、そのお返しをしたいんだ」


そんな俺を見て苦い顔をするその人。その後ろで悲しそうな顔で三人が俺の名前を呼ぶ。

けれど、でも、…ううん。分かってしまった、自分の宿命を。そして、その為にこの人たちにどれほどのものを背負わせてしまったのかも。

それを知らずに不幸ぶって、ただ与えられる優しさに甘えて俺は考えることを放棄していた。それがどれだけ罪深いことなのか今理解出来たんだ。


馬鹿な俺でも分かる、俺だけにしか出来ないこと。


なら、選択は考えるまでもない。


「……アシュラ、」


引きとめようとしてるのだろうか、おいちゃんが俺の名前を呼んでくれる。

けどそれを遮るように笑みを浮かべ、本で知り得たものを慎重に選んで言葉を紡ぐ。


「…今までありがとう、おいちゃん。ありがとう、サン、ニイちゃん、イッチ。忘れられない時間をありがとう。こんな俺の為に、背負ってくれてありがとう。大好きだよ、だから、さようなら」


拙い、あまりにも拙かった。

俺の気持ちを表すには、全く足りない。あぁ、こんなことになるならもっと本を読んでおけばよかった。

最後まで馬鹿だな、俺。


「…神様、この命を、貴方に捧げます。

ーー永劫を、共に」


『………本当に、良いのだな?』

「はい、俺にはこんなことしか、返せるものがないので」

『…そうか、』


思慮深い声で、神様がそう言った。

案じるような瞳の真っ黒な毛並みの獣に、振り返ってニッコリと笑いかけ、一歩、踏み出す。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

王様のナミダ

白雨あめ
BL
全寮制男子高校、箱夢学園。 そこで風紀副委員長を努める桜庭篠は、ある夜久しぶりの夢をみた。 端正に整った顔を歪め、大粒の涙を流す綺麗な男。俺様生徒会長が泣いていたのだ。 驚くまもなく、学園に転入してくる王道転校生。彼のはた迷惑な行動から、俺様会長と風紀副委員長の距離は近づいていく。 ※会長受けです。 駄文でも大丈夫と言ってくれる方、楽しんでいただけたら嬉しいです。

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

悪役令嬢の双子の兄

みるきぃ
BL
『魅惑のプリンセス』というタイトルの乙女ゲームに転生した俺。転生したのはいいけど、悪役令嬢の双子の兄だった。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

王子様と魔法は取り扱いが難しい

南方まいこ
BL
とある舞踏会に出席したレジェ、そこで幼馴染に出会い、挨拶を交わしたのが運の尽き、おかしな魔道具が陳列する室内へと潜入し、うっかり触れた魔具の魔法が発動してしまう。 特殊な魔法がかかったレジェは、みるみるうちに体が縮み、十歳前後の身体になってしまい、元に戻る方法を探し始めるが、ちょっとした誤解から、幼馴染の行動がおかしな方向へ、更には過保護な執事も加わり、色々と面倒なことに――。 ※濃縮版

処理中です...