次元を歪めるほど愛してる

モカ

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物心ついたときから、俺はそこに在った。

白く、四角い空間。

あるのはちょっとした本棚と、ご飯を食べるための机と椅子。そして、俺の背では届かない位置にぽつりと佇む窓だけ。

俺以外、たったそれっぽっちしかない白い空間が俺の世界の全てだった。


「おっはよー! アシュラ! 元気にやってるかー?」

「来てやったわよー!」

「おはようございます、調子はどうですか?」


何もないけどだからそこ完成された空間に、俺以外の存在はなかったけど。

その世界の外からくる仲良くしてくれる大人は、いた。



「ごめんね、アシュラ。私たちには、君が必要なのよ」


いつも優しいニイちゃん。


「だからって、お前に構ってやってるわけじゃないからな!」


やんちゃな、サン。


「辛い思いは、絶対にさせません」


俺のことを心配してくれる、イッチ。


「ーーーうん! ありがとう、みんな!」


変わっている、のだと思う。

その『普通』もただ本で読んだものでしかないけれど、本能的に感じていた。


俺の『日常』は『異常』だと。


「………アシュラ?」

「具合でも悪いの?」

「さては拾い食いしたな!」

「あんたじゃあるまいし…」

「あり得ませんね」

「ヒドっ!」


でもそんなことがどうでもよくなるくらい、その人たちは俺に良くしてくれた。

毎日、まいにち、心を込められた優しさを感じる度に、言い様のない気持ちが溢れる。

けれどそんな時は必ず、ぽっかりと空いている胸の空白が痛んで何かを訴えかけてくる。

…でも、


「あはは! 俺、元気だよ? 今日だってお昼のご飯、二杯もお代わりしちゃったし! みんな心配しすぎ」


笑って、そう答えるんだ。

溢れ出る前に、それを掬い上げて飲み干すことを繰り返していた。

きっとこの人たちに言うのは違う。だってこんなにも俺のことを気にかけてくれてるのに。

そんな風に言い訳をして、深く考えることを放棄していた。

なによりも、



「……元気にしてるか、ガキ」



その人が、いたから。


三人よりもここに来てくれる回数は少なかったけど、俺はここに来る人の中で一番好きだった。



「今日は来てくれたんだね! おいちゃん! さっきまでイッチとニィちゃんとサンが居たんだけどね!」

「……あぁ、知ってる」

「えぇ、何で!? すごいね、わかるんだ!」

「……まぁな」


いつも俺から話しかけてばかりで、その人が発する言葉は少なくて。けれど、くれる言葉はいつも想いが満ちていた。

聞かなくてもわかる。それが、本心かどうかなんて。

それだけその人の言葉は俺にとってもとても貴重で、そして、絶対だった。


「……なぁ、アシュラ」

「なぁに?」


呼ばれて振り向けば、その人は俺の首からさがるペンダントをなぞった。

空色に輝くそれを、同じ色の瞳に憂いを滲ませて見つめてから、願うように言ったんだ。


「……いつか、ここから出られたら、そしたら、俺がお前の行きたいところにどこでも連れてってやる」

「ほんと!? わかった! 俺、いつまでも待ってるよ、おいちゃんのこと!」


待ってろと言われたからには、本当にいつまでも待っているつもりだったんだ。



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