10 / 42
本編
10
しおりを挟む「……テオン」
不意に、痛いぐらいに掴まれたままだった腕が解放されて、そのとき初めて自分が震えていることに気がついた。
父上はそんな俺を見て一瞬罰の悪そうな顔をしたが、追及を止めるつもりはないらしく、今度は優しく両手で俺の頬を包んで安心させるような笑みを浮かべた。
「………俺はな、心配なんだ。お前は聡明だ。とても賢いし、人の機微を読み取るのも長けている。けれど、恋は…そんなお前の目を曇らせる可能性もある。だから、騙されたり、酷い事をされていないか、確認したいんだ」
「……、父上」
この人はきっと、俺の想い人が自分だなんて思ってもいないのだろう。
告げるつもりはなかった。諦める方法を探っていたのだって、心は手に入らなくても、それでも貴方の近くにずっと居たかったからだ。
でも、もう父上は俺に想い人がいることを確信している。
ここで下手な名前を出せば、きっと父上はさっきの言葉を実行する。この恋のために何の罪もない人の人生を犠牲にする覚悟なんて、俺には当然ながら出来ていない。
父上はそれを分かっているんだ。分かった上であんな脅すような事を言って、俺が本当のことを言うように仕向けている。…本当に、素晴らしい手腕。やっぱり、俺は王に向いていないなぁ。
「…………本当に、知りたいのですか?」
「…あぁ、もちろんだ」
「後悔、するかもしれませんよ?」
「…そんなことはありえないな」
そう問い掛ければ、力強い返答が返ってくる。父上の言葉通りもう言い逃れは出来ないと悟って、ため息をついた。
…そうか。もう、終わりか。
告げればこの心地のいい場所はなくなってしまう。仕方のないことだと分かっていても泣きそうになってしまった。
こんな計画実行するんじゃなかった。そうすればまだ、父上の隣は俺のものだったのに。
でも、もう終わりなら、最後に一回だけ…。
「……分かりました、父上。お耳を、貸してもらえますか?」
観念した俺を見て、父上は満足げに笑って頷き、頬に添えていた手を離した。
「あぁ、もちろん」
そう言って顔を傾けてくれる父上の首に素早く腕を回し勢いよく引き寄せて、
ーーその無防備な唇を奪った。
「好きです。……愛しています、テオドール様」
想定していなかったのだろう俺の行動に、黄金が見開かれた。
衝撃が強かったのか、身動ぎ一つしない父上に拒絶されないことをいいことに、もう一度今度はゆっくりと唇を重ねた。
「(…………柔らかい、)」
もう、この身体に触れることはできないだろう。
そう思ったらもう少し触れたくなって、口を開けてくれないかとぺろりと上唇を舐めた瞬間、もの凄い力で突き飛ばされた。
「……あぐ…っ!」
突然のことに受け身をとることも出来ず、長椅子の前に置いてあった机の側面に背中を強かに打ち付け、激痛が走った。
そのまま床に転がり痛みにのたうち回る俺を見下ろして、立ち上がった父上は俺に触れるのを迷うように片手を彷徨わせて。
「………っ、」
目を逸らして、その手を下ろした。
「(………当然の、報い。けど…痛いなぁ)」
生理的に溢れてきた涙で視界がぼやける中、ズキズキと痛む背中と胸のせいで立ち上がることはおろか、身体を起こすことさえできない。
「………幽閉だ」
虚に呟かれたそれは一瞬で。
蹲ったままの俺に痺れを切らしたのか。今度ははっきりとした言葉で父上は俺を拒絶をした。
「ーー出て行け、今すぐ」
何かを堪えるような表情しながら震える腕を抑えるその姿に、俺にはこれ以上言える言葉がなかった。
「はい、分かりました」
父上の部屋から自室まで、痛む身体を引き摺るようにして歩いてようやく辿り着き、部屋の床に倒れ込んだ。
「…もう、いいかな」
頑張った。もう十分。積年の想いも告げることもできた。
…失った代償は、大きかったけれど。
この後、本当に幽閉されても、打首にされても、悔いはない。
想定の最悪よりもさらに酷い結果になってしまったけど…仕方がない。相手は父上だったんだから。
あぁ、でも、一つ伝え忘れてしまったな。
「…好きになって、愛してしまって、ごめんなさい。父上…」
186
お気に入りに追加
507
あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、


【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話
八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。
古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件
神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。
僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。
だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。
子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。
ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。
指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。
あれから10年近く。
ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。
だけど想いを隠すのは苦しくて――。
こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。
なのにどうして――。
『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』
えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる