【完結】俺が一目惚れをした人は、血の繋がった父親でした。

モカ

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「……テオン」


不意に、痛いぐらいに掴まれたままだった腕が解放されて、そのとき初めて自分が震えていることに気がついた。

父上はそんな俺を見て一瞬罰の悪そうな顔をしたが、追及を止めるつもりはないらしく、今度は優しく両手で俺の頬を包んで安心させるような笑みを浮かべた。


「………俺はな、心配なんだ。お前は聡明だ。とても賢いし、人の機微を読み取るのも長けている。けれど、恋は…そんなお前の目を曇らせる可能性もある。だから、騙されたり、酷い事をされていないか、確認したいんだ」


「……、父上」


この人はきっと、俺の想い人が自分だなんて思ってもいないのだろう。

告げるつもりはなかった。諦める方法を探っていたのだって、心は手に入らなくても、それでも貴方の近くにずっと居たかったからだ。

でも、もう父上は俺に想い人がいることを確信している。

ここで下手な名前を出せば、きっと父上はさっきの言葉を実行する。この恋のために何の罪もない人の人生を犠牲にする覚悟なんて、俺には当然ながら出来ていない。

父上はそれを分かっているんだ。分かった上であんな脅すような事を言って、俺が本当のことを言うように仕向けている。…本当に、素晴らしい手腕。やっぱり、俺は王に向いていないなぁ。


「…………本当に、知りたいのですか?」

「…あぁ、もちろんだ」

「後悔、するかもしれませんよ?」

「…そんなことはありえないな」


そう問い掛ければ、力強い返答が返ってくる。父上の言葉通りもう言い逃れは出来ないと悟って、ため息をついた。

…そうか。もう、終わりか。

告げればこの心地のいい場所はなくなってしまう。仕方のないことだと分かっていても泣きそうになってしまった。

こんな計画実行するんじゃなかった。そうすればまだ、父上の隣は俺のものだったのに。



でも、もう終わりなら、最後に一回だけ…。




「……分かりました、父上。お耳を、貸してもらえますか?」


観念した俺を見て、父上は満足げに笑って頷き、頬に添えていた手を離した。


「あぁ、もちろん」


そう言って顔を傾けてくれる父上の首に素早く腕を回し勢いよく引き寄せて、


ーーその無防備な唇を奪った。



「好きです。……愛しています、テオドール様」



想定していなかったのだろう俺の行動に、黄金が見開かれた。

衝撃が強かったのか、身動ぎ一つしない父上に拒絶されないことをいいことに、もう一度今度はゆっくりと唇を重ねた。


「(…………柔らかい、)」


もう、この身体に触れることはできないだろう。

そう思ったらもう少し触れたくなって、口を開けてくれないかとぺろりと上唇を舐めた瞬間、もの凄い力で突き飛ばされた。


「……あぐ…っ!」


突然のことに受け身をとることも出来ず、長椅子の前に置いてあった机の側面に背中を強かに打ち付け、激痛が走った。

そのまま床に転がり痛みにのたうち回る俺を見下ろして、立ち上がった父上は俺に触れるのを迷うように片手を彷徨わせて。


「………っ、」


目を逸らして、その手を下ろした。


「(………当然の、報い。けど…痛いなぁ)」


生理的に溢れてきた涙で視界がぼやける中、ズキズキと痛む背中と胸のせいで立ち上がることはおろか、身体を起こすことさえできない。


「………幽閉だ」


虚に呟かれたそれは一瞬で。

蹲ったままの俺に痺れを切らしたのか。今度ははっきりとした言葉で父上は俺を拒絶をした。



「ーー出て行け、今すぐ」



何かを堪えるような表情しながら震える腕を抑えるその姿に、俺にはこれ以上言える言葉がなかった。


「はい、分かりました」





父上の部屋から自室まで、痛む身体を引き摺るようにして歩いてようやく辿り着き、部屋の床に倒れ込んだ。


「…もう、いいかな」


頑張った。もう十分。積年の想いも告げることもできた。

…失った代償は、大きかったけれど。

この後、本当に幽閉されても、打首にされても、悔いはない。

想定の最悪よりもさらに酷い結果になってしまったけど…仕方がない。相手は父上だったんだから。


あぁ、でも、一つ伝え忘れてしまったな。



「…好きになって、愛してしまって、ごめんなさい。父上…」








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