闇を照らす愛

モカ

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両親は、使用人だとしても、平民の身でありながら貴族の屋敷で働いているということに誇りを持っていた。


だからだろうか。両親共に僕を顧みることがほとんどなかった。朝から晩まで仕事をして、帰ってきても僕のことは二の次三の次。酷い時には泊まり込んで一、二週間平気で帰ってこなかったりする。

幼い頃は、今日1日分の食費が書き置きと共に置かれていただけの伽藍堂の家から、周りの家族が休みの日や仕事終わりに団欒するのを見て、酷く羨ましく感じたのを覚えている。

成長するにつれて、親の小言を鬱陶しく思ったり、世話を焼かれて恥ずかしくなって突っぱねたりする同年代の話を聞く度、いいなぁと思っていた。

だって、僕にはそんなことをされた記憶なんてないから。

両親との思い出は、本当に両手で数えるほどしかない。放任主義、といえば聞こえはいいけど、これは育児放棄に近い。……多分、両親は僕に対して興味が持てなかったんだろうと、今になって思う。


問題は、僕がそれを諦めきれなかったことだ。


幼い頃数度、両親の気を引く為に大きめの事件を起こしてみたけど、両親の態度は変わることなかった。

それでも僕は、僕を一番に考え、行動し、『愛』を注いでくれる存在を欲した。

その『愛』を感じられるなら、行動も、思考だって制限されていい。少し息苦しく感じるぐらいに束縛されたって構わない。

…でも、親ですら興味を持ってもらえなかった僕が、他人からそんな『愛』を貰えないことも、分かっていた。

僕の中にある心は、『愛』を注いでもらったことがないから空っぽで。だから人への注ぎ方も分からなくて、人間関係を深めることは早々に断念した。

その分周囲を観察し、当たり障りのない関係を築くことは出来た。でも、それだけだ。欲しがってばかりの僕は、きっと誰からも貰えない。

だから、手に入らないものを中途半端に求めることも、手に入れることも諦めた。…そうして抜け殻のようになっても、生きていけてしまう。

僕は、早く人生が終わらないかなと思いながら、ただただ日々を消費するように生きてきた。


だから、ヴァイ様から絡まれて本当に困った。

相手は現実離れした美貌の持ち主で、貴族で、しかも嫡男だ。僕なんかが釣り合うはずもないし、あの方と同じ土俵まで上がる情熱もない。

ーー何より、貴族であるあの方の一番に僕はなり得ない。

家門を、領地を、領民を大切に守り、繁栄させるのが貴族の仕事。僕を一番に出来ないのだから、その想いには応えられない。応えたとしてもきっと互いに苦労するだけ。だから、ずっとずっと冷たく突き放してきたのに。








『私に必要なのはハイルだけだ』



なのに、この方はあの穏やかな笑みの下にこんな狂気に塗れた『愛』を隠していたの?

関係が良好な両親を、この方の為に幼い頃から尽くしてきた使用人を、誰もが羨む才覚、地位も名誉も、こんなに簡単に切り捨てられるほど、僕のことを…?


ーーあぁ…それが本当なら、



「…………本当に?」


声が、震える。

生まれてからずっと渇望していたものが手に入るかもしれない期待で。

けれどヴァイ様は何を思ったのか、形の整った眉をぴくりとさせると、碧眼の瞳をさらに仄暗くさせて、頬に添えているのとは逆の手で首を掴んできた。


「今更何を言っても逃さないよ。ハイル、君は私のものだ。抵抗をするなら…手足を切り落として、首に鎖に繋いで愛で」


「ーー嬉しい‼︎」



湧き上がる歓喜のままに抱きついた。

少し身長差がある為か、首にぶさらがるようになってしまったけれど、ヴァイ様は咄嗟に僕の身体を支えてくれた。…優しい。


「……ハイル?」

「…ぁ、」


でもヴァイ様の身体が強張っていることに気付いて、腕を離して地面に降りた。平民ではハグはスキンシップだけど、貴族であるヴァイ様には失礼だったかもしれない。…はしたないって、思われたかも。


「…ごめんなさい、ヴァイ様。失礼でしたよね」

「ぃ、いや……そんなことはない…けれど。それより、ハイル。今、『嬉しい』って言ったかい?『怖い』とか、『嫌だ』ではなく…?」

「…? はい、嬉しいって言いました」

「私は、ハイルに強制したのだよ?逃さないって、抵抗したらこの腕も足も…」

「はいっ、ちゃんと聞いてました‼︎ヴァイ様が望むなら、僕は構いません」

「……………構わない、って…」


先程の有無を言わさない雰囲気がすっかりなくなってしまったヴァイ様は、毒気が抜かれたような呆けた顔で僕を見下ろした。

…そうか。嬉しすぎて舞い上がってしまったけど、僕はずっとヴァイ様のことを冷たく突き放してきたのだし、きちんと説明しないと。


「…ヴァイ様が、僕しか必要じゃないって言ってくれたから」

「………それだけで?」

「それだけじゃないです‼︎…僕に、とっては。一番大切で、ずっとずっと…渇望してきたものだから…。ヴァイ様が与えてくれるなら、僕のことは好きにしてくれて構わないです」

「…………」


僕がそう言うと、ヴァイ様は目を掌で覆って俯いた。…どうしよう、今ので何か落胆させてしまったかな…。


「………はは、」


思わず零れてしまったかのような声が聞こえた。

心配になって顔を覗き込むと、昏い歓喜が滲む碧眼と目があって、キツく抱きしめられた。


「君が優しい人が好きだと言うから…とても我慢して接していたのに。私は最初から、この大きくて重い想いを隠す必要がなかったのか……ふふ、笑えるね」

「え、僕が?いつでしょうか…記憶がありません」

「うん、それについてと、今後の話をしよう。その前に移動して着替えと食事だね」


す、と身体を離したヴァイ様が背後に視線を向けた。つられてその先を見ると、いつの間にいたのか数名の人が立っていて驚いた。


「…首尾は」

「は、筒がなく」

「そう。なら『片付け』て。あぁ、叔父にも連絡を。私はこのままハイルと別邸へ向かう」

「は」


簡単にそうやり取りをすると、音もなく散開して行ってしまった。

呆然としていると、ヴァイ様が僕を横抱きで持ち上げ、しかもそのまま歩き出してしまった。


「ぅわっ、ヴァイ様っ?僕歩けます‼︎」

「却下。私もまだ現実感が湧かないから別邸に着くまで触れさせて」

「…えぇ……………、ちょっと、恥ずかしいです」

「出来ればこのまま慣れて。私と一緒のときはもう歩かせるつもりはないからね」

「……でも、そんなことしたら歩けなくなってしまいます…」





「いいよ」





玄関を出た外は、もう夜になっていた。

空から注ぐ月明かりで照らされた碧眼は、仄暗くも綺麗で。



「私がいないと生きていけなくなって、ハイル。
もう私は、君がいないと生きていけないから」



「……はい…♡」



うっそりと微笑む美貌に見惚れながら、僕は恍惚と返事を返した。




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