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しおりを挟む「可愛いね」
目の前の美貌が、輝くように笑んだ。
人気のないところで気配を殺すようにお昼を食べていた僕は、その言葉に出かけたため息を飲み込んだ。
「……ヴァイ様」
「やぁ、ハイル。食べている姿も可愛いね」
そう言って、美貌を輝かせたまま僕の隣の地面に当たり前のように座るこの方は、僕が勤めているゼインダーグ伯爵家嫡男のヴァイ・ゼインダーグ様。
木々から零れる日差しに照らされ幻想的に光る銀髪に海の様な碧い瞳の、透き通るような透明感を持つこの方は、至って平凡な男の僕のことを好きだと公言して歩く高貴な変人だ。
「……ここは、貴方様が来られるような場所ではありません。今すぐお屋敷へお戻りを」
「どうして?ハイルだって、こんな陽の光も碌に当たらないような場所にいるのに。私がいてはいけないのかい?」
……誰のせいでこんなところにいると思っているんだ…。
小首を傾げるヴァイ様に、僕の口から飲み込み損ねたため息が漏れてしまった。
ことの発端は、半年前に両親が流行病であっさりと死んでしまったことに遡る。
成人間近だったが身寄りもなかった僕は、両親がゼインダーグ伯爵家に勤めていたこともあり、その不足を補う形でこの屋敷に引き取られた。
初歩的な礼儀作法を教わり、一度当主へ挨拶を、と言われ、同時期に雇われた数名とともに沢山ある部屋の中で大きめな部屋に連れて行かれ、そこで初めてヴァイ様を見た。
ーー精巧な人形のような方だった。
こんな非現実的な容貌を持つお方が存在するここは、今まで自分が生きていた世界とは全然違うのだと、思い知った日だった。
そのときは、特に何も無かった。筒がなく挨拶を終え、そのまま業務を教わって用意された使用人の部屋で眠って、翌日。
『おはよう、ハイル。私はヴァイ。突然だけど、君のことが好きです。結婚を前提に付き合ってくれないかな?』
それは、唐突に始まったのだった。
「…君が食べていると、ただの普通のパンなのに美味しそうに見えるね。一口もらっても?」
「とんでもございません。貴方様の口に合うような代物では、………ぁっ、」
言葉の途中でパンを持った方の腕を掴まれ、ヴァイ様に引き寄せられた。
そして僕が掴んだままの齧り掛けのパンを、パクリと口に入れてしまった。
「……ん、美味しいね」
「!」
美貌が色を含み、艶を持った柔らかなテノールが耳元に注がれる。
精巧な人形のような高貴な御方が、人間味を帯びるのを間近で見せられ、意図せず心臓が跳ねた。
思わずその身体を押し退けると、そのまま立ち上がって「失礼します‼︎」と叫んでその場を後にした。
背後から、控えめだけれど楽しげな笑い声が聞こえてきて、耳を塞いでまた別の人気のない場所を探した。
ーー揶揄っているのか、本気なのか分からないあの態度が、僕は苦手だった。
どちらにせよ、僕はあの方では駄目だし、あの方に僕が釣り合うはずもない。
ここ以外に行く宛のない僕は、早く興味を失ってほしいと願うしか出来なかった。
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